映画『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
115分。
監督・脚本は、ジェームズ・グレイ(James Gray)。
撮影は、ダリウス・コンジ(Darius Khondji)。
美術は、ハッピー・マッシー(Happy Massee)。
衣装は、マデリン・ウィークス(Madeline Weeks)。
編集は、スコット・モリス(Scott Morris)。
音楽は、クリストファー・スペルマン(Christopher Spelman)。
原題は、"Armageddon Time"。
1980年。ニューヨーク市クイーンズ、第173公立学校。6年生の教室で、教壇に立つベテラン教師(Andrew Polk)が生徒を前に挨拶する。新学年の初日を迎えた。ターコゥタウブだ。君たちはもう6年生だ。やるべきことがさらに増えるぞ。私が毎日黒板に宿題や課題、提出期限を書く。君たちは責任を持って取り組むように。下級生の模範にならなくてはならないからな。ポール・グラフ(Banks Repeta)はノートに先生の似顔絵を描いている。よし、それじゃ出席を取ろう。先生が名簿を手に名前を読み上げ、呼ばれた生徒が返事をする。ポールは絵を完成させ、ノートを生徒に回覧させる。似顔絵を見た生徒が笑いを漏らす。ターコゥタウブが気付き、ノートを取り上げる。誰がやった? ノートの似顔絵を見た生徒たちがどっと笑う。誰も名乗り出ないなら、体育は無しだ。先生が数を数えてプレッシャーをかけると、ポールが立ち上がる。君だろうと思った。名前は? ポール・グラフ。今やるべきことだと思うか? 君に尋ねているんだ。みんなを笑わせたかっただけです。コメディアンか? 人気者になりたいのか? 黒板の前に立ちなさい。ポールを皆の前に立たせたターコゥタウブは、再び生徒の名前を読み上げる。ボンドだ。ジェームズ・ボンド。ジョナサン・デイヴィス(Jaylin Webb)は自分の名前が呼ばれると巫山戯て答え、生徒たちの笑いを誘う。前に出ろ、すぐにだ! 今年はしっかり規律を守らせるぞ。君は留年したんだ。無理も無い、君の頭は空っぽだからだ。誰に教わったんでしたっけ?
算数の授業。3桁同士の引き算について解説が行われている。ポールとジョナサンは先生の隣で黒板を水拭きしている。十の位の1を一の位の10に借りてくる。これが大きな数字の引き算のやり方だ。生徒(Jacob MacKinnon)が手を挙げる。ターキータウブ先生、分かりません。ターコゥタウブだ、そう自己紹介しただろ、…何君だっけ? エドガー・ロマネリです。ロマネリ君、聞いてなかったのか、繰り返してごらん。すぐ身に付く。先生の注意が逸れたのをいいことに、ポールが皆の前でおどけて踊ってみせる。生徒たちが笑う。私には背中にも目があるんだ、デイヴィス君。何もしてません。これ以上巫山戯た真似は許さない。いい加減にしないと校長先生に指導してもらうことになるぞ。ジョナサンが憤慨する隣で、ポールはしゅんとなる。
…それでは、体育の準備をしよう。そうそう、保護者に許可の署名をもらってくるのを忘れないでくれ。来週グッゲンハイム美術館に行くからな。じゃあ、今から壁に背の順に並んでくれ。おい、君たち問題児は残るんだ。体育はきちんと授業を受けていた生徒だけのものだからな。
校庭で皆が体育の授業を受けているのを教室に残されたポールが窓から眺めている。ジョニー、さっきは先生に何も言えなくてごめん。気にすんなよ。ターキーの野郎、後ろが見えるとか抜かして、何もできやしねえよ。ジョナサンは机に座って何かを手にしていた。何見てるの? アポロ計画のステッカーだよ。いいね。セットで持ってるんだ。義理の兄貴にもらったんだ。フロリダの空軍にいるんだぜ、NASAのすぐ近くさ。ターキー、まだあんな曲流してんのか。音楽なんて、つまらないよね。カーティス・ブロウとか、シュガーヒル・ギャングは分かる? さあ。家には沢山レコードあるけどね。何があんだよ。ビートルズの赤盤、青盤とか。再結成するらしいね。貸してあげようか。ベルが鳴る。
2人が並んで校舎を出る。ステッカー、気に入ったよ。見せてくれる? 気をつけろ、ターキーに没収されたくない、お前の絵みたいにさ。分かってるさ、でも僕の母親はPTA会長だよ。ターキーだって遣り込められるさ。ターキーが墓穴掘ったとこ見てみてーな。社会科見学は行くの? さあな。金かかんだろ。君の分も出してあげられるよ。うちは凄く金持ちだからね。去年は祖父ちゃんとロンドンに行ったんだ。すげえな。だからさ、母親に署名してもらえばいいよ。きっと楽しいよ。俺さ、婆ちゃんと暮らしてんだ。何も出来ないんだ、俺のことすら分からない時があるからさ。変だね。どの辺に住んでるの? ホリス。バスに乗るよ。お前と行くことにするよ。うん、またね。ジョナサンは黄色いスクールバスに乗り込み、ポールは1人歩いて家に向かう。
住宅地に建つ自宅に戻ったポール。家の中は暗く、誰もいる気配が無い。両親の部屋に向かうと、鏡台の前に置かれた宝石箱を開け、へそくりの紙幣を抜き取る。ポールは鏡に向かってファイティングポーズを取る。おい、ターキー、俺はヘヴィー級のチャンピオンだぜ。ポールはモハメド・アリを自らに重ねる。俺は最強だ!
暗い部屋で一人絵を描いていると、祖父のアーロン・ラビノウィッツ(Anthony Hopkins)が訪ねてきた。ポールが喜んで駆け寄り、アーロンも孫を抱き締めて上機嫌。これ見てよ。何だ? キャプテン・ユナイテッド。僕が考えたスーパーヒーローだよ。今描いていた絵を祖父に渡す。凄いな。街の高い所を飛んでるんだな。お前は絵が巧い。ジェリービーンズを持ってきたぞ。母さんが食べちゃ駄目だって、歯に悪いから。わしはずっと食べてるが歯を見てみろ、ちゃんと揃ってるだろ。アーロンがソファに腰を降ろす。祖父ちゃん、大きくなったら有名な芸術家になるよ。やりたいことをやればいいさ。有名になりたいなら、まずは絵に名前を書き入れるんだ。偉大な画家は皆そうしてるぞ。そうだね、忘れてたよ。すぐにポールが絵に名前を書く。今日は学校の初日だったそうだな。うん、友達になったジョニーと過したよ。来週はグッゲンハイム美術館に行くんだ。そりゃいい。…何か言い忘れたような、…そうだ、進級の祝いを忘れてた。袋の中を見てご覧。ポールが紙袋を開ける。すごい、ロケットだ。買ってくれたの? 気に入ったか? すごくね。組み立てられるよね? フラッシング・メドウズで打ち上げよう。今晩は一家で食事をすることになってるだろ。。母親には内緒だ、これは秘密の計画だからな。分かったよ。
ディナーのテーブルではポールの兄テッド(Ryan Sell)がハムスターを取り出すと、叔母のルース(Marcia Haufrecht)が鼠なんかすぐに捨てなさいと絶叫する。科学の実験で使ったハムスターだと説明するが、鼠だと本気になって怒る。祖母のミッキー(Tovah Feldshuh)が子供のペットじゃないのと笑う。テッドがハムスターをケースにしまうと、ポールがロケットを手にしているのに気付く。何でロケット持ってるんだ? 学校で使うんだよ。インチキな学校だからな、うちの学校なら罰を喰らわされる。
台所では母親のエスター(Anne Hathaway)が料理している傍らで、父親のアーヴィング(Jeremy Strong)が冷蔵庫の音の原因を探っていた。どうした? アーロンが姿を見せる。父さん! エスターが父とハグを交わすと、よく分からないのと溢す。アーロンは冷蔵庫の裏を見ているアーヴィングに、霜取りタイマーを確認してみるよう助言する。
テッドと小競り合いしたポールが耳とつねられたと母親に泣きつくが、料理の準備に忙しいエスターはお前にも問題があるでしょうと取り合わず、息子の額にキスして黙らせる。学校はどうだったのよ。問題無いよ。担任はターコゥタウブ先生。署名してくれる、来週の社会科見学に必要なんだ。学校での打ち合わせでもう済ませておいたわ。学校でどれくらい権力があるの? エスターとアーロンが笑う。PTAの会長ってだけよ。何で? 聞いてみただけ。
1980年。アメリカ。ニューヨーク市クイーンズの第173公立学校。6年生の初日を迎えたポール・グラフ(Banks Repeta)は、担任のターコゥタウブ先生(Andrew Polk)の似顔絵を描いて注意され、黒板の前に立たされる。留年したジョナサン・デイヴィス(Jaylin Webb)も先生を揶揄って立たされた。先生は立たされたポールが隙を突いて踊って生徒たちの笑いをとったのも反抗的なジョナサンの仕業と思い込む。体育の授業に参加させてもらえず教室に残されたポールは、ジョナサンに自分の罪を被せてしまったことを謝る。ジョナサンが気にするなと言って、二人は打ち解ける。翌週の美術館見学に参加できないというジョナサンに、ポールは費用は出すから行こうと誘う。
ポールが帰宅して絵を描いていると、祖父のアーロン・ラビノウィッツ(Anthony Hopkins)が一族の夕食会のために一足早く姿を現わした。ポールは進級祝いとしてロケットをプレゼントされる。ポールは組み立てたら一緒に打ち上げようと祖父と約束した。
母親のエスター(Anne Hathaway)が用意した食事を、父親のアーヴィング(Jeremy Strong)、兄のテッド(Ryan Sell)、祖父のアーロン、祖母のミッキー(Tovah Feldshuh)、叔母のルース(Marcia Haufrecht)が囲む。ポールの学校のPTA会長を務めるエスターは、ポールや地域のために教育委員に立候補することにしたと打ち明ける。ミッキーはポールもテッドの通う私立に通わせるべきだと資金援助を申し出た。ポールは今の学校がいいと訴える。ポールは嫌いな魚を食べるように言われると、両親が止めるにも拘わらず中華料理店に餃子の宅配を頼んでしまう。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
1980年当時の小学6年生の日常を描く。「アルマゲドン」という不穏な言葉をぶつけ、新冷戦の時代に注意を喚起しつつ、家族の愛情と問題という普遍的なテーマを扱う。とりわけ、冒頭で描かれる一家の食事の混沌――エスターでなくても頭を抱え、途方にくれざるをを得ない――の描写は見事だ。
配管工の父親アーヴィングは、テッドとポールに自分よりも遙かに高い社会的地位を目指してもらいたいと考えているが、テッドだけを私立に通わせているのは、資金の問題だけではない。6年生にしては幼い衝動的な行動をとるポールの知能に問題ありと考えているからだ。
ポールには空想癖があるが、ヒーロー(モハメド・アリ)と自らを同一視することによって、理想と現実(=無力)との落差を埋め合わせるためだろう。彼が絵画を愛好するのも空想癖の発現形態の一種(キャプテン・アメリカ、カンディンスキー)と捉えることができる。
フォレスト・マナー校で美術担当のムスタカス先生(Lauren Sharpe)は、自画像の課題でポールが描いたロケットを――色遣いが素晴らしいと――評価する。彼女は課題もこなしてねと言い置いて、ポールの絵を優れた作品として貼り出す。それだけでもポールには編入した価値があったかもしれない。彼女は生徒にゴーギャンの色遣いを参照するように言う。まねぶ(模倣)はまなぶ(学習)なのだ。それに対し、ターコゥタウブ先生は、オリジナリティを強調し、カンディンスキーに学んだポールの絵をコピーとして否定する(ジョニーはそれにしても優れた作品だと評価する)。安易な独創性の主張は独り善がりであり謙虚さに欠ける。
だが実のところ、ポールの描いたロケットこそポールの自画像であったと解するべきだろう。ムスタカス先生の指示通り、今の状況から飛び立とうとしていう内面(本質)を打ち上げられたロケットに仮託していたのだ。
ジョニーは痴呆気味の祖母と2人で暮らしだが、社会は彼らに救いの手を差し伸べない。教師の欺瞞(後ろが見えると言って偏見に基づいた判断を下す)は、ジョニーにとって社会の具現化である。だからこそジョニーは徹底して反抗的な態度に打って出る。
ドナルド・レーガンが共和党候補として出馬した大統領選挙を背景としている。母を始めポールの一家はアルマゲドンが到来してしまうとレーガンを毛嫌いする(それに対して、エリートの養成を自負するフォレスト・マナー校では、レーガン支持で固まっている)。注目すべきは、アーロンである。アーロンはポールに対し、母親が食べさせないジェリービーンズを与え、内緒でロケットをプレゼントする。ジェリービーンズはレーガンが好んだ菓子であり、ロケットはスターウォーズ計画の象徴であろう。アーロンは娘婿のアーヴィングが配管工であることで見下さなかったように、あるいは黒人やヒスパニックだからと言って差別しないように、単に共和党だからという理由でレーガンを否定しはしない、ということを暗示している。
アーヴィングは、アーロン亡き後、彼の代わりにはなれないと溢す。だが、アーロンも始めから「アーロン」ではなかったろう。
Anthony Hopkinsが魅力的な祖父を体現。近年の出演作品として、主演した『ファーザー(The Father)』(2020)はもとより、登場シーンはわずかながら『The Son/息子(The Son)』(2022)の父親役も印象的であった。
Andrew Polkがいかにもいそうなベテラン教師、かつ小学6年生の悪童にとってのヴィランを好演。
Anne Hathawayが母親とは、何て恵まれた環境なのだろう。
意外なところでJessica Chastainの登場に、何だか得した気分。