可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩』

映画『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のウクライナポーランド合作映画。
122分。
監督は、オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ(Олеся Моргунець-Ісаєнко/Olesya Morgunets-Isaenko)。
脚本は、クセニア・ザスタフスカ(Ксенія Заставна/Kseniya Zastavskaya)。
撮影は、エフゲニー・キレイ(Евгений Кирей/Eugeniy Kirey)。
美術は、ブラドレン・オドゥデンコ(Владлен Одуденко/Vladlen Odudenko)。
編集は、ロマン・シンチュク(Роман Сінчук/Roman Sinchuk)。
音楽は、ホセイン・ミルザゴリ(Хоссейн Мірзаголі/Hossein Mirzagholi)。
原題は、"ЩЕДРИК"。英題は、"CAROL OF THE BELLS"。※作品にはウクライナ語、英語の他、ポーランド語、ロシア語、ドイツ語が用いられる。

 

1971年12月。ニューヨークのカーネギーホール。クリスマスの飾り付けがされた楽屋。コンサートを終え花束を手にテレサ・カリノフスカ(Оксана Муха/Oksana Mukha)が戻る。鏡台前の椅子に坐ると鏡に貼った写真を見詰める。
1939年1月、ポーランドのスタニスワヴフ(現ウクライナイヴァーノ=フランキーウシク)。夜、雪道にトラックが停まる。パパ、来たよ! 自宅の窓から外を眺めていたディナ・ハーシュコウィッツ(Евгения Солодовник/Evgeniya Solodovnik)が叫ぶ。飛び出すディナに父イサク・ハーシュコウィッツ(Томаш Собчак/Tomasz Sobczak)が風邪を引かないようコートを着るように言う。イサクさん、何故家の半分を見知らぬ人に貸すんです? 家政婦のマリア(Світлана Штанько/Svitlana Shtanko)が尋ねる。ニューヨークのヨセフが決めたことさ。半分はあいつの家だから。ベルタ・ハーシュコウィッツ(Алла Бінєєва/Alla Bineeva)が下の娘タリア(Дарина Халадюк/Milana Haladiuk)を抱えて来て外を覗く。一度にやって来たのね。前の道に車が1台やって来た。
下車したポーランド将校のヴァツワフ・カリノフスカ(Мирослав Ханишевский/Miroslaw Haniszewski)が部下に荷下ろしを命じる。テレサ・カリノフスカ(Христина Ушицкая/Khrystyna Ushytska)が先に到着していたヤロスラワ・ミコライウナ(Поліна Громова/Polina Gromova)に近付き、互いに自己紹介する。これピアノ? テレサが尋ねる。アップライトピアノ。弾き方は? たぶんピアノと同じ。ソフィア! 家から出てきたディナがソフィア・ミコライウナ(Яна Корольова/Yana Koroliova)に声をかける。うちに引っ越してくれるなんて幸せ。毎日ピアノで歌える。私もあなたに会えて嬉しいわ。ワンダ・カリノフスカ(Джоанна Опозда/Joanna Opozda)が夫にぼやく。私たちウクライナ人と一緒に暮らすわけ? そのようだ。ワンダはテレサを連れて家に入っていく。
外の様子を眺めていたベルタがディナが音楽のレッスンのために通りに出る必要がなくなると喜ぶ。音楽の先生の旦那さんも軍人さんですか? 彼は元軍人だよ。今はレストランで演奏してるんだ。
ミコライウナ一家の部屋。家具の設置をほぼ終えた。ヤロスラワは新居の中をうろちょろしている。一緒に暮らすことになる人たち、少し奇妙な感じがしなかった? どういう意味? 夫のミハイロ・ミコライウナ(Андрій Мостренко/Andrey Mostrenko)が尋ねる。奥さん、がっかりしてたみたい。まさか。ヤロスラワがリヴィングに行くと、カーテンを取り付けて家具の設置をほぼ終えた両親に抱き締められる。
カリノフスカ一家の部屋。ヴァツワフがテレサが寝たとワンダに告げる。新居はどうだ? 1階に弁護士事務所があるのは知ってたの? 顧客が毎日来るわ。心配には及ばない。なぜ1階が気になるんだ? お隣さんはどう? 音楽家が住むなんて知らされて無かったわ。隣の奥さんが音楽のレッスンをするって聞いてたの? この壁なら音は漏れないさ。どうかしら。早速レコードの音が聞こえてくる。音楽は好きだけど、こんな偽物の音楽は好きじゃないわ。ここに長くはならないさ。
家主のハーシュコウィッツの部屋。イサクがレコードをかける。ベルタが娘たちが眠ったところだと言いに来ると、イサクは妻の手を取り、踊り始める。
ミコライウナ一家の部屋。ソフィアがピアノの鍵盤を叩き、その高さに合わせて生徒の少女が歌う。口の中に卵が入っているの想像して。ディナがやって来て、レッスンに加わる。そこにマリアが入ってくる。ソフィアはマリアも一緒にどうかと誘うが、マリアはタリアを探しに来たのだった。
踊り場ではヤロスラワがテレサにモタンカという人形について説明し、2人で歌い出す。部屋で読書をしていたワンダは堪えられず、踊り場でヤロスラワと一緒に歌っていたテレサを部屋に連れ戻す。ちょうど買い物から戻ってきたベルタがその様子を目撃した。ベルタは買って来た果物をヤロスラワにやる。
マリアは地下室から泣きながら出てきたタリアを心配していたと抱き抱える。
リヴィングのテーブルで書類に目を通していたイサクのもとにベルタがやって来る。何か問題が? 新しい借り手さんたち、うまくいってないわ。私たちに対して好意的なら問題無いだろう。そうだけど、挨拶の交わし方も妙だわ。何が出来る? ポーランド人とウクライナ人は昔から争ってきたんだ。イサク、私は…。行かなければ。顧客が待っているからね。私とは話す時間がないのね。時間はいくらでもあるさ。イサクはベルタにキスして出て行く。
勤め先のレストランで演奏を終えたミハイロが楽屋でギターの調弦をする。ヨセフ、明日休みだって覚えてるよな? ええ、覚えてますよ。ミハイロがケースにギターをしまい、雪道を家路に着く。
娘を寝付かせようとベッドサイドに坐るソフィアにヤロスラワが尋ねる。明日は公現祭前夜? そう。 小さいころ何してたの? 家族みんなで祖母の家に行ったわ。変わった扮装をして、ヤギの作り物を拵えて。祖母のスカーフを被ったわ。近所の家を廻ってクリスマスの歌を歌って、お菓子をもらって。近所の人を招いたわね。それから願い事をしたわ。ねがいごとかなった? ええ、叶ったわ。いつも歌を教えることを夢見てたから。「シェドリック」を歌ったから? いいえ、「シェドリック」を始めて聞いたのは大人になってからよ。キーウの大きなホールで。そこで私のお父さんが働いてたから。素敵な曲はね、レオントーヴィッチュさんが作ったの。彼は素晴らしい人だったわ。あなたのお祖父さんの友達だったの。でもあなたは正しいわね。それをきっかけに合唱団長になろうと決めたんだから。ママ、あしたお祖母ちゃんのスカーフを被って「シェドリック」を歌ってもいい? もちろん、いいわよ。かなうかな、ねがいごと。叶うわよ。でも、もう眠らないとね。

 

1971年12月。ニューヨークのカーネギーホール。クリスマス・コンサートを終えたテレサ・カリノフスカ(Оксана Муха/Oksana Mukha)が楽屋に戻り、鏡台に貼った写真を見て、少女時代の過酷な日々とその最中の幸せな記憶をたぐり寄せる。
1939年1月、ポーランドのスタニスワヴフ(現ウクライナイヴァーノ=フランキーウシク)。ユダヤ人弁護士イサク・ハーシュコウィッツ(Томаш Собчак/Tomasz Sobczak)が妻ベルタ・ハーシュコウィッツ(Алла Бінєєва/Alla Bineeva)、上の娘ディナ・ハーシュコウィッツ(Евгения Солодовник/Evgeniya Solodovnik)、下の娘タリア(Дарина Халадюк/Milana Haladiuk)と暮らす家に、2つの家族が同時に引っ越してくる。音楽家のミハイロ・ミコライウナ(Андрій Мостренко/Andrey Mostrenko)と音楽教師のソフィア・ミコライウナ(Яна Корольова/Yana Koroliova)と娘のヤロスラワ・ミコライウナ(Поліна Громова/Polina Gromova)のウクライナ人一家と、将校のヴァツワフ・カリノフスカ(Мирослав Ханишевский/Miroslaw Haniszewski)とその妻ワンダ・カリノフスカ(Джоанна Опозда/Joanna Opozda)、娘のテレサ・カリノフスカ(Христина Ушицкая/Khrystyna Ushytska)のポーランド人一家だ。ソフィアにディナが音楽を習っているのでミコライウナ家を受け入れたのだが、カリノフスカ家は、イサクの家の共有者であるニューヨークのヨセフが招いたのだった。西ウクライナポーランドなど3カ国によって支配され、ウクライナ人とポーランド人との間には確執があった。ベルタは店子同士が上手くいかないと懸念していた。だがヤロスラワとテレサとは出会ってすぐに仲良くなる。ヤロスラワは願い事を叶えてくれると信じる「シェドリック」を歌い、公現祭のお祝いに大家のハーシュコウィッツ家(ユダヤ教徒)だけでなく、カリノフスカ家を招く。ミハイロはカリノフスカ家が招待に応じることはないだろうと家族と大家の一家とで晩餐を始めていたが、そのとき扉がノックされる。扉を開けると、カリノフスカ家の面々がいた。テレサ! ヤロスラワが喜びのあまり叫ぶ。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ポーランド領となっていた西ウクライナのスタニスワヴフ(現在はウクライナイヴァーノ=フランキーウシク)のユダヤ人一家ハーシュコウィッツ家の住居に、ウクライナ人一家のミコライウナ家とポーランド人一家のカリノフスカ家とが同居するところから話が始まる。独立を目指すウクライナ人は、支配するポーランド人との間に確執があった。音楽家の一家に育ったヤロスラワ・ミコライウナは「シェドリック」を歌うと願い事が叶うと信じ、実際に公現祭をハーシュコウィッツ家だけでなくカリノフスカ家とも祝うことができた。それをきっかけに、3家族は親しくなる。
ところが、間もなくソ連の侵攻によりポーランド領スタニスワヴフはウクライナ・ソヴィエト社会主義共和国スタニスラーウとなり、ポーランド人に対する迫害が始まった。ソ連軍兵士によって両親を強制連行されたテレサは孤児となってしまう。テレサはミコライウナ家によって匿われる。それから2年、ナチス・ドイツの侵攻により、今度はユダヤ人に対する迫害が始まった。
戦争により支配勢力が次々と交代する中、「家族」を守ろうと戦う人々――とりわけ、女性・子供――の姿が描かれる。
母の歌の先生になるという夢を叶えてくれた「シェドリック(ЩЕДРИК)」(英語ではCAROL OF THE BELLS)は、きっと自らの願い事も叶えてくれるに違いないと考えたヤロスラワは、実際に「シェドリック」を歌うことで、ポーランド人家庭との関係を改善することに成功する。以降、困難に直面する度、ヤロスラワは自らの願いを込めて「シェドリック」を歌っていくことになる。戦禍を潜り抜けるヤロスラワが歌う「シェドリック」は、美しくも、どこか悲哀を感じさせる。その響きがいつまでも心に残る。