展覧会『第30回平櫛田中賞受賞記念 棚田康司「空を見上げる」』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋 本館6階 美術画廊Xにて、2023年8月9日~28日。
最新作、旧作に手を加えた作品、旧作で構成される棚田康司の彫刻展。全13点。
レリーフのように壁に架けられた女性の胸像がある。《月に臨む》(600mm×500mm×80mm)である。「月を臨む」なら、夜空を見上げるように頭を上に向ける姿勢をとっていそうなものであるが、女性はむしろ、心持ち下を向いている。そして、鑑賞者の視線からやや高い位置に設置されているのである。何故か。それは、月を眺める女性とは、月そのものであるからだ。
見ることが人間にとって特別なのは、人間はなぜか、見ているその対象にやすやすと自己同一化することができるからである。そのことはたとえば野球観戦ひとつに明らかである。数千人の観衆が投手と打者の一挙手一投足に瞬間的にどよめくのは、観衆が投手や打者に同一化しているからにほかならない。相撲を観戦して手に汗握るのもそうだ。舞台芸術にいたっては、観客を引き込んで自身に同一化させる役者や踊り手こそが名人なのである。芝居小屋を出て役者の仕草を真似、声色を真似る客が多ければ、それは成功した芝居なのだ。(三浦雅士『孤独の発明 または言語の政治学』講談社/2018/p.75)
女性が月に同一化していることは、彼女を見上げてみれば分かる。彼女の腹の断面には三日月が覗いているのだ。
それでは、何故、人は見る対象と同一化できるようになるのか。それは母に学ぶのである。
人はどのようにして相手の身になることができるようになったのか。むろん、母を見習うことによってである。人は、自分の身になって世話してくれる母を見習うことによって自分成るものを形成するのであって、これは要するに他者として対面することによってはじめて自己を見出すということ、つまり他者として自己を見出すということである。その媒介として離乳期以後、人形や自動車などの玩具が用いられることはよく知られている。(三浦雅士『孤独の発明 または言語の政治学』講談社/2018/p.75-76)
月と一体化する女性は母である。なぜなら彼女は孕んでおり、出産を控えているからだ。言うまでも無く、「臨月」を迎えているのだ。
ところで、展覧会タイトルは、1999年の《空を見上げる》(970mm×400mm×400mm)から採用されている。地面から生えた下部が緑で上部が黒いキノコの柄のような形の先端に、水中眼鏡を付けたように飛び出す目(?)を持つ真っ黒い顔があり、上方を見上げている。地面に向かって働く力に抗して屹立する彫刻は、それ自体、直立二足歩行によって前肢を手として使い、道具を制作し、未来について思いを馳せる人間の姿を象徴する。
栄養摂取の器官である「口」と、そのための移動を可能にする器官である「手」をもっていることによって、そうした身体の体勢から逃れられないことによって、当然のことながら、人間もまた動物の一種なのである。バタイユがつねに強調するように人間は動物性を逃れることができず、ただそれを抑圧するだけなのだ。しかし、人間は動物の中で唯一、「口」を栄養摂取の機能を果たす器官としてのみから、「手」を移動のための機能を果たす器官としてのみから、解放したのである。「口」で語り、「口」で歌い、「手」で描き、「手」で造ることを可能にしたのである。それでは、「口」が解放され、「手」が解放されるためには、一体どのような出来事が生起したのか、あるいは、生気しなければならなかったのか。霊長類のなかで現在の人類につながる種だけが(もちろんそれは複数存在したはずである)、直立し、2本の足で歩きはじめたのである。左右対称の体勢を選んだ生命体の進化の果てに人類が登場し、直立し、二足歩行することで顔(「口」)と「手」が自由になった。そのことで言葉(「口」)と身振り(「手」)による表現が可能になった。それが〔引用者補記:アンドレ・ルロワ=グーランの)『身振りと言葉』の結論であった。
基本的には菜食性(草食性)で、森のなかに住んでいた霊長類のなかで、人類だけが草原に出て、本格的な肉食を開始したのである。それとともに自由となった「手」で石を割り、原初の道具、原初の「石器」を創り出したのだ。意図的に石を割る、「石器」を創り出すということは、そこに時間(未来)という「意識」が存在しはじめたことを意味する。人間のなかに内的な世界が生まれたのである。(安藤礼二『縄文論』作品社/2022/p.169-170)
実際、《空を見上げる》の傍の壁には、鑑賞者が見上げる高い位置に右手の彫刻《_の手》(120mm×120mm×230mm)が設置されている。その手は何かを生み出すために今は何も置かれていない「空(から)」の手である。そこに今ではなく未来のための余地がある。空(そら)とは空(から)であり、未来である。時間があり、生命がある。あるいは高い位置にあるのは釈迦の掌を象徴するのかもしれない。この世の全ては仮のもので、本質は「空(くう)」であり、不変のものなどない――色即是空――とも解される。
言語革命が人間にもたらした最大のものは、死の領域、死者たちの広大な領域である。このいわば正の領域に対する負の領域は、とりあえずは、俯瞰する眼の必然として、あたかもその俯瞰する眼を補完するかのように姿を現わしたといっていい。追うものと追われるものはいわば互いの俯瞰する眼の高度を競い合っているようなものであり、より高い視点に立ち、より広い視野を持つものが他を制するのである。より高い視点に立ち、より広い視野を持とうとする欲望が圧力となって鳥は空を飛び、人間は直立歩行をはじめたと考えたくなるほどだ。そしてその眼は地平線、水平線の向うを望むようににある。(三浦雅士『孤独の発明 または言語の政治学』講談社/2018/p.479)
ここで、水平線を眺める人物の鏡像《微かに青年の頭部》(375mm×190mm×170mm)も出展されていることを付言しておこう。
視野の向う、すなわち地平線の、水平線の向うには何があるか、という問いは、俯瞰する眼にとってはきわめて自然だっただろう。同時に、騙されないように細心の注意を払って行われる狩猟や採集の時間が、俯瞰する眼によって――いやそれ以上に視覚が必要とする距離すなわち思考によって――空間化つまり図式化されるのは必然であり、その図式が無限に延長されるのもまた必然である。要するに昨日があり明日があることは、変化を感知する能力にとって、自明のことにならなければならなかった。人間が日を刻み、年を刻みはじめた段階で、歴史はすでに始まっているのだ。考古学的な遺物は、実質的には先史人たちの文字にほかならない。
人が現世と来世、この世とあの世を考えるのは、俯瞰する眼にとっても、視覚が必要とする距離の内実としての思考にとっても、不可避だっただろう。世界のさまざまな事物に騙されないようにする――場合によっては逆に世界を欺く――ために施された刺青をはじめとするさまざまな人体加工、あるいは道具類に刻みこまれる記号の体系は、人が誰であるかを記憶させるに十分なだけではない。死後も長く記憶されることを促しただろう。
思考の領域が行動の領域から自立することと、記憶の領域が自立することとは表裏である。記憶は思考の素材であり、図式化されるものの筆頭である。あの世の体系化は、この世の体系化にこそ役立ったのだ。
言語革命は死後を発明しただけではない。
この世をあの世に変えたのである。(三浦雅士『孤独の発明 または言語の政治学』講談社/2018/p.479-480)
生者の世界をレコードのA面とするなら、死者の世界はB面だろう。作家が見上ようとする「空」は、サイドBであり、死者の世界である。そして、そこから生者の世界を見返すことこそが狙われているのだ。