可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のカナダ・ギリシャ合作映画。
108分。
監督・脚本は、デビッド・クローネンバーグ(David Cronenberg)。
撮影は、ダグラス・コシュ(Douglas Koch)。
美術は、キャロル・スピア(Carol Spier)。
衣装は、マユー・トリケリオッティ(Mayou Trikerioti)。
編集は、クリストファー・ドナルドソン(Christopher Donaldson)。
音楽は、ハワード・ショア(Howard Shore)。
原題は、"Crimes of the Future"。

 

沖に顛覆した船を臨む海岸。波打際で少年(Sotiris Siozos)がスプーンで砂を掘り返している。ブレッケン、見付けたものは食べないで、分かるわね? 何であってもよ。母親のジュナ(Lihi Kornowski)が海岸に面した建物のベランダから息子に注意する。ブレッケンは母のいる建物へ戻る。
夜。ジュナがベッドに坐っている。ブレッケンは洗面所で歯を磨いていたが、洗面台の下に潜り込んでプラスティック製のごみ箱を食べ始める。ジュナが息子の悪食に気付き陰から盗み見る。
ベッドで眠っているブレッケン。ジュナは覚悟を決め、息子の身体の上に跨がると、手にした枕を顔に押し付ける。ママ! 息子は叫び声をあげるが、ジュナは手を緩めない。
洗面所にいるジュナの電話機が鳴る。ジュナです。電話番号、分かったでしょ。ラングに息子って呼んでる生きものの死骸を引き取りたいなら伝えといて欲しいんだけど。そう、ブレッケンのことよ。教えた住所に来るように言って。ここにあるから、私は出てくけど。電話を切ったジュナは嗚咽する。
ラング(Scott Speedman)が海岸の建物に姿を現わす。ベッドには枕を被せたブレッケンの遺体があった。ラングが噎び泣く。
古い塔。その1室に天井から生命体の管のようなものでぶら下がる繭状のベッドが揺れている。カプリス(Léa Seydoux)が部屋に入り、扉を開けて部屋に光を入れる。ソール、起きて。誰だ? カプリスよ。眠れた? カプリスがソール(Viggo Mortensen)の顔を覗き込む。ソールは苦しそうに喘いでいる。このベッドには新しいソフトウェアが必要だ。私の痛みを予知しない。ちゃんと寝返りを打たせないんだ。分かったわ。眠れない夜を過したのね。ライフフォームウェアに連絡する。すぐに対応してくれるわ。一晩がかりの検査の結果が出たわ。血流中に新しいホルモンが存在するの。素晴らしい。尽き果てたと思った。あなたは常にそう思うけど、常に間違ってる。いつかは正しくなるさ。今日ではないわ。カプリスがソールをベッドから起き上がらせる。今日ではないな。まだ朝食前だ。
椅子形の診察台に横になるソール。彼の腹にカプリスが内視装置を宛がい、そこから延びるコードの先に付いた単眼鏡のようなものでソールの体内を観察している。何が見える? 何か引っ張られる感じがするんだが。小さな内分泌腺のようね、副腎くらいの大きさの。小さいな。残念だ。あまりわくわくさせるものではない。これまでに見られたことのない全く新しい臓器。機能してるわ。新しいホルモンを感じる? ああ。ライフフォームウェアに連絡してくれ。痛みが違うんだ。私のベッドのコンピューターに問題があるんだろう。この新しい臓器は痛みの中心を移動させている。いい方に悪い方に? 現状では違ってるとしか。作品の制作の進捗状況は? 臓器の表面がツルツルしてるから、インクでの精緻な作業は困難なの。刺青みたいなものにしてはどうかな? 心臓、碇、母親とか。遊び心があるわね。でも、登録は独自性のある自己言及的なものとされてるのよ。登録か。

 

バイオテクノロジーの発展により、人類が痛覚を喪失するとともに、感染症が撲滅された世界。
カプリス(Léa Seydoux)は外科医をしていた際、腹腔内に次々と新たな臓器が生成される加速進化症候群のソール(Viggo Mortensen)と出会った。カプリスはソールと私生活をともにしてソールを介助するとともに、ソールの体内に生まれた新生臓器に描画して摘出するパフォーマンスを行って高い人気を誇っている。
ソールが睡眠障害を訴えるため、ライフフォームウェア社のルーター(Nadia Litz)とバースト(Tanaya Beatty)に同社の就寝補助装置の修理を依頼する。
政府が安全保障の観点から身体の改変を管理すべく新たに臓器登録制度を創設したため、カプリスとソールは臓器登録所を訪れる。登録官のウィペット(Don McKellar)は同僚のティムリン(Kristen Stewart)とともにソールとカプリスのパフォーマンスについて質問するとともに、新生臓器の登録・追跡により遺伝による継承が確立して人間が人間でなくなる可能性を未然に防止する登録制度の意義について説明した。
ジュナ(Lihi Kornowski)は、白い唾液で溶かしながらプラスティックを摂取する息子ブレッケン(Sotiris Siozos)を同じ人間とは思えず、眠っている隙に殺害してしまう。ジュナからブレッケンの遺体の引き取りを打診された元夫ラング(Scott Speedman)が妻の申し出に応じる。ラングは、自らが施術によって入手したプラスティック消化能力を遺伝的に受け継いだブレッケンを、産業廃棄物を食する進化した人類の宣伝に役立つと踏んだ。著名なアーティストであるカプリスとソールに、ブレッケンの公開解剖を行わせることを目論む。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

身体改変の欲望がバイオテクノロジーの発展により叶えられ、臓器を改変できるようになり、人間の枠組みが揺るがされる近未来を描く。
プラスティックなど産業廃棄物を消化・摂取できる臓器を手に入れた人々。彼らは/彼女らは人新世の環境に相応しい姿へと「進化」したと主張するが、政府はもはや人間の枠組みを超えた存在として取り締まろうとする。
冒頭から沈没船が登場し、カプリスとソールの暮らす廃墟のような塔、寂れた街、新設の臓器登録所の入る古いビルなど、テクノロジーの発展した近未来はある種のディストピアであることが主張されている。加速進化症候群のソールの生活を介助する装置はバイオテクノロジーを組み込んだものとして造形されているが、そのぎこちない動作にソールが振り回される場面を描くことで、技術の進歩が揶揄されている。
ティムリンは一見してカプリスとソールの臓器摘出が新しいセックスであると看破する。