可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 中根唯個展『目の奥でなでる』

展覧会 中根唯個展『目の奥でなでる』を鑑賞しての備忘録
TAKU SOMETANI GALLERYにて、2023年8月9日~29日。

ポリ塩化ビニル管の先に取り付けた発泡ウレタンの支持体に描いた風景画や、スタイロフォームなどを成形した立体の表面にびっしりと獣の毛らしきものを描き尽した絵画(「絵のかたまりの毛」シリーズ)で構成される、中根唯の個展。

壁から金色のポリ塩化ビニル管が突き出し、重みで撓んでいる。管の先には、球のように整っておらず、ぼこぼこした表面を持つ、丸みのある発泡ポリウレタン製の絵画《洞爺湖》(75mm×80mm×80mm)が取り付けられ、そこに洞爺湖の中島を臨む景観が描かれている。楕円状の平板な部分に描かれたモティーフの周囲は青空を表す淡い青が配され、支持体となる発泡ポリウレタン全面に広がっている。
壁から延びる金色のポリ塩化ビニル管の先に取り付けられた発泡ポリウレタン製の絵画《月と柿》(75mm×69mm×80mm)には、住宅前に立つ沢山の実の付いた柿の木が夕焼け空を前にシルエットとなり、南西の空には三日月が浮かぶ場面が描かれている。支持体である発泡ポリウレタン全面に空から連なるゼニスブルーが塗られている。
《フレアスタック》(75mm×70mm×80mm)は、湾岸の工場地帯の夜景を描いた発泡ポリウレタン製の絵画。フレアスタックの炎が暗い海面に映る。ボコボコとした発泡ポリウレタンの支持体全面は黒く塗られている。金色のポリ塩化ビニル管は《洞爺湖》・《月と柿》に比べ短く、壁から飛び出したチュッパチャップスのようなロリポップに見える。
パネルや木枠に張ったキャンバスのような平板な支持体を避け、不定形の支持体が敢て選択されている。壁面に穿たれた窓としての性格から絵画を逃れさせようとしている。《フレアスタック》の「棒付き」キャンディー的性格は手に持つ絵画とも目することが可能である。それは現代の「窓」が人々の掌の上に移った――スマートフォンのディスプレイとなった――ことを象徴するのだろうか。モティーフ自体は支持体の比較的平板な部分に描かれているからである。だがそれならば支持体自体を平板にしたであろう。むしろ、ロリポップなら「キャンディー」的性格に注目すべきである。《洞爺湖》・《月と柿》に取り付けられた長い管は釣竿であり、キャンディーを餌に鑑賞者を釣り上げるのではなかろうか。鑑賞者は自ら作品(画面)に正対する位置に移動し、姿勢を取らなければ、作品を眺めることはできないからだ。作品を掌に移動させてしまうスマートフォン越しの鑑賞とは極めて対照的である。そして、鑑賞者が作品に向き合うとき、作品の形状が自らの似姿であることに気が付く。竿先絵画(の形状)とは、眼球だけが飛び出した、視覚偏重の現代人に対する諷刺であったと。

「絵のかたまりの毛」シリーズは、スタイロフォームや石膏粘土、寒冷紗などで成形した丸みのある立体物の表面に灰色のアクリル絵具で全面に毛を描き込んだ作品。《洞爺湖》・《月と柿》・《フレアスタック》同様、不定形の支持体だが、こちらのシリーズは壁に直接取り付けられている。時折旋毛の表現も見られるが、原則として支持体に沿って毛が並ぶ。不定形の支持体を採用した理由は、まさに鑑賞者にその形に指を這わせる感覚を味わわせるためであった。視覚偏重の人々に触覚を回復させることが目論まれている。