可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 髙柳恵里個展『比較、区別、類似点』

展覧会『αMプロジェクト2022 判断の尺度 vol.1 髙柳恵里「比較、区別、類似点」』を鑑賞しての備忘録
gallery αMにて、2022年4月16日~6月10日。

千葉真智子のキュレーションによる「判断の尺度」をテーマに行なわれる展覧会シリーズの第1回。髙柳恵里の作品11点で構成される。

会場の一番奥の角に設置された《敷く(実例)》(395mm×294mm)は、コンクリートの床に低透明度のポリシートを敷き、それよりも面積の小さいカーペット(6畳用)を重ねた作品。ごくわずかに白味がかったポリシートと黄土色のカーペットとはいずれも2つの壁面に接している。さらに《実例》(143mm×96mm)と題されたポリシートと泥から成る作品がその上に重ねられている。重ねられた《実例》はカーペットの辺と平行にならないように30度程度ずらし、1つの角がカーペットから食み出している。泥がポリシートの上にどこかの県のような形を作っている。乾燥した泥はひび割れている。
《敷く(実例)》は、展示室の床に設置された作品である。《敷く(実例)》を構成するカーペットは床に敷くものであるが、カーペットの下にポリシートを敷くことで、カーペットはポリシートという台座に設置された彫刻にもなる。あるいは、カーペットは、ポリシートを額とした絵画になるとも言える。彫刻ないし絵画として作品化されたカーペットに、ポリシートと泥から成る作品が設置されることで、前者は後者の台座になる。《敷く(実例)》が台座なら、《実例》は作品である。だが、《実例》の泥がポリシートを支持体ないし台座とした絵画ないし彫刻と解することもできる。泥は地であり、罅割れが図である。何を台座や支持体と見るかによって、何が作品であるかは移り変わっていく。

ほぼ正方形の低透明度のポリシートの一辺を壁にテープで留めて半分ほど垂らし、残り半分が床に広げられ、その上に泥が載せられている《実例》は、壁面から垂下がるポリシートにやや傾斜が付けられることで、恰も壁面に飾られていた泥が床に落ちたような印象を生んでいる。落下は、壁面から床面への移動とも言える。視点を動かすことが促されている。

会場のコンクリートの床に、3本の水のペットボトルが置かれている。会場の中央辺りに2000mlのボトルが、会場の奥の壁面近くに285mlのボトルが、2本のほぼ中間に、2本が作る直線を外して、550mlのボトルが置かれている。これは《奥行き》と題された作品である。線遠近法によって遠景と近景とが大小として絵画に表わされるのを、展覧会場の床面でペットボトルを用いてシミュレーションしているのだろうか。

会場の壁際の床に、白・明るい灰色・灰色の3枚と、青灰・鈍色・チャコールグレーの3枚の床材見本が設置されている。これも《実例》と題された作品である。床に敷き詰められれば、床材は床になる。だが、床材見本数枚が断片として置かれるとき、床材は床にはなり得ない。床に対してどこまで面積を広げれば(あるいは比率を高めれば)、床材は床になるのだろうか。

白い天板のテーブル1台と、白い座と背板を持つ椅子2脚とから構成される《仕組み》という作品は、一方の椅子がテーブルに収められているのに対して、他方の椅子がテーブルから引き出されている。椅子を引き出すという操作によって、人の座ることのできない状態の椅子と、人が座ることのできる状態の椅子とが対照されるようになる。そして、1人でいることの孤独、あるいは誰かの到来への期待を想像させる。

紺色のハンカチをクリップに挟んで壁に掛け、あるいは白いハンカチを釘で壁に留めた《仕組み》は、白い壁面に設置されることで、ハンカチが絵画ないし彫刻として鑑賞の対象となることを表わす。例えば、紺のハンカチを聖母のマント、白いハンカチを聖顔布、釘を磔刑として、「十字架降下」と解することも可能であろう。

棚板をコンクリートの床に置いた、その名も《棚板》は、元の家具から取り外されたものである。木製であることを踏まえれば、草木から花などを切り取る生け花に擬えることもできよう。もっとも、《棚板》というタイトルからは、何かが設置される台座自体の提示と捉えるよう指示されているとも言える。

白木のテーブルに、それぞれオレンジ、赤白、銀の把手を持つ剪定鋏3本と、それを用いて切断された枝とが並べられている《性能》は、その名の通り、剪定鋏それぞれの性能を示す作品。そのうちの1本の剪定鋏を撮影した、やはり《性能》という写真作品では、水色の円が描き込まれ、画面において着目するポイントが指定されている。植物を切り取る剪定鋏は、写真によってその存在の場から切り取られ、さらに青い円によって切り取られる。切ると切られるとの主客を転倒させる試みとも言える。