映画『フォーチュンクッキー』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
91分。
監督・編集は、ババク・ジャラリ(Babak Jalali)。
脚本は、カロリーナ・カバリ(Carolina Cavalli)とババク・ジャラリ(Babak Jalali)。
撮影は、ローラ・バラダオ(Laura Valladao)。
美術は、ロブ・リウッタ(Rob Riutta)。
衣装は、キャロライン・セバスチャン(Caroline Sebastian)。
音楽は、マフムード・シュリッカー(Mahmood Schricker)。
原題は、"Fremont"。
サンフランシスコ。チャイナタウンにある製菓工場。ギャザーキャップをして制服を着たドーニャ・マスーディ(Anaita Wali Zada)がフォーチュン・クッキーの製造過程を眺めている。炎に熱せられる鉄板が少しずつ移動する。バケツに入ったクッキーの生地を投入口に注ぐ。生地が管の先から一定量ずつ鉄板に抽出される。焼き上がった丸い平板なクッキーを剝がす。「今こそ未知の世界へ」などのメッセージの書かれた紙を工員がクッキーで包む。女性工員が生地をかき混ぜる。
ドーニャは透明のビニール袋にクッキーを入れている。向かいで同じ作業をするジョアンナ(Hilda Schmelling)が話しかける。昨日の夜、テレビ番組見てたらね、男が100万ドルを手に入れてた。どうやって? 常識的な知識に答えただけ。やってみれば? 大学出てるでしょ? 年取ってからじゃ100万なんて使い途なんてないし。ねえ、ファン! 100万ドルあったらどうする? ジョアンナが、PCに向かってフォーチュンクッキーのメッセージを担当するファン(Avis See-tho)に尋ねる。市民プールを建てるよ。ああ。
ドーニャが帰宅する。明かりを点け、台所でグラスに水を汲んで、飲む。窓から外を覗くと、中庭に面した共用通路でサリム(Siddique Ahmed)が煙草を吸っていた。ドーニャも出る。コーヒーは? いらない。どうせ眠れないんだろ? もっと眠れなくなるから。精神科医の予約はどうなった? まだよ。すぐに連絡があるさ。待ってみる。サリムが夜空を見上げる。ここじゃ星が位置を変えてしまうと思わないか? 星が停まらない。星って動くものじゃない? さあな。カブールじゃ星は位置を変えなかった。毎晩同じ場所で煙草を吸ってた。前の晩と同じ位置に星があった。どうしたら星がこんなに動き回る所で安心して生活できる?
朝、ドーニャが部屋を出る。ドアに挟まっていたメモに目を通す。ミナ(Taban Ibraz)がベビーカーに娘を乗せて通路に出ていた。 おはよう。おはよう、ドーニャ。サリムがこれを置いていったの。何なの? 精神科医の診察券。8ヶ月も待ってるから待ち草臥れたでしょ? うんざり。行っちゃいなさいよ。彼の診察の機会を盗っちゃうことになる。サリムはそんなこと気にしないわ。前にも予約するだけして行かなかったことがあるし。夫に交通費を払う価値すらないって言ってたわ。国立公園にでも行く方がマシだって。ミナが階段でベビーカーを降ろすのをドーニャが手伝う。ミナ、青いシャツは? ミナの夫のスレイマン(Timur Nusratty)が階上から尋ねる。アイロンをかけたの。クローゼットに掛かってる。おはよう、スレイマン。ドーニャが挨拶するが、スレイマンは一言も口を利かない。
ドーニャが駅へ向かう。
チャイナタウンを歩く。イースタンベーカリーには行列が出来ている。坂道を下り、「手作りフォーチュンクッキー」の扉を抜ける。
社長の部屋。明日、早退してもいいですか? 何時に? 社長夫人のリン(Jennifer McKay)が尋ねる。1時半。何故? 病院に行くので。もちろん構わないよ。社長のリッキー(Eddie Tang)が許可する。ありがとう。
ドーニャがクッキーの個包装をしていると、ジョアンナに尋ねられる。彼が友達を連れて来られるか確認しようか? 一緒にデートするのはどう? しない。本当に? 知らない男性に会うのは気が進まない。彼については何も知らないんでしょ? 何も知らない。場所だけ決めてあって、メキシコ料理の店に行くの。うまくいけば一緒に住むことになる。家賃を折半できるわ。お母さんはどうするの? さあ。ベッドを買って来てどこかに置くとか。余分のベッドを持ってる? シングルベッド1つよ。
ドーニャが自室のベッドで横になっていると電話が鳴る。ジョアンナからだった。シングルベッドは良くないわ。引き寄せの法則によるとね、誰かと会う可能性を引き寄せないから。1人で寝るにしてもダブルベッドにするべきよ。部屋に置けないわ。そう、じゃあ、本を読んで寝るわ。おやすみ。おやすみ。ジョアンナは母親とダブルベッドで寝ていた。
アンソニー先生の予約があるんです。ドーニャが受付の女性(Divya Jakatdar)に伝える。お名前は? 私の名前じゃなくて、サリム・ダビリの名前で。彼が予約を取ってくれたんですか? いいえ。診察券はお持ちですか? ええ。これはダビリさんしか使えません。分かっていますが、彼が来られないので私に譲ってくれたんです。それはお受けできません。何故? 予約時間に来られない方には電話でキャンセルの連絡を入れて頂きます。その予約枠を他の患者に割り当てます。他の患者です。それはそうですが、キャンセルが出た場合には、予約待ちの患者さんに連絡するんです。ドーニャに引き下がる気配がないので、受付の女性はやむを得ず医師に相談しに行く。
アンソニー医師(Gregg Turkington)に迎えられ、テーブルを挟んでドーニャが坐る。
サンフランシスコ、フリーモント。ドーニャ・マスーディ(Anaita Wali Zada)はアフガニスタン、カブール出身。米軍の通訳をしていたが、25歳の時に米軍が撤退。家族を残したまま辛くも輸送機に乗り込みアメリカに亡命して8ヶ月。故郷では裏切り者扱いで、帰国しなければ弟が狙われると脅されている。ドーニャは、チャイナタウンにあるリッキー(Eddie Tang)の先代からのフォーチュンクッキー工場に勤め、ジョアンナ(Hilda Schmelling)とともにクッキーの個包装に従事している。ジョアンナの他に、隣人のサリム(Siddique Ahmed)やミナ(Taban Ibraz)、夕食を取る食堂の店主アジズ(Fazil Seddiqui)しか話し相手がいない。ミナの夫スレイマン(Timur Nusratty)からは露骨に無視されている。不眠に悩むドーニャはサリムの掛かり付け精神科医アンソニー(Gregg Turkington)に睡眠薬を求める。薬だけ処方するわけにはいかないとセッションに参加させられ、アフガニスタンから亡命した通訳がPTSDに苦しんでいると告げられるが、ドーニャは否定する。工場でクッキーの中に入れるメッセージを担当していたファン(Avis See-tho)が突然亡くなり、ドーニャはリッキーから後任に指名される。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ドーニャは新天地での生活をスタートさせて8ヶ月だが、チャイナタウンの職場とアフガニスタン人コミュニティのあるフリーモントの住まいとの間を往復するだけ。同僚のジョアンナから一緒にデートに出かけようと誘われるが、知らない人とは会いたくないと断る。PTSDに悩むドーニャを気に掛けるサリムもいるが、スレイマンのように米軍に協力した裏切り者と目する同郷人もいる。
アンソニーは、ジャック・ロンドン(Jack London)の小説『白い牙(White Fang)』の主人公である狼と犬の混血の「白い牙」を移民の英雄としてドーニャに紹介する。「白い牙」はアラスカで闘犬に参加させられて瀕死だったところを鉱山専門家に救い出されてカリフォルニアで幸せに暮らす。アンソニーは「白い牙」が抽象的推論によって幸福に至ったわけではなく、本能や感情に導かれたのだと説く。アンソニーは亡命者を救おうとの義俠心ある人物で、かつ『白い牙』を朗読して感涙してしまう豊かな感性の持ち主である。
フォーチュンクッキー工場の2代目社長のリッキーは中庸をモットーとする温情ある人物で、彼のいる職場で働けたことはドーニャにとって巡り合わせが良かった。リッキーの伝授する、クッキーに入れるメッセージの作り方は、幸福すぎても不幸すぎてもならず、捻りすぎても平板過ぎてもならず、短すぎても長すぎてもならない。まさに中庸である。また彼は、アフガニスタンにいろいろな人がいるように、中国にもいろいろな人がいる。アフガニスタンと中国とは国境を接しており、お互いに似たところがあると教える。
ドーニャによる「幸せを追わずに作る人」というメッセージが印象に残る。
サリムは、フリーモントの夜空では、故郷とは異なって、星が位置を変えることが気になる。亡命生活の不安が夜空に投映されている。
(以下では、後半の内容についても言及する。)
ドーニャはクッキーのメッセージに幸せになりたいと自らの名前と電話番号を記す。投瓶通信だ。メッセージを受け取った人から連絡があり、ドーニャは会いに行くことに。途中、エンジンオイルの不調で自動車修理の店に立ち寄る。そこで自動車修理工(Jeremy Allen White)と出会う。孤独な修理工は話し相手としてドーニャを求める。まさにStingの"Message in a Bottle"。メッセージを詰めたボトルが砂浜に数え切れないほど打ち上げられる。砂浜の瓶は夜空の星々に擬えられる。
ところでドーニャは見ず知らずの男性に対して二の足を踏む。だが、ドーニャに手を差し伸べてくれた人たちも、もともとは知らない人であった。どんなに親しい人も、最初は赤の他人だったのだ。星が動き、新たな星と隣同士になる。Vashti Bunyanの歌う"Diamond Day"のメッセージと共鳴する。
白い牙から白い鹿角へ。白鹿は幸運を告げる。