可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『裸足になって』

映画『裸足になって』
2022年製作のフランス・アルジェリア合作映画。
99分。
監督・脚本は、ムニア・メドゥール(Mounia Meddour)。
撮影は、レオ・ルフェーブル(Léo Lefèvre)。
美術は、クロエ・カンブルナク(Chloé Cambournac)。
衣装は、エマニュエル・ユーチノウスキー(Emmanuelle Youchnovski)。
編集は、ダミアン・ケユックス(Damien Keyeux)。
音楽は、ヤスミン・メドゥール(Yasmine Meddour)とマクサンス・ドゥセール(Maxence Dussère)。
原題は、"Houria"。

 

アルジェリアの首都アルジェ。夕方、海に面した建物の屋上で、黒いレオタードに身を包んだフーリア(Lyna Khoudri)がヘッドフォンで音楽を聴きながら、1人バレエ「白鳥の湖」の練習をしている。足の痛みに耐えきれずバランスを崩し転倒する。足首を冷やし、剥がれた足の親指の爪を処置する。階下に降り、トゥシューズを棚にしまい、薬草の粉末を練って膏薬にして足の裏に塗る。
バレエ仲間が部屋の中に集まってビヨンセの「シングル・レディース」に合せて踊る。フーリアは親友のソニア(Hilda Amira Douaouda)はスマートフォンで自撮りする。
フーリアの母サブリナ(Rachida Brakni)のバレエスタジオ。顔を上げて! 1,2,3。綺麗にアーチ! 音をたてない! 象の群れなの! サブリナがカウントし、次々と指示を繰り出す中、生徒たちが「白鳥の湖」を懸命に踊る。バレエ団の入団試験が迫る中、練習には熱が籠もる。カリマ、ドーナツとレモネードは止めなさい。お腹を引っ込めて! ラティファ、白鳥でしょ、鶏が飛んでるの? リディア、遅れてる! フーリア、顔を上げて! 練習を中断したサブリナはプリマのフーリアに集中できてないと指摘する。窓の外から練習を覗く男たち。手を振る生徒。「白鳥の湖」でしょ。エネルギー、精度、厳格さ、どれも感じられない。上の空ね。講師は皆に注意する。
フーリアはソニアとともにダンススタジオを後にする。路地に屯していた3人組の1人サミー(Hassen Ferhani)がソニアに声をかける。神は君に全て与えたが、1つだけ欠けてる。俺の連絡先だよ。何のため? メッセージとか、写真とか、詩とか送るからさ。もう1人のサリム(Hamza Bensahnoune)がバレエのレッスンを見ていて欠けてるものがあったと指摘する。3人目のリエス(Hocine Chernai)がブレイクダンスを披露してみせる。クラシックなスタイルじゃないわね。クラシックも出来るさ。爪先立ちで歩いてみせるブレイクダンサー。1日中壁に凭れて通行人ばかり見てて飽きないの? 壁に凭れるのは伝統芸能さ。ソニア、こいつは壁凭れの師匠なんだ。因みに俺が博士。ダンスみたいに3つの基本動作がある。壁際に立たせた「師匠」サリムを使って「博士」サミーが壁に凭れる基本動作を説明する。いいかい、この足裏を壁に付けた角度が直角になるんだ。ダンスみたいに頭は垂直に。筋肉が硬直して固まらないように機械的に作動させる。サリムが機械音を発しながらロボットのように首を右左に回転させる。フーリアとソニアが笑う。
ホテルの客室清掃をするフーリアとソニア。ソニアがシンドバッドについて話す。シンドバッドは小さな出口を発見し、穴を掘り続けて、海岸に出る。船が通り過ぎるのを見て乗り込んで脱出したの。それで? バグダードに到着したの。ソニアはスペインに密航する計画を実行しようとこれまで再三フーリアを誘っているが、フーリアは首を縦に振らない。ソニアは今日もフーリアにスペインに一緒に行こうと訴える。

 

アルジェリア、アルジェ。フーリア(Lyna Khoudri)は母サブリナ(Rachida Brakni)の主宰するバレエ教室で、近く行われるバレエ団の入団試験に向け、稽古に励んでいた。フーリアは親友のソニア(Hilda Amira Douaouda)とともにホテルの客室清掃をしている。バレエ団に入団できなければ、2人には体育教師の道が遺されているだけだった。ソニアは親戚を頼ってスペインに密航する計画を温め、フーリアにも再三持ちかけてきた。だがフーリアは首を縦に振らなかった。内戦中の事件をきっかけに車を運転しなくなった母のために自動車を手に入れようと、フーリアは郊外のエル・ハラックで行われる闘羊に夜な夜な外出する。連勝するフーリアは、自分の羊が負けた男(Marwan Fares)に逆恨みされて跡をつけられ、賞金を奪おうとした男に階段から突き落とされてしまう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

路地に屯する愉快な3人組は、「暗黒の10年(La décennie noire)」と呼ばれるアルジェリア内戦(1991-2002)によって教育や就職の機会を奪われ、社会的役割を果たすことのできない世代の典型である。フーリアが夜な夜な通うエル・ハラックの闘羊は、彼らのような男たちの不満の捌け口として当局に黙認されていた。
閉塞した状況は男性たちだけのものではない。ソニアはアルジェリアに見切りを付け、スペインを目指す。
そして、フーリアとサブリナもまた、内戦下の事件によって父、夫を失ったことが明らかにされる。サブリナはそのショックにより、車を手放すことになったのだった。
美しい夕暮れの海を背に1人「白鳥の湖」を舞うフーリア。バレエ団の課題曲となっている「白鳥の湖」は、無論、1人2役で演じられるオデットとオディールのイメージを、フーリアに重ねるためである。優雅に舞うバレエダンサーは、闘羊で稼ぐギャンブラーでもある。
フーリアは事件により脚に大怪我を負うだけでなく、声まで失う。そこには抑圧された女性の姿が象徴されている。フーリアはリハビリの過程で、やはり内戦の犠牲のために問題を抱えることになった女性たちと知り合う。彼女たちはフーリアがダンサーだと知ると、ダンスを教えて欲しいとせがむ。「声」を奪われた女性たちは、ダンスの形で自分たちの「声」をあげようとする。