映画『3つの鍵』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のイタリア・フランス合作映画。
119分。
監督は、ナンニ・モレッティ(Nanni Moretti)。
原作は、エシュコル・ネヴォ(אשכול נבו)の小説『三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと(שלוש קומות)』。
原案・脚本は、ナンニ・モレッティ(Nanni Moretti)、フェデリカ・ポントレモーリ(Federica Pontremoli)、ヴァリア・サンテッラ(Valia Santella)。
撮影は、ミケーレ・ダッタナージオ Michele D'Attanasio)。
美術は、パオラ・ビザーリ(Paola Bizzarri)。
編集は、クレリオ・ベネベント(Clelio Benevento)。
音楽は、フランコ・ピエルサンティ(Franco Piersanti)。
原題は、"Tre piani"。
夜。ローマの閑静な住宅街。3階建てのアパルトマンからモニカ(Alba Rohrwacher)が姿を現わす。肩にバッグを掛け、キャリーケースを引き摺るモニカは息苦しそうだ。スマートフォンの配車アプリで空車の手配をしているが、一刻の猶予もならない様子。猛スピードで車が突進してくる。モニカが停まってと声を上げる。車はモニカの脇を高速で通り過ぎ、道路を横断していた女性を跳ね上げると、アパルトマンの1階にあるルーチョ(Riccardo Scamarcio)の書斎に突っ込む。ルーチョの娘フランチェスカ(Chiara Abalsamo)は壁を突き抜けた車の前でが茫然と立ち尽くす。運転席のアンドレア(Alessandro Sperduti)は頭から血を流し虚ろな表情を浮かべている。ルーチョとサラ(Elena Lietti)がやって来て娘の無事を確認する。アンドレア! 息子の自動車に気が付いたドーラ(Margherita Buy)が夫のヴィットーリオ(Nanni Moretti)とともに3階からアパルトマンを駆け下りる。ドーラは息子の無事を確認すると、彼は大丈夫だとルーチョたちに告げ、息子が轢いた女性の元へ向かう。ヴィットーリオは轢かれた女性に聞こえるかと声をかけていた。ヴィットーリオは妻に尋ねる。アンドレアは? 大丈夫。医者が来るわ。
ルーチョとサラはフランチェスカを隣に住む老夫婦レナート(Paolo Graziosi)とジョヴァンナ(Anna Bonaiuto)に預ける。一晩預かってもらうことになると恐縮するルーチョに、レナートはフランチェスカが好きだからと伝える。学校があるから8時には迎えに来るからねとルーチョが娘に言い聞かせる。
病院。モニカが分娩台に乗り、2人の助産師の介助を受けている。いいわ、モニカ。息をして。全て順調よ。父親を呼びましょうか? 駄目よ、夫はいない。息をして。
テレサ、テレサ、俺だ、見えるか? 轢かれた女性に向かって夫のトーマス(Sergio Pierattini)が声を掛けている。ストレッチャーで運ばれるアンドレアと付き添うドーラ。ヴィットーリオは2人が救急車に乗り込むのを嶮しい目で見守っている。
朝。事故現場には仮囲いが設置された。ルーチョとサラが娘を迎えに行くと、レナートが馬になってフランチェスカを乗せ、部屋の中を回っていた。フランチェスカがレナートにキスをすると、帰りは2回だともう1回キスをせがむ。ジョヴァンナ、ありがとう、助かったわ。とんでもない。フランチェスカは素晴らしい娘ね。私たちこそ幸せだわ。姪が小さかったとき、いつも一緒に遊んで。レナートは幸せだった。家に子供がいて彼は嬉しいの。ルーチョの一家がレナートの家を後にした途端、フランチェスカがレナートが壊れてると口にする。何てこと言うの。壊れてるってどういう意味だ? 何でも忘れちゃうの。眼鏡をどこに置いたかとか、テレビのリモコンが何なのかとか、自分の名前まで忘れちゃう。助けてあげないといけないの。ふざけてるのかも、私もふざけるし。もう預けるの止めましょう。ベビーシッターを見付けないとな。
モニカが帰宅する。古いエレベーターを降りると、玄関の前に大きなプレゼントが置かれていた。モニカが産んだばかりのベアトリーチェへの贈り物だった。お母さんくらい美しいと思う、会えるのを楽しみにしている、とロベルト(Stefano Dionisi)からのメッセージが添えられていた。モニカはベッドで、建設現場にいる夫ジョルジョ(Adriano Giannini)とヴィデオ通話する。モニカがロベルトからのプレゼントを報告すると、ジョルジョは兄とは関わりたくないと言う。でも、贈り物なの。愛情でしょ。ベアトリスはどうしてる、眠ってるのか? ええ。すぐに戻ってくるでしょ、1人でイルには嫌なの。もう1人じゃないだろ。そんな機転を利かせないでよ。すぐに戻って来て。ああ、すぐ戻るさ。本当に寂しいの。
判事のドーラはアンドレアの弁護士からの電話を受け、執務室を出る。公判の期日とそれまでに用意する資料を弁護士に確認して電話を切る。ドーラはそのままヴィットーリオのもとへ向かう。夫も判事で、まだ公判の最中だった。
ドーラはアンドレアとヴィットーリオとともに帰宅する。弁護士は情状酌量の余地があると言ってるわ。夜道は暗く、色褪せた横断歩道はほとんど視認できないわよね? 刑はそれほど厳しくないかもしれないわ。責任があなただけにあるんじゃないってことを主張できる証人がいるかもしれない。女性が突然暗闇から飛び出したって。あの女性は亡くなっているんだ。それにアンドレアは酔っていた。
仕事場に突っ込んだアンドレアの車を作業員が撤去するのをルーチョが見守っている。その光景を3階に住むアンドレアも見ていた。アンドレアをドーラが呼ぶ。代筆した被害者遺族トーマスへの返信を息子に確認してもらうためだ。僕の懲役は何年になるんだ? どの刑務所に送られるんだ? ローマにはいられるのか? 激昂するアンドレア。落ち着きなさい。まず始めに審理が行われるわ。弁護士とともに状況を理解しないと。何の罪に問われるんだ? 殺人か? ドーラは息子を抱き締める。
出かけようとしていたルーチョにサラから電話がある。ルーチョはリヴィングでテレビを見ながらお絵描きをしていたフランチェスカに声を掛ける。お父さんは出かけなきゃならないから、お母さんが戻るまでレナートとジョヴァンナの家で待っててくれる? うん。色鉛筆持ってっていい? もちろん。ルーチョは娘をレナートの部屋に連れて行く。サラが渋滞に巻き込まれてしまったのですが、私はフィットネス・クラブに行かなければなりません。サラは間もなく戻ると思います。ジョヴァンナもすぐ戻るよ。色鉛筆を持ってきたからお話を描こう。そうしよう。じゃあね、パパ。お母さんはすぐ来るから。ありがとう、レナート。
フィットネス・クラブ。ルーチョはトレーナーの指示に従い、皆と一緒にエアロバイクを漕いでいる。シャワーを浴びてロッカールームに戻ったところで、スマートフォンに連絡が入っているのに気が付く。慌てて身支度を整え、車で家に急行する。フランチェスカがレナートとともに姿を消したのだ。
ローマの閑静な住宅街にある3階建てのアパルトマンに、夜、飲酒運転の自動車が突っ込んだ。運転していたのはアンドレア(Alessandro Sperduti)。3階に住む、ともに判事のドーラ(Margherita Buy)とヴィットーリオ(Nanni Moretti)の息子だった。アンドレアがアパルトマンの手前で撥ねた女性は即死だった。自動車が突っ込んだルーチョ(Riccardo Scamarcio)の仕事部屋には、ルーチョとサラ(Elena Lietti)の娘フランチェスカ(Chiara Abalsamo)がいたが幸い無事だった。夫妻は娘を隣に住む老夫婦レナート(Paolo Graziosi)とジョヴァンナ(Anna Bonaiuto)に預ける。老夫婦はフランチェスカを可愛がってくれたが、娘によればレナートは痴呆気味らしい。事故の際、2階に住むモニカ(Alba Rohrwacher)は産気付いて1人病院に向かう最中だった。夫ジョルジョ(Adriano Giannini)が出張のため不在で、モニカは病院でベアトリーチェを出産した。ジョルジョの兄で不動産業で成功しているロベルト(Stefano Dionisi)は出産祝いを贈ってくれたが、詐欺師の兄とは縁を切ったから関わるなとジョルジョはモニカに釘を刺す。孤独で産後鬱気味のモニカは施設に入っている母(Daria Deflorian)にベアトリーチェを会わせに行くが、強迫症が進行している母の姿に自分もそうなるのではないかと不安を募らせる。ルーチョがフィットネス・クラブに出かけようとしたところ、サラが渋滞にはまって帰宅が遅れていたことから、レナートにフランチェスカを預けることにした。ジョヴァンナは出かけているがすぐに戻るという。ところがフィットネスクラブにいたルーチョに、フランチェスカがレナートとともに家から姿を消して戻っていないと連絡が入る。慌てて帰宅したルーチョはジョヴァンナを責め、近くの公園に探しに行く。フランチェスカの名前を叫ぶと応答があり、木立の中で、娘はレナートの頭を膝の上に載せて座っていた。レナートは粗相していた。衰弱していたレナートは入院する。ルーチョはレナートが娘に猥褻な行為を行ったのではないかと疑う。女性警官(Alessia Giuliani)は、傷や体液の痕跡は無く、フランチェスカへの事情聴取からレナートに問題行動は無かったと報告するが、レナートを尋問していないことに納得がいかない。娘の様子がおかしいと不安に駆られるルーチョは妻を伴って精神科医(Francesco Acquaroli)に相談すると、トラウマとなる出来事は抑圧されて表に出されることはないと告げられる。ルーチョはレナートに対する疑念を確信にまで高めるが、サラは夫の思考が病的であると受け付けない。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
3階建てのアパルトマンの家庭の生活が崩れていく状況を描く。3階に暮らすドーラの家庭は、夫ヴィットーリオの支配に反発する一人息子アンドレアが飲酒運転で死亡事故を起こしたことをきっかけに、バラバラになっていく。2階に住むモニカは、夫ジョルジョが長期出張で不在がちのため一人で出産・育児に当たり鬱気味である上、施設に入っている母の強迫症が進行している姿に強い不安を覚える。1階に住むルーチョは溺愛する娘が隣人のレナートに預けた際に性的虐待を受けたのではないかとの疑念を拭うことが出来ず、衰弱して入院していたレナートに暴力を振るうに至る。
ヴィットーリオの敷く道を進むことを強いられたアンドレア、ジョルジョの不在により育児などで家庭に縛られるモニカ、ルーチョから溺愛されるフランチェスカ。それぞれが親子ないし夫婦の束縛から逃れることは、囚われを象徴するアパルトマン(の部屋〉から出て行くこととパラレルになっている。
アンドレアが父の敷く道から外れて父に衝突することが、道路から逸れてアパルトマンに突っ込むことで暗示されている。自らを傷つけることでしか父の支配から逃れることができないと考えたのだ。道から離れた場所にアンドレアは安住の地を模索することになるだろう。
モニカは度々幻覚を見る。それはカラスであり、ロベルトだ。それらがアパルトマンに現れ、飛び立ち、あるいは姿を消す。モニカはそれらに自らの姿を重ね合わせるだろう。
ルーチョはレナートが娘に対して性的虐待を行ったとの妄執に囚われる。それは、自らの性的な嗜好をレナートに反映しているからだ。その証拠が、レナートとジョヴァンナの孫娘シャルロッテ(Denise Tantucci)との関係として提示されるだろう。