可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『よだかの片想い』

映画『よだかの片想い』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。
100分。
監督は、安川有果。
原作は、島本理生の小説『よだかの片想い』。
脚本は、城定秀夫。
撮影は、趙聖來。
照明は、森紀博。
録音は、鈴木健太郎
美術は、松本良二。
装飾は、土橋麻衣子。
衣装は、松本紗矢子。
ヘアメイクは、内城千栄子。
編集は、野澤瞳。
音楽は、AMIKO。

 

前田アイコ(松井玲奈)が、無機質な白い部屋で、ライターの佐藤優妃からインタヴューを受けている。友人まりえ(織田梨沙)が勤めるミサワ出版からノンフィクション『顔がわたしに教えてくれたこと』が刊行される運びとなり、顔に痣のあるアイコも取材対象者の1人となっていた。人の目を最初に意識したのはいつだか覚えていますか。小学4年生のとき、社会の授業で。先生が黒板に滋賀県の地図を描いたんです。そうしたら生徒の1人が私を振り返って、琵琶湖だと叫んだんです。みんなが私を見て、前田の痣は琵琶湖だと囃し立てました。それはひどいですね。子供ですから。その後先生に叱られて、みんな謝ってくれましたよ。治療法は無かったんですか? ドライアイスを押し当てたりしましたね。ただ私が痛がるのを見て母が治療を続けさせませんでした。
緑溢れる公園。アイコの写真撮影の準備が進められている。まりえ(織田梨沙)がベンチで待機するアイコに飲み物を差し入れる。できる女って感じだね。アイコがまりえを茶化す。一応撮ってみて、使うかどうかは後で決めていいからね。アイコがスタッフに呼ばれる。まりえが頑張れとアイコを送り出す。
やっぱり原作、乗れませんかねえ。プロデューサー(池田良)が歩きながら映画監督の飛坂逢太(中島歩)にねばっている。いつまでもこの調子じゃ仕事ないですよ。もし気が変わったら来週までに連絡下さいね。プロデューサーと別れた飛坂が1人歩いていると、レフ板の眩しい光で、公園の写真撮影に気が付く。緊張した面持ちで正面を見据えて立つ、凜とした佇まいの女性。彼女の左頬に痣があるのが遠目にも分かった。
大学のキャンパス。アイコは、所属する研究室を率いる安達教授(三宅弘城)が沢山の荷物を抱えて歩いているのに出会す。アイコは荷物を運ぶのを手伝う。中古のマイクロ波発振機を手に入れたという。研究費が削減されて新品を買う余裕がないとぼやく教授。あなたの本、読みましたよ。宇宙飛行士になりたかったんですね。
研究室では、ミュウ先輩(藤井美菜)がやはり本の話題を振ってきた。売れてるんでしょ。生協で山積みだった。アイコの表紙の写真いいよね。ミュウ先輩は後輩の原田(青木柚)にも意見を求める。…ああ、先輩って感じですよね。
ミサワ出版。文芸部の隅にあるテーブルでアイコが待っていると、カエルのぬいぐるみを抱えた少女が通りかかり、アイコを見詰める。痛いの? アイコが否定する。娘を捕まえてに来た母親はアイコの顔を目にした動揺を隠し、大人しく待ってなさいと娘を連れて行く。まりえが来て、インタヴューのオファーがアイコに殺到していると告げる。アイコはこれ以上話すことはないと素っ気ない。まりえは映画化の話があることも伝える。症状について知ってもらうチャンスじゃない? アイコは乗り気ではない。ごめん、アイコが喜ぶって勝手に思っちゃった。でもさ、監督に会ってみない? 1度会食してさ。話、進んでるの? カエルのぬいぐるみを持った女の子がアイコの前に再び現れて、バイバイと言って立ち去る。…分かった。話を聞いてから断る。
アイコが夜の街を歩く。カップルの交わす会話の中のキモいという言葉に反応してしまう。自分のことではなかったが、容姿を貶す言葉にアイコは敏感にならざるを得なかった。
居酒屋でアイコはまりえとプロデューサーと卓を囲んでいる。プロデューサーはアイコに大学院で何を研究しているのか尋ねる。アイコは電磁波の回折について説明するが、科学のことはからっきし分からないとプロデューサーが自嘲する。そこへ飛坂がやって来た。まりえから名刺を差し出される。飛坂が今切らしててと謝ると、プロデューサーが名刺なんて持ってるのと笑う。飛坂はアイコが写真撮影に臨んでいる現場に偶然出会したと切り出す。恥ずかしさと葛藤しながらも堂々と立っている姿が目に焼き付いた。その後書店でアイコの写真が表紙を飾る本を見付けて読んだ。アイコの語り口が面白かった。子供の頃の気持ちを思い出した。飛坂は映画化を思い立った経緯を真摯に語る。静かに涙を流しながら聞いていたアイコは突然席を立ち、店を出る。飛坂が慌ててアイコの後を追う。

 

生まれつき左頬に痣のある前田アイコ(松井玲奈)は、友人のまりえ(織田梨沙)の勤務先であるミサワ出版から刊行されるノンフィクション『顔がわたしに教えてくれたこと』のインタヴューに応じるとともに、表紙のモデルを務めた。映画監督の飛坂逢太(中島歩)は偶然アイコの写真撮影に出会したことをきっかけに、アイコが表紙の本を読み、映画化を決断した。アイコは断るつもりで飛坂と会ったが、彼の真摯さと魅力とにほだされて心が揺らぐ。飛坂の作品を見たアイコはますます彼に惹かれていく。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

アイコにとって、常に人の目に触れてしまう左頬の痣は、劣等感の原因である。引け目を克服して、前向きな人生を送りたいと考えている。自分を変えるきっかけとして、まりえからのインタヴューと撮影のオファーを引き受けたのだろう。
実は小学4年生のとき、痣が琵琶湖の形に似ていると注目されたことに戸惑うとともに、どこかそのままの姿を受け容れられた喜びを感じてもいた。ところが優しい担任の教師が見せたことの無い剣幕で生徒を叱ってしまう。容姿を揶揄うのは間違っているとの判断からだ。だがそれがゆえにアイコの痣はタブーとなり、アイコにとってもまた個性としての可能性を剥奪され、醜さの烙印となってしまった。
アイコのあざとの付き合いは20年以上に渡る。アイデンティティの構成要素ともなっている。単に否定することはできない。自らが表紙の本が出版され、映画監督の飛坂に会えたのも、顔の痣があってのことだ。痣を除去してしまったら、もはや自分ではななくなってしまうのではないかという不安を抱えている。
そんな中、アイコは、左頬の痣が広がり、顔を覆っていく夢を見る。痣が結果的に見知らぬ世界へと連れ出してくれたが、それに頼ることは、自らを痣に同化ないし矮小化することにならないかという不安が拭えない。
宮沢賢治の「よだかの星」を踏まえて、アイコは醜いよだかに比せられる。「よだかの星」では、よだかが鷹から改名を強いられて拒み、結果として死出の旅につくことになる。アイコが痣を除去することは、よだかの改名に等しい行為であろうか。アイコは苦渋の決断をすることになる。
やや強引な展開ではあるが、ガラスの罅が痣を覆うのと、ファンデーションが痣を覆うのがパラレルになっているのは見事(ミュウ先輩の存在も効いている)。
「ラテ研」に所属しているミュウ先輩がセクシーなサンバの衣装で現れるのに驚いたが、鳥のイメージを導入するためであった。
中島歩が演じる飛坂の醸し出す柔らかな雰囲気がとても良い。アイコでなくともほだされるだろう。『偶然と想像』(2021)と『愛なのに』(2022)で何故か「下手な人」を演じることになったが、本作では濡れ場は割愛されている。
アイコの子供時代を演じた少女は、むしろ、まりえに似ている。