可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『笑いのカイブツ』

映画『笑いのカイブツ』を鑑賞しての備忘録
監督は、滝本憲吾。
原作は、ツチヤタカユキの小説『笑いのカイブツ』。
脚本は、滝本憲吾、足立紳山口智之、成宏基。
撮影は、鎌苅洋一。
照明は、神野宏賢と秋山恵二郎。
録音は、齋藤泰陽と藤本賢一。
美術は、安藤秀敏と菊地実幸。
装飾は、岩井健志。
衣装は、馬場恭子。
ヘアメイクは、楮山理恵。
編集は、村上雅樹。
音楽は、村山☆潤。

 

大阪。夜。道頓堀川沿いの道をツチヤタカユキ(岡山天音)がふらふらと歩いている。
ツチヤの薄暗い部屋。ネタを書き付けた紙が散乱し、壁にも所狭しと貼ってある。机の上には52冊目になるネタ帳がある。部屋に入ってきた下着姿のツチヤがテレビを思い切り蹴飛ばす。
ツチヤが配送業のアルバイトで荷物を配って回る。年配のスタッフは膝アカンと音を上げ、人生は川のようなもので穏やかなときもあれば濁流のときもあると訴える。台車を押していたツチヤは突然立ち止ると、伝票に思いついたネタを書き込む。台車を置きっ放しにしたまま、伝票を手にツチヤはその場を立ち去ってしまう。
お題に対する答えを素人が投稿するテレビ番組を見ていると、ツチヤのネタが紹介された。ツチヤは幸福感でいっぱいになる。思わず部屋を飛び出すと、おかん(片岡礼子)が連れ込んだ男といちゃついていた。ツチヤは飯代が用意されてなかったとおかんに指摘しつつ気分がいいので構わないと言う。おかんは勝手におぎにりを食べたと息子に切り返す。ツチヤは食べてへんと突っぱねて一頻り応酬すると、家を出ていく。おまえんとこの息子アホやろ。あんたの方がアホやろ。
ツチヤは自転車を全速力で漕いで夜の街で1人喜びを爆発させる。
ストップウォッチを片手に5秒に1回ネタを作ろうと試みるツチヤ。考えながら後頭部を繰り返しぶつけたために、自室の壁は凹んで穴が開いた。お題の答えを募集するテレビ番組に投稿を重ねていった。
コンビニエンスストアでバイトするツチヤ。だがイヤホンで番組を聴いたりネタを考えたりして上の空のため、店長にクビにされる。
成人の日。ツチヤが暮らす団地にも、袴や振り袖の新成人の姿がある。帰宅したツチヤに成人式行かへんのとおかんが尋ねる。行くわけないやろ。修学旅行も卒業式も出てへんのやで。何の意味があんねん。成人したお祝いやろ。いつまでフラフラしてんのってみんな言うてんで。みんなって誰なん? 
ツチヤがネタの投稿を続けたテレビ番組でポイントを重ね、遂に殿堂入りを果す。出演者たちはツチヤの投稿は毎回面白いと褒め、あるいはファンだと言う。テレビ画面を見詰めていたツチヤの涙腺がゆるむ。パンツ一枚の上にジャケットを羽織ったツチヤはシャドーボクシングで喜びを表現する。
レストラン。厨房の洗い場にツチヤが突っ立っている。ツチヤの目にはシンクの皿1枚1枚にお題が見えている。

 

ツチヤタカユキ(岡山天音)は、夜の仕事をするおかん(片岡礼子)と2人暮らし。5秒に1回ネタを考えることを自らに課し、ほとんど自室に引き籠もった生活を送っている。四六時中ネタを考えているため、アルバイトはどれも長続きしないのだ。もっとも努力の甲斐あって、テレビ番組のネタ投稿番組で採用を重ね、殿堂入りを果す。自信を持ったツチヤは難波にある若手芸人の公演がかかる劇場に向かい、ネタを書いた大量の冊子をビラ配りの女性に託す。後日、ツチヤに劇場の支配人から声がかかる。今時珍しいと感心した支配人はツチヤを座付き作家の見習いに加えてくれた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ツチヤは笑いのネタを考えることを支えに生きている。四六時中ネタを考え、番組に投稿する。ツチヤのネタは評価され、自信を深めた彼は、若手のお笑いの公演を専門に打つ劇場に自らを売り込みに行く。座付き作家の見習いになったものの、周囲と協調できないツチヤに居場所はない。それでも売れない芸人の1人に声をかけられ書いたネタは受けた。だがツチヤのネタはパクりだとの疑惑がかけられ、ツチヤは劇場を追われる。
ツチヤは人気お笑いコンビのベーコンズのラジオに投稿を重ね、ベーコンズ・西寺(仲野太賀)から構成作家になるよう誘われた。メインの構成作家・氏家(前原滉)はツチヤに出させたネタで仕事をするようになる。
お笑いのプロの集まる劇場は、笑いではなく先輩後輩など上下関係が尊重される。人付き合いを極度に苦手とするツチヤは、関係を構築して笑いの才能を発揮することができない。それは、後にベーコンズ・西寺に抜擢されたラジオ番組でも同じだった。
冒頭、ツチヤはテレビを思い切り蹴飛ばす。テレビは笑いではなく先輩後輩の人間関係が重視されるつまらない世界の象徴であり、面白さ原理主義のツチヤはそれが受け容れられないのだ。それでもツチヤはテレビ(やラジオ)に投稿を重ねる。ツチヤがホスト時代(?)に知り合ったピンク(菅田将暉)に諭される通り、お笑いを作るのがつまらない社会なら、ツチヤが笑わせたい相手もまたつまらない社会なのだ。ツチヤにとって地獄だが、ツチヤにはそこにしか生きる道はないとピンクは見抜いている。ベーコンズ・西寺の認識も同じだった。
ツチヤは道頓堀川に飛び込む。飛び込みによってツチヤは死んだと言う。社会という濁流に呑まれることで、それまでのツチヤが死に、社会で生きていく新たなツチヤとして再生することを誓う、ツチヤ1人の成人式(=バンジージャンプ)だ。彼はこれまでの自分を許容してきてくれたおかんに感謝する。そこに社会化したツチヤの姿の片鱗が窺える。
エキセントリックなツチヤに岡山天音ははまり役。包容力のあるおかんを演じた片岡礼子、度量の広い前科者を演じた菅田将暉、才能に惚れ込んでツチヤを見捨てないベーコンズ・西寺の仲野太賀も魅力的。べーコンズ・水木を演じた板橋駿谷は、モデルであるピンクベストの芸人を彷彿とさせて見事だった。