可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『コンクリート・ユートピア』

映画『コンクリートユートピア』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の韓国映画
130分。
監督は、オム・テファ(엄태화)。
原作は、キム・スンリュ(김숭늉)の漫画"유쾌한 왕따"。
脚本は、イ・シンジ(이신지)とオム・テファ(엄태화)。
撮影は、チョ・ヒョンレ(조형래)。
照明は、イ・ギルギュ(이길규)。
視覚効果は、ウン・ジェヒョン(은재현)。
美術は、チョ・ファソン(조화성)とチェ・ヒョンソク(최현석)。
衣装は、チェ・セヨン(최세연)とイ・ジンヒ(이진희)。
編集は、ハン・ミヨン(한미연)。
音楽は、キム・ヘウォン(김해원)。
原題は、"콘크리트 유토피아"。

 

初期の集合住宅が建設される様子を伝える、当時のドキュメンタリー番組。巨大なセメントの森のような集合住宅の団地で私は小さな点に過ぎず、孤独感に襲われます。もっとも、集合住宅によって便利で健康的な生活を送ることができるはずです。私たちは集合住宅に全てを託さなくてなりません。
集合住宅での暮らしが映し出される。1本目の番組よりも少し下った時代のドキュメンタリー映像。時代が下ったかつて集合住宅は家を手に入れる手段でした。しかし今では誰もが利便性を言います。集合住宅は生活を改善してくれる空間を生み出しました。
集合住宅の抽選会場に集まる多くの人々。緊張して籤を引く人たち。
時代を経るに従って、次第に集合住宅の高層化が進展していく。
ソウルを埋め尽くす高層の集合住宅群。突然巨大な津波のように地盤が隆起し、建物が崩落し、火災が発生する。
ファングン・アパルトマン103棟602号室。薄暗い中、キム・ミンソン(박서준)がベッドから起き上がる。妻のチュ・ミョンファ(박보영)は隣でまだ眠っている。ミンソンがリヴィングに行き、窓の外を眺める。ファングン・アパルトマン103棟の周囲にある建物は皆倒壊し、瓦礫の所々で火の手が上がり、煙が立ち上る。
ミンソンが共用通路に出る。見下ろした駐車場にはファングン・アパルトマン103棟にやって来る人々の姿がある。
ミンソンがマンション1階に降りると、事務所には大勢の人が押しかけていた。警察も消防も連絡がつかないって? ここは本当に安全? 崩落したらどうなるんだ? ここにいた方がいい、外に出たら凍死だ。凍えるくらいなら潰される方がましだ。予備電源はあるのか? 水がないのとどうにもならない。皆さん、落ち着いて! 全力を尽してます!
ミンソンの部屋。ペットボトルの水は22本あった。ミョンファが備蓄の量を記録する。いつまでこの状況かな。父さんが送ってくれた餅はまだ傷んでないわ。1週間くらいはどうにか。先週買い出しに行っておくべきだったな。何でこんなことになったんだろう。お父さんのところに行くべきよ。言っただろ、それは危険すぎるって。もう少し待とう。救助隊もやって来るだろうし。ミンソンはミョンファを抱き締めて宥める。
夜、602号室のドアをノックする音がした。ミンソンがチェーンのロックをしたままドアを僅かに開ける。誰です? 息子が寒がってるんです。息子を寝かせてもらえませんか? 出てきてくれたのはあなただけなんです! ミンソンに泣き付く母親(이선희)の傍らで少年(권은성)が震えている。僕たちも余裕がなくて。ドアを閉めようとすると、母親が靴を挟んで閉めさせない。待って下さい、これは高価なものですから、これで息子だけでもお願いします。躊躇うミンソン。ミョンファが顔を出す。どうしたの? 向かいのドリームパレスの者です。
ミョンファが受け容れた母子に照明器具の使い方を案内する。ありがとう。お互い様ですよ。ミンソンが妻の姿を窺う。
翌朝。1階のロビーの壁には尋ね人の貼り紙がびっしりと貼られていた。身を寄せ合って座る人たちの中に、物資を取引する人の姿もあった。トランクを開けて食料を見せる男にミンソンが紙幣を差し出す。男は現金は受け取らないと段ボールに書いたメッセージを示す。別の男が来て、乾電池を差し出して缶飲料と交換していった。ミンソンは腕時計を外して手渡す。
桃の缶詰を手に入れたミンソンが自室へ戻る途中、共用スペースでマンションの住民に部外者を追い出そうと揉めている場面に出会した。押し合いになった人々が将棋倒しになったのに巻き込まれたミンソンは、手に入れた缶詰を落としてしまう。転がった缶はソファの下へ。ミンソンが必死に手を伸ばすとわらわらとゴキブリが出てきてミンソンや周囲の人たちは阿鼻叫喚。
602号室では、ミョンファが居候の少年チュモンとトランシーバーのやり取りを練習していた。話し終わったら「オーヴァー」って言うの。ミンソンは寝室にミョンファを呼び、手に入れた桃の缶詰を開ける。どうしたの? 食べなよ。分けてあげましょうよ。苦労して手に入れたんだから2人で食べよう。ミョンファはチュモンたちに食べさせてやりたいと躊躇うが、ミンソンがミョンファの口に桃を運ぶ。すぐにミョンファはミンソンにも囓らせる。また喧嘩してたよ、マンションの住民じゃない人と。平和を愛する人にはなれないのかな。でも心配しなくていいよ、何があろうと僕が君を守るから。頼もしいのね。ミンソンがミョンファを抱いてキスしようとする。おばちゃん! チュモンの声で、2人は慌てて体を離した。お食事の邪魔をしてしまってすいません。昼食を作ろうと思いまして。チュモンの母が謝る。チュモンが物欲しそうな顔をして缶詰を見詰める。ミンソンは缶詰をチュモンに挙げる羽目になった。
外の様子を窺いに出ていた2人がアパルトマンに戻ってきた。居候のくせに遠慮が無いよ。ミンソンは妻に愚痴る。私達が欲張りだったのよ。部屋の購入費用だって大変だって言ってたろ。状況が違うでしょ、今は非常時なんだから。でも居候のくせに我物顔なんだもんな。失せろ! 怒声が聞こえる。1室から男が追い出された。しかも彼は刺されて出血していた。何処行くの? 待ってて。ミョンファが慌てて負傷した男に駆け寄る。寝かせて下さい。お医者様? 負傷した男の妻が尋ねる。看護師です。布かタオルを持って来て! ミョンファが応急手当てをしていると、男が追い出された部屋のドアから煙が出て来る。火事だ! 皆が退避する。タオルで顔を覆い消火器を手にした男(이병헌)が1人で火事を起こした部屋に突入していく。

 

2023年12月。ソウル。突然地盤が隆起し、密集する高層ビル群が次々と倒壊していく。「ファングン・アパルトマン」103棟は奇跡的に被害を免れた。インフラが寸断され不安に陥る住民に加え、周囲の被災したアパルトマンの住民たちも続々とファングン・アパルトマンにやって来る。厳寒のため野宿は即凍死を意味した。602号室の住人、公務員のキム・ミンソン(박서준)は自動車ごと被災したが奇跡的に軽症で済み、看護師の妻チュ・ミョンファ(박보영)とともに身を寄せ合っている。向かいの倒壊した高級アパルトマン「ドリームパレス」の女性(이선희)とその息子チュモン(권은성)をミョンファが困ったときはお互い様だと受け容れるが、食料の備蓄も十分でないうえ夫婦水入らずの生活を送ることのできないことにミンソンは不満を抱えていた。ミンソンとミョンファは住人が刺された場面に遭遇する。ミョンファが負傷した男に応急手当をしていると、男が追い出された部屋で火災が発生した。命を省みず真っ先に消火活動に当たるキム・ヨンタク(이병헌)。居合わせたミンソンが成り行きでヨンタクを手伝う。アパルトマンの危機を救ったヨンタクは、アパルトマンの婦人会長キム・グメ(김선영)に評価され、住民たちの賛同を得て代表に推戴される。代表の最初の大仕事は、住民の投票により決定した、正規入居者以外の人々のアパルトマンからの排除だった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

未曾有の災害によりソウルが壊滅する中、「ファングン・アパルトマン」103棟は奇跡的に無事だった。アパルトマンの自治会会長は安否不明で、婦人会会長のグメが住民総会の議事進行を務める。公務員のミンソンは非常時を乗り切るにはシステムと決済する人物とが必要だと提案し、受け容れられる。グメは火災の鎮火に当たったヨンタクを住民代表に推薦し、参会者の同意を得る。既にアパルトマンの住民と避難民との間に軋轢が生じ、傷害・放火事件も避難民によるものだと明らかになったため、代表の下で投票が行われ、住民以外は追放することが決定された。空き部屋を分配するとの名目でアパルトマンの外に避難民を誘導すると、入口にバリケードを築き、退去を言い渡す。排除された人々の抗議の中、ヨンタクは頭部を殴られて出血する。ヨンタクは倒れず再び退去するよう叫ぶと、住民たちが物を投げるなどして排除を成功させる。アパルトマン万歳、キム・ヨンタク万歳の声が上がり、高揚したヨンタクはアパルトマンは住民のものだとシュプレヒコールをする。住民は一致団結し、防犯隊、配給隊、住民隊、医療隊などを組織し、限られた資源での共存を図る。
勇敢な人物が投票によって代表に推戴され、代表は実績を重ねる中、次第に強権を発動するようになる。危機に際して英雄を欲する住民は、国民の戯画である。
ユン・スイル(윤수일)の「アパート(아파트)」(1982)を新年を祝う祭でヨンタクが熱唱するシーンがある。歌詞がヨンタクの置かれた状況に、そして作品によく調和している。尚、エンディングでは、박지후の歌う同曲が流れる。
ミョンファは流産を経験している。チュモンに対する愛情には子を喪失した悲しみもある。また、ミンソンとミョンファはまだ若いが、桃の缶詰は、昔噺に登場する桃の回春作用を想起させる(実際、桃の缶詰を食べたミンソンがミョンファを求める)。
ソウル以外がどうなっているのかは明らかにされない。通信手段が途絶しているために通信機器を用いる者が皆無である。そのためにより廃墟となったソウルが閉鎖された環境であることが強調される。
碁石での投票は、白と黒とで決着を付けることを意味するが、作中で碁石は他にも重要な役割を担っている。

(以下では、結末について言及する。)

映画『ハイ・ライズ(High-Rise)』(2015)においては、高層アパルトマンの上層と下層とが社会的立場を反映していた。本作では、ファングン・アパルトマンの住人は、より高級なアパルトマンであるドリームパレスの住人によって差別されていたことが指摘され、アパルトマン間の格差として現れる。ドリームパレスは倒壊したため、ファングン・アパルトマンが優位に立つ。だがファングン・アパルトマンは、民主的手続きを経て独裁者を生み、住民ファーストを貫いた結果、内部抗争によって壊滅する。ミョンファを救う3人組は、災害ユートピアを実現している。彼女らが暮らす家は、横倒しになったアパルトマンの1室であり、そこでは――災害時でも垂直構造を保ったファングンアパルトマンとは対照的に――水平という平等が視覚的に表現されている。