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芸術鑑賞の備忘録

映画『葬送のカーネーション』

映画『葬送のカーネーション』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のトルコ・ベルギー合作映画。
103分。
監督は、ベキル・ビュルビュル(Bekir Bülbül)。
脚本は、ビュシュラ・ビュルビュル(Büsra Bülbül)とベキル・ビュルビュル(Bekir Bülbül)。
撮影は、バルシュ・アイゲン(Baris Aygen)。
美術は、オスマン・チャンクルル(Osman Cankirili)。
編集は、エレン・サブリ・オズテュルク(Sabri Eren Ozturk)。
原題は、"bir tutam karanfil"。

 

木製の粗末な柩を乗せた赤い自動車が自動車道で立ち往生している。小雪が舞う中、太古が打ち鳴らされ、爆竹の音が響く中、踊る人々が道を塞いでいた。運転する男がクラクションを鳴らし、叫ぶ。邪魔だからどいてくれ! 道を空けろ! 踊る人々の中には、着飾った花嫁が白馬に乗って花婿に連れられているのが見える。花嫁道中の演奏が止む。車が通り過ぎると、再び演奏が始まった。
赤い自動車が荒涼とした地帯を抜けて行く。後部座席では年老いたムサ(Demir Parscan)の隣で少女ハリメ(Sam Serif Zeydan)が眠っていた。運転席の男が無知のせいでキノコ中毒を起こした一家の話をする。鉄板でなく大理石でキノコを焼いていたと馬鹿にすると、助手席の男は大理石でじっくり火を通さないと焦げる、お前こそ無知だと反駁する。アルミホイルに包んで焼べれば簡単だと助手席の男が言えば、アルミホイルは身体に悪いとテレビで言っていたと運転席の男。アラビア語しか話さずトルコ語を解さないムサは黙って坐っている。キノコ論争が終ると、ラジオを聞き始めた。舗装されていない道路に差し掛かると、未舗装の道路は村長が市に掛け合わないからだとハンドルを握る男が文句を言う。村長は他所の人に喫茶店を売り渡した奴だと運転席の男が言えば、喫茶店は繁昌していると助手席の男が応じ、イチゴ畑の開発などこれまでにない施策を打つ村長の手腕を評価する。その資金は村民に押し付けられていると、運転手は二度と村長を擁護するなと愚痴る。
一帯に何も無い場所で車が停まった。ここから先で道が分かれるから村に帰ると運転手が言い、ムサとハリメ、そして柩を車から降ろす。もし誰も通りかからなかったら連絡をくれ。車を動かそうとするが、前輪が泥濘に嵌まって動かない。助手席の男とムサが押して車は何とか動き出したが、泥が跳ね上がってムサの上着が汚れた。拭くものを用意すると言うが何も無い。ムサは構うなとジェスチャーする。赤い車は老人とその孫娘、そして棺桶を置いて走り去った。ハリメが坐る隣にムサが腰を降ろして、上着の泥をハンカチで落とす。ハリメは水溜まりにゴキブリが浮いているのに気付いて思わず飛び退く。
空は曇り渡り、遠雷が轟く。ようやく通りかかった車にムサがヒッチハイクしようとするが、クラクションを鳴らして車は通り過ぎてしまった。ムサは棺桶の下に取り付けられた持ち手を握って引き摺る。だが砂利道を長距離進むのはとても無理だった。ムサは棺桶を置くと、煙草を取り出す。ライターで火を点けようとするが油が切れていた。ハリメはしゃがんで木の枝で地面に絵を描いていた。ムサは孫娘から枝を取り上げると、折って投げ捨ててしまう。
車は全く通りかからない。ムサが坐ってうとうとしていると、ハリメが車輪の付いた馬の玩具を引っ張って遊んでいた。ムサは何か閃いたらしい。近くに落ちていた石を拾うと、ハリメに近付く。
持ち手の一方に車輪を取り付けた棺桶を引き摺ってムサが歩く。車輪を奪われた馬の玩具を手にしたハリメが祖父の後を追う。

 

アナトリア南東部。戦乱を避けて隣国に逃れたムサ(Demir Parscan)は妻を亡くした。妻を故郷で埋葬するとの約束を果すため、ムサは紛争で両親を失った孫娘ハリメ(Sam Serif Zeydan)を伴って、妻の柩とともに再び国境を越えることにする。村へ戻る若者2人に車に乗せてもらった2人は、途中、花嫁道中に遭遇する。村と道が分岐する地点で車を降ろされた2人は、ろくに民家もない荒涼とした土地で降ろされて途方に暮れる。ハリメは絵が得意で、スケッチブックを持ち歩き、ちょっとした隙があれば絵を描く。たまに通りがかる車にヒッチハイクしようとするがうまくいかない。ムサはハリメの玩具の車輪をもぎ取ると、柩の持ち手の一方に付けて引き摺って歩き出す。牧羊家に飲食を振る舞われ、通りかかったトラックに乗せてもらおうとするが棺を伴うために断られる。ムサとハリメは羊飼いの男に提供してもらった小屋で一晩明かす。トラクターに乗せてもらい出発しようという段になって、ムサは自らの靴が失われているのに気付く。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

隣国に亡命したムサは亡き妻との約束を果すため、孫娘ハリメととともに妻の柩を伴って紛争の続く故国へ帰ろうと旅するロードムーヴィー。
ムサはアラビア語しか話せず、トルコ語は分からない。ジェスチャーと、孫娘の通訳で、何とかコミュニケーションを図る。
妻との約束を果そうとするムサの意志は固い。ムサに同行する他ないハリメは、ムサから絵を描く楽しみや玩具を奪われ、ときに飲食なども制限される。野宿を強いられた際には柩で眠るように求められる始末。それでもハリメは祖父の鉄のような意志を生んでいる、祖母に対する愛情の深さを知らず知らずのうちに理解していくことになる。
ムサはハリメが描いたある1枚の絵を破り捨ててしまう。その絵こそ、ハリメがムサの思いを理解した証であった。なぜその絵を破棄したのか。紛争の中で形ある物は失われてしまう可能性がある。だが、出来事や記憶を消すことはできない。否、失われることで却って失われた存在が強く心に焼き付けられるのだ。形あるものだけに価値を見出し、無形の言葉=約束を蔑ろにすることの不当も訴えられていよう。
冒頭の花嫁道中から、映画『HANA-BI』(1998)にも通じる終幕まで、非の打ち所がない。