可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 吉田和夏個展『まばゆい迷路』

展覧会『吉田和夏「まばゆい迷路」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY MoMo Ryogokuにて、2024年1月13日~2月17日。

恐竜をモティーフとした絵画などで構成される、吉田和夏の個展。

《Bell Ringer》(621mm×515mm)には、図鑑の拍子を開いた見返しの部分の周囲に、図鑑やスケッチブック、鏡などが浮かぶ情景が描かれている。見返しもその周囲に拡がる空間も宇宙のようであり、星のような色取り取りの光が瞬く。ゴーストのように淡く描かれた図鑑の表紙には爪で引っ掻いたような跡があり、鏡の中の恐竜の爪、さらには図鑑の見返しの影から首を伸ばす恐竜へとイメージを連ねていく。
《まばゆい迷路の庭 2》(1634mm×1314mm)は、「大むかしの生物」や「化石と岩石・鉱物」その他の生物や地学の図鑑が並ぶ書棚と、恐竜、迷路、夕景、峻嶮な山、階段などの絵のカードが舞い散る場面が描かれている。図鑑のケースからは探検家らしき人物が歩いて飛び出してくる。棚の上の段には恐竜のフィギュアが置かれ、首の長い恐竜は冷気を吐き出し、書棚のガラス戸が凍り付かせる。あるいは、恐竜の吐く息は眠り薬のようなものかもしれない。《Bell Ringer》が描くように、図鑑のイラストや玩具から想像を膨らませた子供時代は書棚の中に仕舞われたまま忘れ去られ、永遠の眠りに就くのだ。
《まばゆい迷路の庭》(1954mm×1317mm)は、幾何学式庭園の植栽による迷路が描かれている。画面下部、迷路の入口手前には恐竜のぬいぐるみが落ちている。画面上部、光を浴びた迷路の中央はゴールだろうか、恐竜の植栽が見える。また、その周囲を"DINOPARK"との植栽が囲んでいるが、"A"だけは切り取られてしまい、跡が残るだけになっている。"A"とは"Answer"のことだろうか。少年時代という隘路を抜けた先にあると思われた大人という存在は、恐竜のイメージよろしく空想の産物であり、決して答えなどではない。
ダイナソーガム新発売》(340mm×255mm)は、ロッテのクイッククエンチを彷彿とさせるパッケージのガムと、緑、赤、青、黄などの噛み終わったガムで造型された恐竜や古代の植物が描かれている。噛んだガムで作った恐竜のような体のやきもの《ダイナソーガム》も併せて展示されている。ダイナソーガムを喜んで食べる子供たちは希望に満ちている。だが噛んで味がすっかり失われたガムは、かつての少年、すなわち大人の似姿であろうか。身体は大きくなったが、環境の変化に耐えられず絶滅の運命にある。
《~To Be Continued~》(466mm×393mm)は、複数の空間を彷徨う恐竜や探検家の姿が描かれる。1つの時空に穿たれた穴を潜り抜けると、そこには別の世界へと通じていた。噛み終ったガムに恐竜を想像する力があれば、世界は常に新しい相貌を伴って立ち現われる。「まばゆい迷路」とは、想像力が開くマルチバースのことであった。