可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 田中千智個展『海と船』

展覧会『田中千智展「海と船」』を鑑賞しての備忘録
Bunkamura Gallery 8/にて、2024年2月~18日。

平板な黒が印象的な絵画作品で構成される、田中千智の絵画展。

出展されている作品のほとんどにおいて、背景は黒に覆われている。例えば、《夜の海とタワー》(666mm×242mm)や《夜の海と西の街》(666mm×242mm)では、画面を上下に二等分する辺りに色取り取りの街明かりが輝き、その下側を筆触と光沢感のある油絵具のぬめっとした黒で夜の海面を、その上側をアクリル絵具による艶の無い黒で夜空をそれぞれ表わしている。
《夜の海とタワー》や《夜の海と西の街》では題名に「夜」とあるが、画面を覆う黒は必ずしも夜の表現ではなさそうだ。青いコートのフードを被った人物がコンクリートの岸壁に佇む《何も聞かない》(803mm×652mm)においても、真っ暗な夜空と重油のような海が対岸の街明かりを境に広がっているが、黒は夜とばかりは言えない。佇立する人が耳を閉ざして自らにに閉じ籠もる状況を象徴し、あるいは光を吸収するイメージにより吸音材のような効果を黒に果させようとしているのではなかろうか。
メインヴィジュアルに採用されている《光をあつめる人》(410mm×318mm)には、明るいオレンジ色の浜辺で風に吹かれながら佇む白い服の少年の姿が描かれる。少年の足下には影が延び、背後の水色の海は白い波を打ち寄せている。海の向こう、対岸には街並が見え、その上に闇が広がる。だが明るい浜辺と海とはとても夜とは思えない。浜辺と海とに光を集めてしまったがために空が暗くなってしまったのではないか。
《海辺で暮らす》(909mm×1167mm)には紫の厚手のコートに緑のマフラーを巻いた女性が植木鉢を手に海岸を歩く場面が描かれる。真っ暗な海と空との境目を対岸の街が天の川のように画面を横断している。天の川――乳の流れ――は女性の手にする植木鉢に接している。乳が植木鉢に注ぎ込み、植物が葉を茂らせる。植木鉢の植物は湾を行く女性のアナロジーとなっている。女性は、湾で暮らす自らの姿を鉢植えの植物に見ている。黒ないし闇は現実と夢とを接続する装置として機能しているようだ。