映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のイギリス・アメリカ合作映画。
104分。
監督は、タイカ・ワイティティ(Taika Waititi)。
原作は、マイク・ブレット(Mike Brett)とスティーヴ・ジャミソン(Steve Jamison)のドキュメンタリー映画『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦(Next Goal Wins)』(2014)。
脚本は、タイカ・ワイティティ(Taika Waititi)とイアン・モリス(Iain Morris)。
撮影は、ラクラン・ミルン(Lachlan Milne)。
美術は、ラ・ビンセント(Ra Vincent)。
衣装は、ミヤコ・ベリッツィ(Miyako Bellizzi)。
編集は、ニコラス・モンスール(Nicholas Monsour)。
音楽は、マイケル・ジアッキノ(Michael Giacchino)。
原題は、"Next Goal Wins"。
アメリカ領サモア。湿地を前に立つ白い衣装を纏った牧師(Taika Waititi)が振り返る。おや、いたのか。気付かなかった。どうぞこちらに来て、この素晴らしい悲惨な物語を聞いて欲しい。辛くて悲しい話ではない。そんなことが起こったなんて信じられないという話だ。脚色してはあるがね。2つの島の物語だ。1つはアメリカ領サモアと呼ばれる、太平洋の小さな美しい熱帯の島。とても信心深くてよく働く人たちが住んでいる。もう1つは、外国から来た白人。信じられない話にありがちだが、屈辱的な出来事から始まる。
2001年。サッカーのワールドカップ大会予選。オーストラリアと対戦したアメリカ領サモアは31対0で敗北。国際サッカー史上最悪の負けを喫した。
10年経ってもアメリカ領サモアのサッカーチームのレヴェルは変わらなかった。実際、さらに弱体化していた。
2011年の太平洋トーナメント。シヴァタウで相手チームを威嚇するアメリカ領サモア代表。だが開始早々、ロングシュートがアメリカ領サモアのゴールネットを揺らす。キーパーのピサ(Lehi Makisi Falepapalangi)はまだグラブも付けてないのにとぼやく。次々と得点を決められて前半を終える。ハーフタイム、ロッカールームでは選手達を前に監督のエース(David Fane)が叱咤する。ひどい前半だった。心の準備はできているか? 君たちは不味かった。下手だ。酷すぎた。心がない、魂がない。心と魂を持ってプレイしないと。不味いんだ。エース、続きは私が。タヴィタ・タウムア(Oscar Kightley)が引き取る。諸君、聞いてくれ。私はアメリカ領サモアサッカー連盟の会長だ。知ってるとは思うがね。後半に向けてお願いがある。これまで一度も得点したことがないことは知っている。だが、得点して貰わないと困るんだ。私は他の島のサッカー連盟の会長たちと賭けをしたからね。得点しないと顔におっぱいを描かなきゃならない羽目になる。どうだ、やる気になるだろ。折しも選手たちにフィールドに戻るようアナウンスが入る。選手達は気合を入れてフィールドに向かう。だが結局惨敗し、ロッカールームで選手たちが項垂れていた。エースが声をかける。全てのシュートが決まったわけじゃない。心と魂だ。エース、君は素敵な人物だが、監督としては最悪だ。解雇だ。顔中におっぱいの絵が描かれたタヴィタが通告する。公正な判断だと思う。エースはすんなり受け容れる。私の顔を見ろ。おっぱいがいくつあるか数えてみろ。右左別々ですか、それとも組で? 面倒は避けよう、11組だ。油性ペンで描かれてる。負けるのは嫌じゃないのか? 我が国のサッカーはこれまで1点も取った例がない。おかしいとは思わないか?
私の言葉を覚えてるか? 物事は変化する定めだ。新しい監督を招聘する。
タヴィタが家族と夕食をとっている。新しい監督なんてどこで見付けりゃいい。島の外に目を向けないと。妻のルース(Rachel House)が言う。それは裏切りになる。裏切りは勝つ見込みのないチームを試合に送り出すことでしょ。型にはまってちゃ駄目なの。まあ型が小さすぎて考えられないこともあるけどな。たぶんそうするよ。もうやったわ。アメリカ合衆国のサッカー連盟に監督募集を宣伝するように電話したの。自分たちを救世主と思ってる白人なんかに教えを乞う必要はないよ。息子のダル(Beulah Koale)が苦言を呈する。島には他にも素晴らしい指導者がいるさ。誰の話? エースみたいな? 私は彼を解雇したよ。彼はプレッシャーに弱い。そうだよな? 近くで横になっていたエースが本当だと頷く。ワールドカップの予選までたった4週間だよ。島で監督を探せばいい。ルースが息子をサンダルで叩く。私にサンダルで殴らせないでくれる。私たちは本物の監督を招聘するの。いいわね。ルースは向かいのタヴィタにサンダルを投げつける。顔にあるでっかいおっぱいに気付かないと思う? 誰のおっぱいなの? 分からないよ、ただの絵だから。おっぱいの絵は浮気の始まりだよ。せいぜい気を付けるんだね。
アメリカ合衆国サッカー連盟。トーマス・ロンゲン(Michael Fassbender)がアレックス・マグヌセン(Will Arnett)らを前に、今季の不振について言い訳をしている。今シーズンが想定通りに行かなかったことは分かってるさ。サッカーは美しいが、複雑だからね。サッカーは言わば人生のようなもので、浮き沈みがある。来シーズンにはチャンスがある。私を信頼して私のやりたいように指揮させてくれれば…。すまない、トーマス、誰からも伝えられてないのか? 君は解雇されたんだよ。冗談だろ、揶揄ってるのか? ショックを受けるのは尤もだ。悲しみには5つの段階があるというからね。リス・マーリン(Rhys Darby)がアレックスの話を受けて、悲しみの5つの段階について、オーバーヘッドプロジェクタを用いて解説を始める。第一段階は否認。否認なんかしてない。それだ! 典型的な否認だ。幸いなことに2つの選択肢がある。選択肢の1つは、無職。今の状態だね。あるいは? 太平洋? そうです、より正確にはアメリカ領サモアです。アメリカ領サモア? 冗談か? 揶揄ってるのか? ゲイル、知ってたのか? トーマスは別居中の妻ゲイル(Elisabeth Moss)に尋ねる。ええ、私の案だから。君が僕にこんな仕打ちをするなんて信じられない。私にはそれなりの敬意が払われて然るべきだろう。この部屋でサッカーについて知ってるのは私だけなんだ! 第2段階の怒りですね。リスが指摘した。君との生活では彼はこんなに怒りやすかったか? アレックスがゲイルに尋ねる。以前の彼はもっと穏やかだったわ。ゲイルはトーマスに優しく語りかける。トーマス、罰として捉えるのは止めて欲しいの。心を治癒する可能性があるんだから。新たな方向性が見つかるかもしれないわ。
アメリカ領サモアのサッカー代表チームは、2001年に行われたワールドカップ大会予選でオーストラリアに31対0で敗れるという歴史的な大敗を喫した。10年後、太平洋トーナメントでも腑甲斐ない敗戦をしたため、アメリカ領サモアのサッカー連盟会長タヴィタ・タウムア(Oscar Kightley)は監督のエース(David Fane)を解任した。ワールドカップ大会予選まで4週間しか残されていない。タヴィタの妻ルース(Rachel House)は先回りしてアメリカ合衆国サッカー連盟に監督募集の電話を入れていた。アメリカ合衆国サッカー連盟のアレックス・マグヌセン(Will Arnett)は、トーマス・ロンゲン(Michael Fassbender)に白羽の矢を立てる。連盟の職員でトーマスの別居中の妻ゲイル(Elisabeth Moss)が娘を事故で喪って以来荒れているトーマスに心機一転、立ち直りのチャンスを与えたいとの狙いがあった。トーマスは反発するが、リス・マーリン(Rhys Darby)の悲しみには5つの段階(否認、怒り、取引、抑鬱、受容)があると説得され無職になるよりはと受諾する。アメリカ領サモアに飛んだトーマスはタヴィタから1点取ることだけを要求された。サッカー代表チームに合流したトーマスは、才能も技術も理解力もない以上、身体作りと規律を学べと訴える。ところが走り込みを指示して間もなく、ジャイヤ(Kaimana)を迎えたメンバーは勝手に練習を止めてしまう。トーマスがチーム所属のマッサージ師の女性だと思ったジャイヤは、代表チームのメンバーだった。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する)
アメリカ領サモアのサッカー代表チームの実話に基づいたコメディ。
トーマスは娘を喪って以来自己嫌悪となり荒れていた。アメリカ領サモアの人々と交流する中で、トーマスを縛っていた自己嫌悪が徐々に解けていく。他方、アメリカ領サモアの選手たちは、トーマスの指導により、サッカーの技術や戦術理解が少しずつ改善されていく。だが選手たちにかかるプレッシャーは、その持つ能力を十分に発揮させることができない。
トーマスの娘の喪失からの立ち直りと、アメリカ領サモアのサッカー代表チームの成長とに加え、男性/女性という性別には当てはまらないファファフィネのジャイヤの立場に対する偏見がもう1つの柱となっている。
トーマスを演じた主演のMichael Fassbenderはやはり画になり作品を引っ張る。ファファフィネのジャイヤを演じたKaimanaも魅力的。2人が比較的シリアスな部分を担うのに対し、タヴィタ役のOscar Kightley、タヴィタ以上に活躍する妻ルース役のRachel Houseを始め脇を固める俳優たちが笑わせて、コメディを成り立たせている。