映画『ビニールハウス』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画。
100分。
監督・脚本・編集は、イ・ソルヒ(이솔희)。
撮影は、ヒョン・バウ(형바우)。
音楽は、キム・ヒョンド(김현도)。
原題は、"비닐하우스"。
未明の農地に鳥の鳴き声が響き渡る。1棟の黒いビニールハウス。その中には家具が置かれ、住まいとして使われていた。ムンジョン(김서형)がビニールハウス内のベッドで起き上がり、自らの顔を右の手で叩く。1回、2回、3回。ムンジョンはタオルで髪を拭いた。
少年院。ムンジョンが息子のジョンウ(김건)と面会するために訪れた。広い部屋の隅に置かれた机に母子が向かい合って坐る。週に1回電話できるのに、何故電話をくれないの? ずっと待ってるのに。ジョンウは答えず首の辺りを搔く。あと1ヵ月でしょ? 帰ったら美味しいもの食べて、学校に行く準備をしましょう。帰るってどこに? 叔父さん喜ばないよね? 僕と一緒に暮らしたくないでしょ? ここを出たら叔父さんの家で暮らしたいけどさ。お金を貯めて一緒に暮らせる部屋を探してるわ。母さん、僕と一緒に住めるの? 父さんのこと思い出すだろ? 父さんに似てるからさ。ムンジョンは返す言葉に詰まる。
面会を終えたムンジョンが職員に先導されて廊下を歩く。ムンジョンが立ち止まり自分の顔を自ら叩き始める。
ムンジョンはホームヘルパーとして、視覚障碍者のテガン(양재성)の家で働いている。認知症のテガンの妻ファオク(신연숙)を風呂に入れ、身体を洗ってやる。奥様は本当に綺麗ね。停留所の前に咲いている花、何でしたっけ? ファオクはムンジョンを睨み付け、唾を吐く。ムンジョンは顔を拭う。ツツジじゃなくて、サツキでしたっけ。天気がいいときに花を見に行きましょう。停留所の前の花は本当に綺麗ですから。このアバズレが。全部言ってやるからな、息子に。ファオクがぶつぶつと呟く。
ムンジョンはテガンの書斎にお茶を持っていく。入りますよ。どうぞ。テガンはスマートフォンの読み上げ機能を使って小説を聞いていた。梅茶です。ありがとう。目の見えないテガンのためにマグカップの把手を指先に近づけてやる。奥様はお風呂の後にお休みになりました。家内は何かやらかしませんでしたか? あなたに面倒を起こしたんじゃないかと。奥様は面倒など起こしていません。今日もお疲れ様でした。本をお読みになりたいのなら、私が読みましょうか? これが読んでくれるよ。テガンはスマートフォンを示す。
ムンジョンが書斎でテガンに本を読み聞かせている間、ファオクは居間の箪笥から手鏡を取り出して、自分の顔を覗いていた。
病院の1室。ムンジョンが母チュンア(원미원)の見舞いに訪れる。ムンジョンは自分の爪を切っていた。同じ病室に見舞いに来ていた女性がベッドの母親に語りかける。長生きしてよ。このままずっと生き続けるの。私は1人じゃ耐えられないわ。
精神的な問題を抱えた人たちが経験を語ることで恢復を目指す集い。ホールに円形に並べた椅子に参加者が坐り、スンナム(안소요)が母を亡くした経験を涙ながらに語っている。母さん、何故こんなことしたの? 母さん、何故私を置き去りに? 全ては終ったことだから、母さんを許すことにしたの。スンナムの話が終ると、司会者(황정민)が皆に語りかける。皆さん、私達は心を押さえつける重しを取るためにここにいます。ムンナムさん、全てを吐き出して気分は良くなりましたか? 気持ちが楽になりました。ムンナムじゃなくて、スンナムです。約束しました、もう死のうとしないって。長い袖を捲り上げると、スンナムの手首にはいくつもの切り傷があった。私が愛されてたった分かったから。素晴らしいわ。問題を見付けるだけはなくて解決策まで。スンナムさんに拍手。今日は新たな参加者がいます。イ・ムンジョンさんです。他の方と同じように簡単な自己紹介をしてから悩み事などをお話し下さい。ムンジョンが立ち上がる。初めまして、イ・ムンジョンです。今日は初めて来ました。お辞儀したムンジョンが着席する。私は病院に通っていましたがお金がかかるので、ここを紹介されました。無料ですよね? 歓迎しますよ。司会者が大笑いして言う。ここに来たからにはしっかり直しましょう。ここに来る目標は完治ですよ、完治! 私、知らなかったんです、自分のやっていることが自傷行為だって。
ムンジョン(김서형)は農地に立つ1棟の黒いビニールハウスを改葬して1人で暮らしていた。母チュンア(원미원)は老健施設に入っている。息子ジョンウ(김건)は少年院に入所中で、1月ほどで戻って来る。それまでにお金を工面して住まいを手に入れなければならない。視覚障碍者のテガン(양재성)の家でホームヘルパーとして働き、彼の認知症の妻ファオク(신연숙)の面倒を見ている。ムンジョンに殺されると妄想するファオクに悪態を吐かれ反抗されるが、ムンジョンは只管耐えている。親切なテガンの心遣いがムンジョンの心の支えだ。だがテガンは長年の友人であり医師のヒソク(정종준)から初期の認知症との診断を受け、強い不安を抱く。自分の顔を殴る自傷癖のあるムンジョンは節約のために治療会に参加することにする。そこで知り合ったスンナム(안소요)という若い女性は社会福祉士から性的虐待を受けていた。ムンジョンは困ったときはビニールハウスに逃げ込むように言う。ある日、テガンがヒソクと外出し、ファオクを風呂に入れていたムンジョンは、妄想に囚われたファオクに襲われる。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
息子ジョンウとの生活を取り戻すために、ホームヘルパーとして献身的に働くムンジョンを襲った悲劇を描く。途中から悪夢のルーブ・ゴールドバーグ・マシンとなり、一気呵成に終局へ。
黒いビニールハウスは、外から中を見ることができない。密室である。作品自体がブラックボックスとも言える。はっきりと説明されない部分が敢て多く残され、鑑賞者の想像に委ねられている。1つは、ジョンウがどのような罪を犯したのかである。例えば父親を殺害したといったような想像をすることになる。また、ムンジョンの夫(ジョンウの父)は亡くなっているようであるが、彼が何をしでかしたかについても不明である。少なくとも家族に暴力を振っていたことは想像されるが、犯罪に手を染めていたかどうかは分明で無い。少なくともムンジョン、ジョンウは彼と「似ている」らしく、そのことがジョンウが母親との生活に二の足を踏む原因となっている。
ジョンウに対する愛情が、ムンジョンを狂わせる。ムンジョンが通報しようとしていたところにジョンウから連絡が入る。待ち焦がれていた息子からの電話だった。しかもジョンウはムンジョンと暮らしたいという。ムンジョンは少年院から戻って来る息子を最優先に行動することになる。
認知症のファオクがムンジョンに殺されると妄想するのは、ムンジョンに対する激しく嫉妬するためであることが示される。手鏡で自らの姿を見たり、ムンジョンの胸元を覗き見るシーンである。
テガンはファオクを触った感じが異なると、妻を別人だと認識するが、彼の触覚の正確性に疑義があることは、友人との集まりで明らかにされる。
主演の김서형を始めキャストが素晴らしく、心に焼き付く作品である。