可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『恋人はアンバー』

映画『恋人はアンバー』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアイルランド映画
92分。
監督・脚本は、デビッド・フレイン(David Freyne)。
撮影は、ルーリー・オブライエン(Ruairí O'Brien)。
美術は、エマ・ローニー(Emma Lowney)。
衣装は、ジョアン・オクレリー(Joan O'Clery)。
編集は、ジョー・ソーヤー(Joe Sawyer)。
音楽は、ヒュー・ドラム(Hugh Drumm)とスティーブン・レニックス(Stephen Rennicks)。
原題は、"Dating Amber"。

 

魔法の扉の向こうに何があるのか見てみましょう。変態行為を合法化していますか? 獣姦とか? 同意した人々の間での卑猥な行為を合法化していますか? 離婚に賛成票を投じるのは、キリストの教えを拒んでいるのに等しい。遊び回ってると代償は大きいですよ、エイズで博打をしているんですから。彼にはホモセクシャルだっていう噂があります。狂牛病は人々に感染しないと保証しています……。テレビから聞こえてくる様々な語り。
テレビ画面に、レバノンでの任務を終えて帰還した陸軍第57大隊のニュースが流れる。6ヶ月にわたる遠征から帰還しました。率いたのはイアン・コッター中佐です。我々は人道問題や飲料水について地元の人々と協働しました。すごい、もう一家の大黒柱じゃないと思うよ。大黒柱? 君は入隊するつもりかな? 100%ね。既に登録を済ませてあるよ。
1995年。アイルランド東部の田舎町ザ・カーラ。眼鏡をかけたジャック(Evan O'Connor)がリヴィングでテレビを見ている。母親のハンナ(Sharon Horgan)がジャックにテレビを消して夕食を取るように言う。エディーはどこ? 兄貴は訓練中。夫のイアン(Barry Ward)が部屋から庭を眺めている。視線の先にはブランコの梁鋼管にぶら下がって懸垂しているエディー(Fionn O'Shea)の姿がある。何回目? もうすぐ1回だね。ふーん。エディーは何とか1回懸垂すると、地面に崩れ落ちる。
ヘッドフォンをしたエディーが自転車で登校する。ジャックも必死にペダルを漕いで兄を後を付いていく。街を抜け、林道を抜け、羊が道路を横断する平原へ。軍隊の実弾演習が行われているが、エディーは気付かず自転車で侵入する。止まれ! 死ぬぞ! 兵士がエディーを追いかけて止めようとする。そこへ髪に緑やピンクのメッシュを入れたアンバー・キーナン(Lola Petticrew)が通りかかり、馬鹿ばっかと吐き捨てて立ち去る。
校舎のポーチで友人と屯していたケヴィン(Ian O'Reilly)が、近くのベンチに1人座って『ホットプレス』を読んでいたアンバーを揶揄う。昼飯は何だ? カーペットか? 今日は違うね。あんたのママが洗ってるからさ。クソレズがっ! 遣り返されたケヴィンは近くにいたエディーに矛先を向ける。舌入れてキスしたことあるか? 相応しい相手に出会ってなくてさ…。ホモなのか? 違う。だったら誰かを好きになんなきゃ。ケヴィンは周囲の女子から相手を選ぶようエディに促す。…トレーシー、彼女はセクシーだよね…。待ってろ。ケヴィンはトレーシー(Emma Willis)と一緒に座っているジャネット(Anastasia Blake)に、エディーがトレーシーとキスしたがっていると伝えると、ジャネットがトレーシーに耳打ちする。トレーシーはジャネットに何かを伝え、それを聴き取ったケヴィンがエディのもとに戻ってくる。OKだってよ。ホモセクシャルだと思われたくないエディーはトレーシーとともに人気の無い校舎裏へ。あんたってブラーのメンバーの劣化版みたいな感じ。どうも。トレーシーは噛んでいたガムを取り出すと、エディーの唇を奪う。…いいね。ああ、それだ。五月蠅いよ。エディーがあれこれ口にしてキスに集中させないので、トレーシーに叱られる。トレーシーはエディーの手を取り自分の胸に誘導するが、エディーは頑なに触れようとしない。トレーシーはエディーの股間を確認すると、エディーは勃起していなかった。揶揄ってるの? エディーは狼狽え、それを隠そうと必死になる。折良くチャイムが鳴ったので、エディーはトレーシーに感謝の言葉を口にして走り去る。
数学教師スウィーニー先生(Peter Campion)の教室。これでだけは覚えておいて欲しいんだが、標準偏差が小さいってことは値が平均値あるいは期待値に近くなるか同じになるってこと。いいか? おい、エディー、何でトレーシーのおっぱい触んなかったんだよ。ケヴィンは教室中に聞こえる声でエディに尋ねる。教室内がざわつき、エディは動揺する。胸を触んなかったって噂になってるんだ。私のせいじゃないから、エディーが女の子を好きじゃないとしてもさ。…僕はおっぱいが好きだよ。
アンバーは母親の経営するトレーラーハウス専用駐車場の手伝いをしていた。トレーラーハウスの1つで簡単な清掃をして洗い物を集めると、アンバーは時間を確認して別のトレーラーハウスへ向かう。学校の連中に逢い引きの場所を時間貸ししているのだ。窓から中を覗くと、女の子はまだ下着姿だった。何見てんの! 30分って約束。出て来た2人から代金を受け取る。部屋が汚いなどと文句を言うので、アンバーはホテルに行けと突き放す。来年どうするか考えた? クソレズビアン! 何、レズビアンじゃない! アンバーは動揺する。
アンバーは自宅の暗いリヴィング・ルームに戻る。母親のジル(Simone Kirby)が娘に尋ねる。2人は何を企んでたの? さあね。10代で妊娠することになるわよ。ママだって19で私を産んだでしょ。覚えておきなさい、男は安売りする女を大事にしないって。あなたの父親はあなたを誇りに思うわ。明日、家にいたい? 学校は分かってくれるでしょ。父親の命日なんだから。いいよ。リップスティックを使ってみたら? ママ、いい加減諦めて!
自室に戻ったアンバーはベッドの下からクッキーの箱を取り出す。蓋を開けると紙幣が貯まっている。今受け取った紙幣を入れる。壁にはロンドンの地下鉄路線図。卒業したらロンドンで暮らすのだ。アンバーは赤ん坊の自分を抱く父親の写真に目をやる。

 

1995年。アイルランド東部の田舎町ザ・カーラ。来年迎える卒業後、軍人としての道を歩むべく、エディー・コッター(Fionn O'Shea)は陸軍入隊試験に向けて日々訓練を行っている。エディ自身は軍に興味は無かったが、息子を立派な軍人に育てることで範を垂れたい、陸軍中佐の父イアン(Barry Ward)の期待に応えようと必死だった。軍務で長期間家を空ける夫との関係が冷えている母親のハンナ(Sharon Horgan)は、エディーが軍隊に不向きな上内心入隊を望んでいないことに気付いていた。そして、ホモセクシュアルであることにも。父親の関心が兄のエディーにだけ向かっていることや両親の不仲に不安を感じているジャック(Evan O'Connor)は、様々な話題を提供して家族の仲を取り持とうと努めている。
アンバー・キーナン(Lola Petticrew)はレズビアンである。男性とのセックスを試したが、受け容れることはできなかった。だがカトリック信仰の篤い町で、レズビアンは後ろ指をさされて暮らす羽目になる。父親の自殺はアンバーの孤独と哀しみに拍車をかけた。アンバーは、母親のジル(Simone Kirby)が経営するトレーラーハウス専用駐車場で、トレーラーハウスの1つを逢い引きの場所として同級生に貸し出す。卒業したらすぐにロンドンへ出て、自分らしい新生活を送るための資金を貯めるためだ。アンバーはホモセクシュアルと噂されるエディーとの交際を偽装することで、卒業までの日々を平穏なものにする計画を立て、エディーに持ちかける。

ホモセクシュアルのエディーとレズビアンのアンバーとが中等学校卒業までの期間限定で交際を偽装した顚末を、ふんだんに笑いを鏤めつつ、真摯に描く。
エディーがヘッドフォンを付けているのは、周囲の雑音から耳を塞ぐためだ。冒頭、エディーが軍隊の実弾演習場に自転車で突っ込んでいくのは、ホモセクシュアルである彼にとって、これからの生活が茨の道であること、軍隊に入隊すること、銃器や砲弾のペニスのイメージを重ね合わせて表現するためである。そのエディーを尻目に別の道を行くアンバーは、レズビアンとして(ロンドンが象徴する)別の世界へと進むことが暗示されている。因みに、エディーとアンバーの関係は、ダブリンに向かう列車の中で、行きは2人が身体を寄せ合い靴紐を結び付ける一方、帰りには別の方向に頭を向けて座席に座っていることでも暗示される。
周囲に合わせようとするエディーと一匹狼のアンバーと、その対応の仕方の差異を見せつつ、ともに性的少数者として傷つきやすい心に共鳴し認め合っていく。Fionn O'SheaとLola Petticrewが誇張されながらも実在感あるキャラクターに仕立てた。
エディーの弟ジャック(Evan O'Connor)や、エディーとアンバーの同級生ケヴィン(Ian O'Reilly)、トレーシー(Emma Willis)らがコメディの枠組みを作り上げて笑わせる。それでこそ揺れるエディーとアンバーが引き立った。