映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
121分。
監督は、フィリス・ナジー(Phyllis Nagy)。
脚本は、ヘイリー・ショア(Hayley Schore)とロシャン・セティ(Roshan Sethi)。
撮影は、グレタ・ゾズラ(Greta Zozula)。
美術は、ジョナ・トチェット(Jona Tochet)。
衣装は、ジュリー・ワイス(Julie Weiss)。
編集は、ピーター・マクナルティ(Peter McNulty)。
音楽は、イザベラ・サマーズ(Isabella Summers)。
原題は、"Call Jane"。
1968年8月。シカゴ。民主党全国大会の会場コンラッド・ヒルトン・ホテル。館内にアナウンスが流れる。議員の皆様が滞在を楽しんで頂けたら幸いです。またお会いできる機会を楽しみにしております。大会期間中ハッピーアワーは1時間延長されています。紺のシックなドレス姿のジョイ(Elizabeth Banks)が洗面所を出る。新たに共同経営者に加わった弁護士の懇親会が行われていて、夫ウィル(Chris Messina)に伴われていた。ウィル(Chris Messina)から手招きされるが、ジョイは会場に戻らず、パトカーの青い回転灯の光に照らされたホテルの正面玄関へ向かう。ホテルの前にはヘルメットを被った警察官が立ち並んでいた。ホテルに向かっているデモ隊に対処するためだ。ジョイに気付いた警察官が驚く。奥様、戻って下さい。何を訴えてるの? 戦争反対ですかね。世界中が見てる! 世界中が見てる! シュプレヒコールが聞こえてきた。
ウィルがジョイにコートをかける。行こうか。2人が歩き始めると、正面玄関のドアに突進してきた男がぶつかった。警察官たちが男を警棒で殴る。ジョイは後ろ髪を引かれつつ、夫とともに裏口に回る。
ウィルの運転で自宅に向かう。助手席のジョイが夫にデモの話をする。シャーロット(Grace Edwards)とほとんど変わらない年頃の子達よ。シャーロットは暴動に関わったりしないさ。どうして分かるの? 僕らの娘だからさ。世界中が見てるって言ってたわ。
自宅に到着。ウィルが先に降りて助手席のドアを開ける。ウィルは少しだけとジョイとキスを交わす。
ジョイは、隣に住むラナ(Kate Mara)の家に立ち寄る。シャーロットはラナとその娘エリン(Bianca D'Ambrosio)とリヴィングでコメディ番組を見ていた。3人は笑っているがジョイには何が面白いか分からない。何なのこれ。酔わないと駄目かもね。すごく面白いよ。ニューヨークの金持ちが田舎の荒ら家に引っ越して来るの。奥さんは架空の国の出身で面白い話をするの。ハンガリーは実在するわ。ラナが懇親会はどうだったか尋ねる。弁護士の妻同士でお喋りして、料理をつまんで、ベテラン先生の踊りに付き合わされて。戦争反対のデモがあったわ。大勢の若者がいて、あなたも居合わせたら時代の潮目が変わるのを感じられたかもしれない。警察官たちもデモ参加者と変わらず若いの。ジョイはシャーロットにもう帰るわよと、コメディ番組の内容は明日エリンに教えてもらいなさいと言って立ち上がる。預かってくれてありがとう。おやすみ。
寝室で鏡台に向かうジョイは体調が優れない。大丈夫か? ベッドで書類を眺めていた夫が声をかける。ジョイには夫の声が遠くに聞こえる。医者に診てもらえよ。来週診てもらうわ。足をマッサージしてもらえない? 足首がひどく浮腫んじゃたの。ジョイがウィルに足を向ける。準備書面の目を通してもらえないか? 一番の編集者だからね。大学時代はね。ずっとそうだよ。いいわ、だけどちょっと待ってもらえる? 待ちきれないこともあるけどね。ウィルがジョイの身体を求める。赤ちゃんがいるでしょ。医者問題無いって言ってたよ。身体が重くて。悪かった。いいのよ。他のことを求めてくれれば。何? 立派な頭があるなら使ってよ。
昼。ラナの家のポーチ。ラナが本を読み、ジョイが準備書面に目を通している。ラナがジョイのグラスに酒を注ぐ。仕事中だから。仕事じゃないでしょ、給料が出ないんだから。その本はどう? 出たときに読みたいと思ったんだけど。どうかしら。精神的に参った女性の話。愛なんてどこにもないわって。で、セラピーに行くっていう。ロイの母親からのクリスマスプレゼントなの。義母がこんな本をプレゼントにする? 2人は酒を口にする。ラナは錠剤も飲む。何? さあ。自分が空っぽに感じたら医者が飲めって。私はやめておくわ。ロイが亡くなって、私はおかしくなったと思われた。みんな眼を見られないように首を傾げるの。この人、橋から飛び降りるんじゃないかって感じで。それくらいしか私に対処しようがないんだろうけど。飛び降りたりしないわ。2人はグラスを合せる。
エリンが遊びに来てシャーロットと話している。台所に立つジョイは気分が優れなかった。
1968年8月。シカゴ。ジョイ(Elizabeth Banks)は学生時代の友人ウィル(Chris Messina)と結婚して家庭に入ったが、今でも弁護士の夫から時折準備書面のチェックを任される。娘シャーロット(Grace Edwards)が15歳になった今も夫婦仲は円満で、ジョイは第2子をお腹に抱えている。ウィルが法律事務所の共同経営者に昇格したため、ジョイは夫に同伴して懇親会に出席した。会場のコンラッド・ヒルトン・ホテルでは折しも民主党全国大会が開かれ、ヴェトナム戦争終結を求めるデモ隊が押し寄せた。シャーロットと年の差のない若者たちが社会を変えようとする熱気にウィルは打たれる。夫ロイを亡くし娘エリン(Bianca D'Ambrosio)と2人暮らしの隣家のラナ(Kate Mara)とは家族ぐるみの付き合いで、懇親会の夜もシャーロットをラナに預かってもらった。最近体調不良に苦しんでいたジョイは娘の前で倒れ、病院に救急搬送された。主治医のフォーク博士(Geoffrey Cantor)からジョイが鬱血性心不全で、治療法としては中絶の他にないと告げられる。ジョイは違法の中絶手術の特例を認めて貰おうと病院に掛け合うが、医師たちは全員反対した。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ジョイはウィルからはその文章作成能力を高く買われていて、時折準備書面のチェックを任される。ジョイは能力がありながら家庭に入ったことが示唆される。
「名誉ある撤退」を掲げたニクソンが共和党の大統領候補に選出された1968年8月。ジョイがウィルに伴われて法律事務所の懇親会に出席した。会場のホテルでは民主党党大会が開かれていたため、ジョイはヴェトナム反戦を訴えるデモ隊がホテルに突入する場面に出会し、時代の潮目が変わりつつあることを肌で感じる。ジョイは社会を変革するために立ち上がる勇気をデモに参加する若者たちから与えられた。
ジョイは第2子を妊娠して以来体調不良に悩まされていたが遂に倒れてしまう。病院に救急搬送されると、鬱血性心不全と診断され、治療法としては中絶しかないと告げられる。ところが当時中絶は違法だった。ジョイが特例として中絶手術を求めるが、医師たちは過去10年で1件しか認められていないこと、中絶せずに出産しても生存率が50%あること、胎児は健康であることなどを理由に、申し出を拒絶する。法と数字だけを相手にする医師たちはまさに「正義の倫理」を体現する。ジョイは目の前で苦しんでいる者に目を向けないのか、母体はどうでもいいのかと訴える。「ケアの倫理」を主張するのである。
刑事弁護を生業とするウィルは法を犯すことができず、ジョイは1人解決策を探らざるを得ない。場末の堕胎医を訪れたジョイは怖くなって逃げ出す。その際、たまたまチラシを目にする。「妊娠? 不安? 手助けします! ジェーンに電話して」。
「ジェーン」は中絶の処置を行うが、費用を払えない者に対しては門前払いせざるを得ない。レイプされて妊娠したケースなど中絶の必要性が高い場合であっても同様だ。「ジェーン」のメンバーたちは費用を工面できない女性たちをいかに救うか頭を悩ませる。
ジョイは中絶が非合法とされている現実を変えなければならないと行動する。ジョイが実践できた背景に、反戦運動に立ち上がる若者たちに遭遇した経験があった。
中絶でつらい思いをする女性たちに付き添う男性は一人も現われない。中絶について男性の責任を照射する「射精責任」という言葉が出回るようになったのはごく最近のことだ。
アメリカ合衆国において人工妊娠中絶規制は違憲であるとしたロー対ウェイド事件判決(1973)は、2022年に覆されてしまった。