可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 神田梓個展『それは広く、肉体を持たずに』

展覧会『神田梓「それは広く、肉体を持たずに」』を鑑賞しての備忘録
リュウ・ギャラリーにて、2024年3月29日~4月3日。

人形や種々のオブジェのある室内や戸外を描いた絵画で構成される、神田梓の個展。

《私のパストラル》(1167mm×910mm)は、画面上部左右がカットされた六角形の画面に、生垣に囲われた狭い草地に螺旋階段が設えられ、その脇に袖口がプリーツのクリーム色のシャツと黒いベストを着用した首のない人形と羊の置物が置かれてた光景を描いたもの。画題「パストラル」から羊飼いを描いた田園画(pastoral)と知られる。パストラル(pastoral)は、ギリシャ語で牛飼いを意味する"βουκολικόν"から「ブコリック(bucolic)」とも呼ばれ、理想視されてきた。

 そもそもアルカディアとはギリシアペロポネソス半島中央に位置する山岳地帯の名称である。北はアカイア、西はエリス、東はアルゴリスそして南はラコニアとメッセニアに接していて、アルフェイオス川が流れ、支流も多く分岐している。流域はやや肥沃だが国土全体がほぼ山で占められ、牧畜が主力であり、アルカディア人は羊飼いが多く、音楽が好きで、牧神パンを地神として崇めている。オークを切り出すため、アルカディアの人々は古来ドリモティス(オークが茂る平原)とも呼ばれてきた。そして太古の昔よりこの地に暮らしているため、大地より生まれ出で、月よりも古くから存在していることを誇りにしていた。
 テオクリトスやギリシアの田園を歌った詩人たちは、アルカディアよりもシチリアをブコリクス(牛飼い)の地として崇めた。アルカディアの地に自分たちの歌のテーマをおいたのはオウィディウスウェルギリウスであり、その作品のなかでアルカディアを、いまやついえた黄金時代に無垢な牧人が住む夢幻郷としてつくりだしたのである。とりわけウェルギリウスにあっては地図上にある現実の国というより心のなかにある国そのものであった。その『牧歌』はアルカディアをつむぎだし、西欧文化を縦断して今日に至る生きる伝統にまでなった。(略)
 (略)
 17世紀、ウェルギリウスの伝統を継承したローマの画家たちがアルカディアを視覚化してみせ、その性格に具体性を与えた。クロード・ロランの初期作品には羊飼い、羊、家畜が登場する。テオクリトスがダフニスの死をうたって以来の人間のはかなさ、人生の無常を嘆く傾向は、ニコラ・プッサンのもっとも有名な『アルカディアの牧人たち』(1638-40)のなかに描かれた墓石に、幸福のさなかでも死が訪れることを明示したのである。その絵のなかで羊飼いの指がたどる墓碑銘の字は「死」であり、髑髏を形象化してみせる寓意にもなっている。まだ死に汚されていない羊飼いたちは一様に驚く。(中島俊郎『英国流 旅の作法 グランド・ツアから庭園文化まで』講談社講談社学術文庫〕/2020/p.66-69)

《私のパストラル》はクロード・ロラン(Claude Lorrain)の系譜に連なるアルカディアの絵画である。螺旋階段が天空に向かっているのは、ニコラ・プッサン(Nicolas Poussin)が《アルカディアの牧人たち(Et in Arcadia ego)》に描き込んだ墓石に比せられる。人間の儚さの表現である。プッサンと異なり、作家が牧人を人形として描くのは、作家が自らの「箱庭」として絵画を構築しているためであろう。そのために題名に「私の」と限定句が付され、場面が生垣により狭小な範囲に限定されるのである。

 現代でも牧歌はそのアルカディアを子供のなかに求め、存続している。機械文明のなかで田園を子供のなかに見出したのである。
 子供は汚れをしらず新鮮な自然であると同時に、個人にとって幼児期は無垢な時代というわけである。羊飼いである子供は、アルカディアという場所よりも時間の世界で生きはじめたわけだ。このふたつの側面が牧歌の一変形としての子供崇拝を枠組みとして機能し、現代文化のなかでひとつの表象としての位置をしめるようになっている。
 牧人と子供関係は現代になってはじめて指摘されたものではない。すでにテオクリトスの『牧歌』のなかで両者の関係についてある程度示唆されている。牧歌を小説のかたちではじめて扱った『ダフニスとクロエ』にもその関係の萌芽をみることができよう。いずれも共通するのは、もろくて崩れやすい内部とたえず攻撃をゆるめようとしない外部とのせめぎ合いがダイナミズムとして作用することだ。これが基本的な形態である。
 批評家ウィリアム・エンプソンは牧歌のもつダイナミズムを、さまざまな文学ジャンルで機能している原動力とみなして、乞食オペラ、マーヴェルの「庭」、プロレタリアート文学などの作品を牧歌の観点から分析してみせてくれた(『牧歌の諸相』)。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』を論じた「牧童としての子供」のなかで、作者キャロルにとって「子供の独立性、遊離性」がもっとも「意味をもつこと」であり、「遊離した知性によって」はじめて「自己中心的な情緒生活」がもてるというのである。エンプソンは「少女は人間のなかでもっとも性的な存在でなく」、「性をもっと安全にしまっている存在」であるというキャロルの少女観がアリスの世界を構築していると指摘する。不思議の国はアルカディアであり、そのなかで遊ぶアリスが羊飼いというわけだ。(中島俊郎『英国流 旅の作法 グランド・ツアから庭園文化まで』講談社講談社学術文庫〕/2020/p.78-79)

《重たい荷物》(227mm×227mm)には、白い柵で囲われた庭に少女の白いドレスとともに砕けた羊の人形が描かれる。ウィリアム・エンプソン(William Empson)に倣えば、少女(の白いドレス)は不思議の国のアリスであり、羊飼いである。もっとも、そこではアルカディアの喪失こそが強調されている。否、エンプソンがキャロルの作品に重ねた少女を無垢と見る幻想など存在しないことが訴えられているのかもしれない。少女に対する男性による理想化こそが「重たい荷物」なのだろう。作家は男性の幻想を打ち砕いて見せているのかもしれない。

《私のパストラル》の螺旋階段に改めて着目すると、それ自体曲線を形作るものである。のみならず、それを上り下りするとき、風景は様々な姿を表わすことになる。

 1750年代にはさまざまなアートの革命が起きました。1753年に出版された、画家で評論家で漫画家でもあったウィリアム・ホガースの『美の分析』という本が、ぼくなどとりわけ大好きです。それまでのいわゆる新古典主義の風潮の中では「直線こそが美しいラインである」とされていました。ホガースは対岸フランスのロココ趣味がイギリスにないのはなぜかと考える中で、美しい線というのはCとSに代表される曲線なのではないかというアイディアを得ます。
 Sは特にserpentineなS、蛇がくねって進むときの軌跡だと彼はいいます。といってこれは彼が勝手に思いついたことではありません。1560年代にイタリアでG.P.ロマッツォというマニエリスム美術評論家が『絵画論』を出版し、世界で一番美しいfigureはserpentineだと断言したのを思いだしたのです。
 そのちょうど200年後に田舎者のイギリス人が、フィレンツェのもっとも優雅な頃のルネッサンスあるいはマニエリスムの美的感覚を甦らせ、これからは曲線をメインにするデザインで行こうといい出すわけです。彼は女性のバストからウエストのくびれをなでるときの感じや青磁器や白磁をなでるときの感じなどの具体的な例をあげて説明しています。フェミニズムの人からいろいろいわれそうですが、娼窟に入りびたりの女好きらしい美学で仕様がない(笑)。
 この『美の分析』の曲線讃美というのは時代の最先端ファッションだった。ホガースが美しい線はserpentineだというとき、彼の頭の中にはある池の姿があったかもしれない。それは1730年ごろ、チャールズ・ブリッジマンという庭師がロンドンのハイド・パークに掘ったその名もSepentineという池でした。上空から見るとひょうたん型の池です。むろん現存しています。
 (略)
 庭の中の蛇行に代表される表現を、18世紀のイギリス人たちは「ヴァラエティ(variety)と呼びます。まっすぐ何かが進むよりは紆余曲折がある方が面白いという。それは視覚文化論の大きな問題にもなります。近代文化の中心にあるアングリング、どこから見るかという角度の問題です。1本の道の横に塔が立っているとします。その道を歩くと塔の見え方は、なめらかで一定です。ところが道を蛇行させたり、起伏を用意すると、一本の塔がさまざまなアングルと無数の高低を持つ可能性の集合体に見えてきます。限られた要素の中のコンビネーション、組み合わせが変わることで発生する変化の快楽。18世紀はそれを「ヴァラエティ」と呼び、17世紀マニエリスムは「アルス・コンビナトリア(結合術)」と呼んでいたのです。(鈴木成文監修『神戸芸術工科大学レクチャーシリーズ 高山宏 表象の芸術工学工作舎/2002/p.112-113)

《私のパストラル》の狭小の庭に置かれた螺旋階段は言わばローラーコースターであり、「アルス・コンビナトリア(結合術)」の仕掛けであった。窓辺に置かれた人形、電球、グラス、卵、羽根などを描いた《あたらよ》(530mm×652mm)、とりわけテーブルの上に置かれた勝利の女神ニケの像と人形の脚や香水瓶などが折り紙の鳥によって糸で繋がれる《同舟者たち》(652mm×910mm)には「アルス・コンビナトリア(結合術)」に対する作家の関心が窺える。

 (略)直線の道の横に木があっても見る快楽は少ない。しかし道が左右に曲折し、上下に落差があるなら、道ばたにある木でも変化に富んで見えます。あたかも遊園地の中を緩慢なローラーコースターに乗ってライドしているような感じでしょうか。
 そのイギリスが1750年代にサブライムの美学を発明します。さらにサブライムの美学をピークに持つピクチャレスクを発明した。この二つの美学の原理を一言でいえというなら「サプライズ」です。人を驚かせること、です。1794年にピクチャレスク理論のすべてを整理したユヴデイル・プライスというイギリス人の名文句に、「目にタコを作ってしまった人たちですら驚くようなアイキャッチャー(目に訴えるような新しいもの)を作る。それがピクチャレスクのねらいだ」というのがあります。人を驚愕させることの極地はピクチャレスクをさらに凝集したようなサブライムだったわけです。エドマント・バークの『崇高と美の起源』の核になるのは、「アメイズメント」という単語です。「メイズ」が迷宮のことだから、要するに心の中に迷宮。迷路ができるわけです。
 倦怠感にうち勝つための工夫としてさまざまなものが考えられました。ローラーコースターがその極致かもしれない。広い意味のセンセーショナリズムですね。知的にはつまらないものでも、感覚をぶっとばしてくれるものをピクチャレスクが作りだして、サブライムが鍛え、背景にはずっとロマン派があります。18世紀という100年は文化的倦怠、それと裏返しになったセンセーショナリズムの過激化という二つの顔を持って生きていきます。前半が新古典派、後半がロマン派といわれました。(鈴木成文監修『神戸芸術工科大学レクチャーシリーズ 高山宏 表象の芸術工学工作舎/2002/p.93)

芝生でできた迷路を描いた《転回》(227mm×227mm)からも、作家が箱庭の中で「アメイズメント」を実現しようとしていることは明白である。