可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 天野雛子個展『COLOR and STORY』

展覧会『天野雛子「COLOR and STORY」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2024年4月8日~13日。

人物、動物、植物をモティーフとした絵画16点で構成される、天野雛子の個展。

最初に目に入るのは、女性と彼女に耳打ちするもう1人の女性の上半身を描いた《ウワサ好き》(910mm×727mm)。耳打ちされる女性の髪は青く、緑がかった白色のスリップ(あるいはキャミソール)を身に付け、正面を向いている。影の表現か顔の右側(向かって左側)は黒く、なおかつ右側(向かって左側)の目からはマスカラが落ちたために(?)黒い涙を流している。耳打ちする女性は茶色い髪で、ピンクのキャミソールを身に付けている身体は相手に、顔は正面に向けられている。声が漏れないよう左手を耳元近くに寄せている。目の表現により描き分けた純粋さと狡猾さとを、寒色と暖色との対照によって強調している。
メイン・ヴィジュアルに採用されている《積もったね》(652mm×530mm)は、下側3分の2を雪が覆い、上の3分の1は青空を背に並ぶ2人の子供の顔が覗く。顔は朱とクリームとでそれぞれ塗りつぶされ、目だけがはっきりと表現されている。ほぼ正面を向けた顔の目だけがアイコンタクトをとるように相手に向けられている。

紫のボンネットを被り歯を見せて笑う女性の顔を画面一杯に描いた《Untitled》(652mm×530mm)の右側には、オランウータンの顔だけを捉えた《とびきりの笑顔》(455mm×380mm)が並ぶ。頭部の毛は燃え立つように逆立ち、レモン色の背景と相俟って、向日葵のイメージを呼び込む。オランウータンを笑顔に見せるのは下に凸の円弧として表わされた結んだ口が作る線である。頭髪と口の線は、《Untitled》の女性の被るボンネットと彼女の顔に沿った紐と相似する。《ウワサ好き》や《積もったね》では画面に2人の人物を配することで物語を表わしていたが、《Untitled》と《とびきりの笑顔》では別個を並列することで物語を呼び込もうとしているようだ。

《Eating》(1620mm×1330mm)には、しゃがんでリンゴ(?)を食べようとする、オランウータンだけが描かれる。オランウータンは黄とオレンジの毛で覆われていて、青や水色などで塗られた顔と、口元近くで「リンゴ」を手にする紫の爪とに鑑賞者の目は自然と引き寄せられる。激しいタッチと燃え立つような色の体に比して、寒色による顔や爪は冷静さや繊細さを感じさせる。

《Blooming Ⅰ》(910mm×1167mm)と《Blooming Ⅱ》(910mm×1167mm)とはいずれも赤い花が画面を埋め尽くす。《Blooming Ⅱ》では茶の枝や緑の茎、背景の草の緑やペールオレンジの光などにより円形などに単純化された赤い花が引き立てられるが、《Blooming Ⅰ》では赤やピンクの花がより高い密度で画面を覆い、赤やピンクが背景を占める割合も高いために、渾然一体としている。フォーヴィスム(Fauvisme)を思わせるのは、近くにオランウータンの絵画が並ぶせいではなく、花が咲く、その息吹を画面に表わそうとしているためである。
作家のフォーヴィズムが遺憾なく発揮されている作品に《藤の花》(910mm×727mm)がある。藤の花は光の粒と背景化した紫の色彩とに分離していて、タイトルを知らなければとても藤を描いたものだとは分からないだろう。だが、ほとんどインスタレーションと化した吉村芳生《無数の輝く生命に捧ぐ》の精密描写による凄みとは真っ向から対立する、得体の知れ無さが魅力である。
主に緑と紫の落ち着いた色彩でタッチは穏やかであるものの、地学で学ぶ地層の断面図のような《ベジタブル》(652mm×530mm)。何の野菜を描くのかは窺い得ないが、その某かの野菜の向こうに大地=地球(the earth)を見通そうとしていることだけは間違いない(その証左に、《土の中》(273mm×220mm)という作品も展示されている)。