可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『恋する遊園地』

映画『恋する遊園地』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス・ベルギー・ルクセンブルク合作映画。94分。
監督は、ゾーイ・ウィットック。
撮影は、トマ・ビューランス。
編集は、トマ・フェルナンデーズ。
原題は、"Jumbo"。

 

ジャンヌ(Noémie Merlant)が、光の渦に包み込まれる夢を見ている。
自室のベッドで眠っているジャンヌに、母親のマーガレット(Emmanuelle Bercot)が起きるよう声をかける。慌てて準備を始めるジャンヌ。母親が運転する黄色い車に乗り込む。マーガレットは音楽に合わせて歌い、娘にも歌うように促すが、恥ずかしがってほとんど一緒に歌わない。到着したのは遊園地。緊張するジャンヌにキスを浴びせるマーガレット。車を降りたところを地元の少年たちに見られ、からかわれる。車からマーガレットが弁当を忘れてるとジャンヌに声をかける。弁当を受け取ったジャンヌは遊園地の中へ。スタッフ用の更衣室で、他の人がいなくなるのを待ち、着替え始める。そこへ新任の園長であるマーク(Bastien Bouillon)が顔を出す。着替えを見ないように求められたマークは、ジャンヌの方を見ないようにしつつ話しかける。見ない顔だ。俺がスタッフを紹介されたときにはいなかったろ。働き始めるのは今日が初めてだけど、ここの常連だったの。女性は抵抗できないっていうけど、そんなことないよな。どいて下さい。スタッフのユニフォームを身につけたジャンヌがマークの脇を抜けて更衣室を出て行く。園内を歩いて回る。それぞれ4つの座席が付いたアーム6本が中心から伸び、アームが角度を変えながら回転するアトラクション"Move It"を眺めていると、売店の顔見知りの女性スタッフにゴーフルを振る舞われる。あの新しいアトラクションで、お客さんは吐きまくってるよ。閉園時間が過ぎ、静まりかえった園内の片隅で、ジャンヌが倉庫のシャッターを上げる。清掃道具が一式揃ったカートを取り出し、それを引きながら、ジャンヌがゴミを集めていく。"Move It"の拭き掃除をしていていると、何か気配を感じる。誰かいるの? 声をかけても反応がない。ダスターでランプを拭いていると、ランプがとれてしまう。ランプを取り付けると、そのランプが点灯する。興奮したジャンヌが"Move It"によじ登っていると、うっかり足を滑らせてしまう。高い位置で宙づりになり、手だけで身体を支えている状態に。声を上げても周囲には誰もいない。すると、"Move It"が角度を変え、ジャンヌは無事に降りることができた。園内の水辺で滝が落ちるのを眺めながら、ジャンヌは一人サンドイッチを食べる。仕事を終え、バス停のベンチに座ってバスを待つ。石に耳を当てて、その声を聞き取ろうとする。そこへマークが黒い車に乗って現れ、送っていくとジャンヌに声をかける。バスを待つと断るジャンヌだが、まだしばらく来ないと説得されて乗車する。助手席のジャンヌに話しかけてもほとんど反応がないため、マークは電話をかけるふりをする。「電話」に出ないジャンヌに「メッセージ」を吹き込むように話すマーク。ジャンヌが少し微笑む。やっと笑った! 帰宅すると、マーガレットがジャンヌの早い帰宅に驚き、そして、マークの存在に気が付き興奮する。誰なの? 職場の上司。疲れたから休む。ジャンヌは部屋に向かう。部屋には色とりどりの電球が天井から吊り下げられ、針金などを使って作られた観覧車などのアトラクションが飾られている。ジャンヌは、目下、"Move It"の制作に取りかかっていた。

 

遊園地で清掃スタッフをしているジャンヌ(Noémie Merlant)と、"Move It"というアトラクションとの交流を描く。
ジャンヌが「ジャンボ」と呼んで愛情を注ぐことになる「恋人」としての"Move It"との出会いを、映画『未知との遭遇』(1977)のワンシーンのように表現するのを始め、「ジャンボ」がジャンヌとの関係でだけ見せる生き生きとした姿を見事に描き、ジャンヌの「愛情」に説得力を持たしている。
ジャンヌが抱える「問題」を直接描かず、遊具への愛着というテーマで間接的に表現し、なおかつ夜の遊園地の鮮やかな輝きのイメージを活かしたファンタジーとして呈示することで、重たいテーマを広く届けようとの姿勢が伝わる。
マークが男性的な思考をよく表している。
ジャンヌを演じたNoémie Merlantは本作でも魅力を放っている。まずは彼女の主演作『燃ゆる女の肖像』(2019)の鑑賞を強くお薦めしたい。


以下、作品の核心に触れる。


ジャンヌ(Noémie Merlant)が、人とうまく交流できず、遊園地(の遊具)に夢中になっている。自らの部屋を夜の遊園地のイメージに飾り付け、遊具の模型を自作している。
ジャンヌの母親マーガレット(Emmanuelle Bercot)は性交渉に対する依存の程度が激しい。バーで働く彼女はフィットネスに励んで性的魅力を失わないよう努力し、常に胸を強調した衣服を身につけている。仕事場で捕まえた男を自宅に連れ混み、セックスに耽る生活を重ねてきている。ジャンヌは母親の性行為の騒音に悩まされる(ジャンヌはヘッドホンをしている)だけでなく、おそらくは母親の男によってレイプされた過去がある(マークが初めてジャンヌと話す際、女性が抵抗できるできないという言葉を発するのは、それを暗示するものだろう)。声(気持ち)を聞いてもらえず性処理の道具(モノ)として扱われた経験から、ジャンヌはモノへ共感を抱いている。だからジャンヌは、マークにモノに共感した経験がないかと尋ねるのだ。これに対し、マークは、母親から聞いたアルフォンス・ド・ラマルティーヌ(Alphonse de Lamartine)の詩の一節「命なき物よ/お前にも魂があり/僕らに愛を求めるのか?(Objets inanimés, avez-vous donc une âme qui s'attache à notre âme et la force d'aimer ?)」を暗唱してみせる。これはマークがジャンヌと繋がる可能性を暗示するやり取りとなっている。だが結局、マークは、ジャンヌの声に耳を傾けることなく、自らの感情や欲求を優先する(そもそも最初の出会いの時点から、ジャンヌの言葉を意に介さず、一方的に視姦していたと言える)。それは、「ジャンボ」との関係で混乱し雨にそぼ濡れたたジャンヌを偶然職場に残っていたマークが事務所に受け容れ、そこでセックスするシーンに表されている。おそらくジャンヌはこういうシチュエーション(濡れた服を着替えるように求めているが、実際は二人きりの部屋で服を脱ぐよう促されている)では男性の求めに応じるべきだ(さもないと暴力を振るわれる)という判断から自ら身体を差し出している。マークはジャンヌがセックスを求めているとしか考えられず、確認するのは体位の選択のみである。マークがジャンヌをひたすら背後から突いて一方的に果てるのだ。そこに、ジャンヌが「ジャンボ」との交流で感じた悦びはない。
ジャンヌが言葉を発することのない石に耳を当ててその声を聞き取ろうとするのは、自らの声を聞き取って欲しいという願望の裏返しだろう。ジャンヌは遊園地のアトラクションに愛着を示すが、それはアトラクションが「遊具」であり、男の「おもちゃ」にされたジャンヌにとって自己を投影しやすいからだろう。よって、「ジャンボ」と名付けた"Move It"との交流は、自己愛に等しく、自慰の形をとることになる。