可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 小松敏宏個展『Aperture―眼差しを穿つ』

展覧会『小松敏宏個展「Aperture―眼差しを穿つ」』を鑑賞しての備忘録
KANA KAWANISHI GALLERYにて、2020年2月29日~3月28日。※5月9日まで会期延長。4月9日よりアポイントメント制。

小松敏宏の、部屋を撮影した写真の「CT」シリーズと、鏡を利用したオブジェの「SCOPE」シリーズを展観。

《CT12824》は、作者が滞在していた家具付きのアパートの部屋を撮影した写真。正面の壁には絵などが架けられ、テレビや音楽プレーヤーを載せた棚が接するように置かれている。その脇にはソファが鎮座している。物はそれなりの数が存在するが整頓されており、また白い壁に濃い色の家具が取り合わせれていることもあり、部屋からは落ち着いた印象を受ける。この作品を独特にしているのは、棚の位置に、あたかもスマートフォンAndroid)のパターンによるロック解除のような、あるいはマスク・オブ・ゾロ(La máscara del Zorro)のような"Z"を2回描いた部分に、壁の裏にある部屋や屋外の光景が重ねられていることだ。「開けゴマ!」のような呪文でも唱えながらジェスチャーをとるかのような動きを想像させる開口部(aperuture)に、視線を奪われる。壁の向こう側の空間であると認識できるのは、壁の左手にある扉が開かれているため、隣り合う部屋の一部が見えており、その様子と重ねられた画像とが連続しているためだ。タイトルにある"CT"は放射線診療で用いられるCT(computed tomography)のように、表面から見えない内部を捉えるということだろう。なお、《CT11972》は、《CT12824》と対になる作品で、寝室の側からリヴィング・ルームを撮影したもの。複数の小円にリヴィング・ルームの姿が映し出されている。覗き穴として機能する小円は、《CT12824》の"Z"に比べると動きを感じられず、また壁に馴染んでいる。翻って、"Z"の開口部の力強さが浮き彫りになる。

《CT(pink room 6)》は、やや風変わりな形状の床面を持つピンクの壁紙の部屋を撮影したもの。青い壁紙の部屋や窓が直角三角形のスリットからのぞいている。3面のピンクの壁、白いドアと開口部、備え付けの暖房が全て方形で呼応し、透視された映像の三角形と相俟って、抽象画のような趣がある。

「SCOPE」は白い表面の様々な幾何学的な立体の中に鏡が設えられたオブジェのシリーズ。1つの面で壁に取り付けられ、壁面(作品)に向かって左右の面が開いており、そこから中をのぞきこむことができる。内部の面に張られた複数の鏡によって、鑑賞者の姿や展示空間が複雑に映じる。のみならず、通りに面してガラス張りの壁面を持つギャラリーでは、街の景色を「借景」として取り込んでいる。

複数の空間を1つの画面の中に存在させる。写真なら多重露光の方法もあり得る。作者が、「CT」シリーズにおいて、スリットで他の空間を重ね合わせるのは、奇術師かのような手技(ars)の導入によって、美術(art)の文脈に落とし込む狙いがあるのではかろうか。他方、鏡を用いたオブジェである「SCOPE」シリーズは、遊園地などに見られるアトラクション「鏡の家(House of mirrors)」のミニチュアとも捉えられる。こちらにもイリュージョンを見せようとする奇術師の顔がのぞいていると言えるのではないか。

そこに住んでいる人間が、自分とは何かを考える。ちょうど中世の人間が、鏡をのぞいて自分とは何かを考えるように。英語では両方とも「リフレクト」ですが、そのように近代人は自分の室内を見ることで自分の姿が見えるようになる。それがロマン派の頃に確立する感覚です。(鈴木成文監修『神戸芸術工科大学レクチャーシリーズ 高山宏 表象の芸術工学工作舎/2002年/p.252)

現代人はオンラインとオフラインとで複数の「自分の姿」を有していると考えることもできる。複数の部屋の同時存在は、分人主義の反映と捉えることも可能だろう。
《CT12824》は、作者が滞在していた自室を撮影した作品である。「自分の室内を見ることで自分の姿が見える」とするなら、「自分の室内」は鏡である。そして、《CT12824》には2つの部屋が映り込んでいる。複数の鏡である。すると、鑑賞者は、複数の鏡を覗き込んでいることになる。これは、鑑賞者が複数の鏡で構成される「SCOPE」を覗き込むのと同じことになるだろう。