展覧会『野沢裕「Still Life」』を鑑賞しての備忘録
KAYOKOYUKIにて、2024年11月5日~12月1日。
木枠に張った画布を設置した日常的な空間を描いた絵画と、その絵画を画布を設置した場所に配して絵画と同じ構図で撮影した写真とを対とした「CANVAS canvas」シリーズや、画布を切り抜き、その隙間から背後の景観が覗く映像を切り出した画布に投影する《Still Life》、海岸に設置した円鏡を撮影した写真及び映像の組み作品《○○》などで構成される、野沢裕の個展。
《CANVAS canvas #22》(273mm×160mmの2点組)は壁際のベッドか何かの上に置かれた茶色いクッションの上に載せられた木枠に張った画布を描いた絵画と、その絵画をクッションの上に置いた光景を捉えた絵画と同サイズの写真とで構成される。部屋の一隅を捉えた絵画を写す写真により、絵画と写真とが入れ籠となる。
《CANVAS canvas #19》(305mm×254mmの2点組)は、ダイニングの壁に掛かった木枠に張った絵を、卓上の瓶や魔法瓶、宅の向こうに覗く椅子の背凭れ、棚やその上の器などとともに描き出した絵画と、その絵画を白い画布と同じ位置に掛けて撮影した縦構図の写真との対の作品である。《CANVAS canvas #20》(254mm×305mmの2点組)は、《CANVAS canvas #19》と同じ場面をやや見上げる形で、手前の椅子の背凭れやテーブルの天板の裏などが描かれた絵画と、その絵画を何も描かれていない画布があった位置に設置した横構図の写真との組作品である。同じ空間も視座の据え方によって見え方が異なることを静かに伝える。
入口近くに設置された《CANVAS canvas #11》(305mm×254mmの2点組)は、展示空間の壁と横に長い窓の端から覗く隣家の植栽とを捉えた絵画と、その絵画をも写した写真とで構成される。絵画の壁にはまだ描かれていない絵画は、夕陽のためかややくすんだピンクの光に覆われた壁に溶け込んだ画布としてうっすらと形を浮び上がらせるのみである。停めてある自転車のハンドルなども覗く。写真作品では壁面の白さが際立つ。自転車の姿もない。絵画が切り取った時間、写真が捉えた時間とが並列する場面に鑑賞者は相対することになる。作品を眺める自らを含めた視点を鑑賞者は自然と思い浮かべることになる。世界が入れ籠であることに気付かせるのである。
《左から右》(254mm×305)は、木枠に張った白い画布を壁に設置した状況を描き出した絵画である。ギャラリーで実際に描かれたものであろう、《CANVAS canvas #11》の壁と同じく、ピンクの光で包まれている。この作品に写真が組み合わせられていないのは、画中に描かれた画布が作る影にある。絵画は敢て壁面から放して設置されているために、影ができるのである。晴れた日中であれば横方向からの陽差しにより右に、日が落ちてからは天井の照明により下方向に影ができるのである。絵画では右側に影ができるため、日中に描かれたのだろう。絵画と現実との関係を想起させ、あるいは絵画を眺める体験そのものを相対化させる試みである。
別室では、垂らした画布に切れ目を入れ、その切れ目から背後の光景が覗く状況を撮影した映像を、映像に登場する画布と同じように切り裂いた画布に投影する《Still Life》や、海岸に設置した円形の鏡を撮影した円形の写真と映像とを組み併せた《○○》が展示されている。《Still Life》は絵画が、レオン・バッティスタ・アルベルティ(Leon Battista Alberti)が言うように壁に穿たれた窓であるとともに、裂け目からしか見ることのできない体験を迫ることで実は画布は景観を遮蔽していることを露悪的に訴える。《○○》は絵画が鏡であることを訴えつつ、映像では角度を変えて映し出すことで、実は映し出されるものは視座により異なることが提示される。世界は静止した"Still Life"ではありえず、常に揺れ動き、しかも絵画の内にも外にも合わせ鏡のように別世界が拡がると、作家は作品を通じて密やかに伝えるのである。