可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『燃ゆる女の肖像』

映画『燃ゆる女の肖像』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス映画。122分。
監督・脚本は、セリーヌ・シアマ(Céline Sciamma)。
撮影は、クレール・マトン(Claire Mathon)。
編集は、ジュリアン・ラシュレー(Julien Lacheray)。
原題は、"Portrait de la jeune fille en feu"。

 

18世紀末のパリ。画家のマリアンヌ(Noémie Merlant)の画塾で、彼女をモデルに生徒たちがデッサンをしている。まずは、輪郭をとって。それから陰影を施して。白い画面に生徒たちは思い思いに初めの線を引いていく。あの絵はどうしたの。マリアンヌが教室の後ろのイーゼルに掲げられた絵に気が付く。生徒の一人(Armande Boulanger)が怖ず怖ずと手を挙げる。仕舞ってあったのを見つけて。何という作品なんですか? 《燃ゆる女の肖像》よ。マリアンヌは絵にまつわる出来事を回想する。
マリアンヌは小さな舟でブルターニュ地方にある孤島に向かっている。舟は波に大きく揺られ、マリアンヌの持参していた荷の1つが海に投げ出されてしまう。海に飛び込んで回収することに成功したものの、マリアンヌはずぶ濡れに。島に上陸したマリアンヌは荷物とともに置いて行かれる。館にはどうやって行けばいいの? この崖を上がったところさ。沢山の荷物を抱えたマリアンヌが屋敷に到着した時にはすっかり日が落ちていた。扉を叩くと、メイドのソフィー(Luàna Bajrami)が現れて、部屋に案内される。暖炉に火を点けたソフィーはマリアンヌに服を乾かすよう促す。ここの居心地はどう。いいですよ。御令嬢はどんな方? よく知りません。どれくらいここにいるの? 3年です。3年もいて何も知らないの? お嬢様は修道院から最近いらっしゃったばかりですので。マリアンヌは暖炉の前で服とともに海水に浸ってしまった画布を乾かす。台所に向かったマリアンヌはパンとチーズを物色して食べ始める。空腹だったから、勝手にいただいているわよ。台所に現れたソフィーに声をかける。ところで、ワインはある? 翌日、マリアンヌは女主人である伯爵夫人(Valeria Golino)に面会する。壁には伯爵夫人の肖像画が掲げられている。この肖像画はご存じ? ええ、父の描いたものですね。私が来るより前からここに飾られておりましたのよ。ところで、あなたには肖像画家であることを秘密にして散歩の相手として娘に接していただきたいの。何故です? 娘は結婚を拒んでいて、前に依頼した画家は娘に肖像を描かせてもらうことができなかったの。散歩はお一人でも出来るのでは? 上の娘と同じ過ちを繰り返したくないの。肖像画を描くことはできるかしら? 勿論です、画家ですから。面会を終えたマリアンヌは、ソフィーに尋ねる。お姉様のことについて何か知っている? 崖の上から身を投げられました。自ら身を投げたと? ええ、悲鳴が聞こえませんでしたから。ソフィーが肖像画の衣装として緑色のドレスをマリアンヌの部屋に持ってくる。この館にはドレスはこれ1着しかありません。マリアンヌは部屋を布で仕切ってイーゼルを立て、即席の画室とする。裏側の木枠を見せて置かれている絵を見つけたマリアンヌが裏返してみると、そこには顔の部分が消されている緑色のドレスの人物が描かれていた。マリアンヌは火を点けて暖炉に焼べてしまう。ソフィーがマリアンヌに声をかける。お嬢様がお待ちです。階段の下に佇んでいた、フードを被ったエロイーズ(Adèle Haenel)は、マリアンヌが降りてくるのに気が付くと、待ちかねたように扉を開けて出ていく。歩いているうちにフードが外れ、金髪や耳が見える。海が近づくと、エロイーズは崖に向かって全速力で走り出す。驚いたマリアンヌが必死で追いかける。エロイーズが崖上で立ち止まる。やってみたかったの。身を投げる(mourir)のを? 地を駆ける(courir)のを。

 

伯爵夫人(Valeria Golino)から令嬢エロイーズ(Adèle Haenel)の婚礼用の肖像画を描くよう頼まれた画家のマリアンヌ(Noémie Merlant)が、画家とモデルとの関係を超えて結ばれていく様を描く。

 

以下、作品の核心部分にも触れる。

ソフィーが子どもを堕ろしてもらいに行くのにマリアンヌとエロイーズとが付き添う。エロイーズは堕胎処置から目をそらすマリアンヌに直視するよう促す。また、帰館後にはソフィーと自らをモデルに堕胎のシーンをマリアンヌに描かせる。ソフィーの懐胎した子はマリアンヌとエロイーズとの恋愛関係の象徴であり、堕胎はその意図的な終焉を意味する。肖像画の作成が二人の愛を育みながら、その完成が二人の関係を断ち切ってしまうことを絵解きする。
エロイーズが朗読するギリシャ神話のオルフェが妻ユリディスを求めて冥府に下った物語が、マリアンヌとエロイーズとに重ねられる。マリアンヌ(=オルフェ)がエロイーズを求めてギャラリー(=冥府)を移動すると、エロイーズ(と娘)の肖像画(=ユリディス)に辿り着く。エロイーズのアトリビュートの書物には「28」の数字。マリアンヌはエロイーズの求めに応じて、自己の肖像をエロイーズの本の28頁に描いており、28は二人だけに分かる愛のサインなのだ。劇場(二人の思い出であるヴィヴァルディの「夏」が演奏されている)ではマリアンヌがエロイーズを見つけるが、エロイーズは決してマリアンヌを見ようとしない。孤島での二人の愛が永遠に輝きを放ち続けるために、エロイーズはただただ堪えるのだ。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの絵画のような館内の蝋燭、マリアンヌの身体を火照らす暖炉の炎、タバコの火、食事を作るための炎、肖像画を焼く火。焚火の火は、肖像画に点けた火のようにエロイーズにも引火する。
ここぞという時だけに限った音楽が作品を最大限に盛り上げる。