映画『ホロコーストの罪人』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のノルウェー映画。126分。
監督は、アイリーク・スヴェンソン(Eirik Svensson)。
原作は、マルテ・ミシュレツ(Marte Michelets) のノンフィクション"Den største forbrytelsen - Ofre og gjerningsmenn i det norske holocaust"。
脚本は、ハラール・ルーセンレーヴ=エーグ(Harald Rosenløw Eeg)
とラーシュ・ギュドゥメスタ(Lars Gudmestad)。
撮影は、カール・エリク・ブレンボ(Karl Erik Brøndbo)。
編集は、クリスチアン・シーベンハルツ(Christian Siebenherz)とエリーセ・ソールベル(Elise Solberg)。
原題は、"Den største forbrytelsen"。
1942年11月26日未明。オスロの国家警察「スターポ」の庁舎に続々と署員が集まる。副署長のクヌート・ルー(Anders Danielsen Lie)が現れ、特務について説明する。全てのユダヤ人をオスロ港に連行し、停泊中のドナウ号に乗船させる。無用の混乱を招かぬよう計画は早朝に実施する。成功は諸君の双肩に掛かっている。今から告げるペアで行動するように。署の前に停められた車のライトが次々と点灯し、未だ眠りに就く街に向かって出発する。
3年前。ボクサーのチャールズ・ブラウダ(Jakob Oftebro)が、ボクシング・ジムの会長を相手に、試合前最後の調整をしている。相手のリーチは長い。詰めるか距離を取るかだ。様子を伺いに来たハリー(Carl Martin Eggesbø)は兄の調子が良さそうなことに満足した。試合が始まる。スウェーデンの選手を相手に、チャールズは互角に戦いを進める。次第にチャールズが優勢になり、相手からダウンを奪う。トレ! フィラ! レフェリーがカウントするのに合わせ観衆も叫ぶ。オッタ! ニー! ティー! 会場はノルゲ、ノルゲと大合唱。リング上のチャールズが微笑む。ハリーは弟のイーサク(Eilif Hartwig)とともに パブで祝いの酒を飲んでいる。相手のダウンを取った途端、兄貴はもうグローブを外してたんだ。それは無かったと思うけど? ハリーが女性に対してチャールズの活躍を吹聴している。上機嫌のチャールズが現れ、弟たちに奢ってやろうと言う。カウンターに向かったチャールズにラグニル(Kristine Kujath Thorp)が声をかける。あなた、私との結婚について語ってたって? ハリーは話を盛るから、話半分で聞いてくれよ。じゃあ、その気は無いわけ? ステージではバンドが賑やかな曲を演奏し、皆、踊り出す。チャールズもラグニルとともに加わる。イーサクに促され、兄弟は会場を後にする。ハリーはビアジョッキを手にしたままだ。三兄弟が家に着くと、姉のヘレアナ(Silje Storstein)が家の外で兄弟を出迎え、母が激怒していると伝える。三兄弟は神妙な面持ちで家に入る。サーラ(Pia Halvorsen)は安息日の準備を整えたテーブルの前で息子たちを出迎える。食卓を囲む父ベンセル(Michalis Koutsogiannakis)の表情も険しい。試合に勝ったから興奮した人たちで会場を出るにも一苦労だったんだ。チャールズが言い訳をする。ベンセルは勝利と聞いて表情を緩ませるが、サーラは渋い表情のままだ。父がチャールズに自分に代わり、祈りを捧げるよう命じる。弟たちが驚く中、チャールズが祈りの言葉を発する。こうして天と地と、その全てが完成された。神は第7日に御業を完成され、休まれた。神はその第7日を祝福して、これを聖別された…。淀みなく唱えられる言葉に、サーラもようやく優しい表情を浮かべた。チャールズが葡萄酒を皆に注ぎ、食事が始まった。食事の後、チャールズは母に紹介したい女性がいると切り出す。ユダヤ人じゃないんだ。お前が愛する女性なら誰でも構わないよ。
リトアニアからノルウェーに逃れたユダヤ人のブラウダ一家。父ベンセル(Michalis Koutsogiannakis)が小さな食料品店を営み、母サーラ(Pia Halvorsen)は裁縫の仕事で家計を補って、「やっとこさっとこ」暮らしていた。長男チャールズ(Jakob Oftebro)はボクサーとして活躍し、ラグニル(Kristine Kujath Thorp)と結婚して、独立した。幸せな日々を送れるようになった矢先、ナチスがノルウェーに侵攻、その占領統治が始まった。国家警察「スターポ」は早速ユダヤ人の登録事業に取りかかる。
以下、全篇について触れる。
冒頭はチャールズのボクシングの試合やラグニルとの結婚など、明るい話題が続く。サーラが家に届いた郵便物の中に、リトアニアからの手紙がないことをベンセルに告げることで、ナチスが迫っていることが示唆される。
1940年4月、ナチスがノルウェーに侵攻、ヴィドクン・クヴィスリングのファシズム政党NSが政権を担当する(実際にはナチスの国家弁務官ヨーゼフ・テアボーフェンが統治)。ユダヤ人の把握は国勢調査の数値をもとに概算で把握されるものだったが、1941年からユダヤ人登録簿の作成が計画され、1942年1月にはナチスの治安警察の命令で、ユダヤ人の旅券に"J"の文字が押印されることになった。ブラウダ家では政府から配布されたユダヤ人に関する調査票を巡り議論になる。チャールズは、一家がナチスの迫害を逃れてリトアニアから逃亡したことと、ノルウェーを代表するボクサーの1人であるとの自負から、自分はユダヤ教徒でもユダヤ人でもなくノルウェー人だと主張して、敬虔なユダヤ教徒である父ベンセルを激高させる。結局、一家は皆登録に応じ、旅券に"J"が押印される。
チャールズは、弟の配達の仕事を手伝った際、配達先で、NS政権の募兵に応じた若者たちと居合わせる。その帰りに、車のボンネットに、国王ホーコン7世のモノグラムを書き付ける。イギリスに亡命政権を樹立したホーコン7世のモノグラムはレジスタンスの象徴であった。
ラスト・シーンでは、音声が消え、やがて長い暗転が続く。全てが失われることを鑑賞者に訴えかける。それ以外のシーンでも、言葉を発することなく表情のみでの演出が、印象に残る。
ノルウェーにおけるホロコーストが、ノルウェー政府や国民の協力によって進められたことを描く。過去の国家ぐるみの犯罪に対して、直接的にはノルウェー国民に目を向けさせる企てである。だが、同時に、過去を直視する必要性は、かつてナチスの同盟国であった国の人々も含め、ノルウェー国民以外にも広く訴えられている。