展覧会『山中雪乃個展「silhouette」』を鑑賞しての備忘録
銀座 蔦屋書店アートウォールにて、2023年6月10日~30日。
女性を描いた4点の絵画で構成される、山中雪乃の個展。なお、同じフロアのGINZA ATRIUMで開催中のグループ展「Intersection」(6月17日~7月4日)にも4点(うち3点は2m近くある(F150号)の大作)が出展されている。
表題作の《silhouette》(1000mm×803mm) は、上に凸の二次曲線の軸を画面の中心から画面の横幅の4分の1ほど右方向にずらし、かつ頂点付近をわずかにカットした形の輪郭線(silhouette)の中に、正面を向いて右手を右目の辺りに翳した女性の胸像を表わした作品。全体にベージュオークル系のファンデーションの色味で、頭髪に臙脂や藍色が差されている。鼻や口は表わされているが、とりわけ左目は顔に溶け込んだように見えない。右手を額の左から左目を経由して右目を隠すようにL字にスワイプする動作によって、目が消されてしまったかのようだ。額、右手(掌、手首)、首筋(胸元)には地塗りの上から絵の具が滴るように施されている。
絵具の滴りは、輪郭を形成する流れるように刷いた線と相俟って、亡霊のイメージを引き寄せる。胸元の横線が首の切断を連想させることも、一役買っていよう、あるいは、その儚さは、右手の「スワイプ」とともに非現実的なデジタルイメージの表象と見ることもできる。複製可能なデジタルデータは執拗に繰り返し現れるところが亡霊的とも言える。それならば「スワイプ」は、身元を隠そうとする動作と言え、忘れられる権利――消去権――の表象だろう。スワイプする右手に見られる血のような臙脂の影は、消去のための格闘の痕跡に見えてくる。
とりわけ印堂(額の中央)は、地塗りの白が露出し、右手人差指とその影とが作る濃紺の影との指示と明暗対照とによって、視線を引き付ける。これは第三の目の表現ではなかろうか。この点、左手で右目の下瞼を引っ張って右目を大きく見開いた女性を表わした《open》(1455mm×1120mm)が両目を描くのとは対照的である。《open》は眼が開いていて外界を映し出していても、それだけで見えていることにはならないと、視覚の能動性を訴えるのではないか。《bone》(318mm×410mm)において、顔と右腕に挟まれた左手を表わしつつ、表面には現れない骨(bone)を画題に採用しているのも、見えないものにこそ眼を向けよ――心眼を働かせよ――とのメッセージと考えられるのである。《corner》(727mm×606mm)で顎や頬に添えられた両手、あるいは「Intersection」展に出展されている《slide》(2273mm×1818mm)の顔の前で組み合わされた両手などは、印相のイメージを引き寄せ、やはり第三の眼に通じるものがある。