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芸術鑑賞の備忘録

映画『To Leslie トゥ・レスリー』

映画『To Leslie トゥ・レスリー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
119分。
監督は、マイケル・モリス(Michael Morris)。
脚本は、ライアン・ビナコ(Ryan Binaco)。
撮影は、ラーキン・サイプル(Larkin Seiple)。
美術は、エマ・ローズ・ミード(Emma Rose Mead)。
衣装は、ナンシー・セオ(Nancea Ceo)。
編集は、クリス・マケイレブ(Chris McCaleb)。
音楽は、リンダ・ペリー(Linda Perry)。
原題は、"To Leslie"。

 

自らの幼少期から、息子のジェームズと一緒に収まったものまで、レスリー(Andrea Riseborough)のスナップ写真の数々。
宝籤が当選したことを示すボードを持ち上げて絶叫するレスリー。レポーター(Sewell Whitney)が尋ねる。人生を変えてしまう大金を手に入れた気分はいかがですか? 昨日よりはずっとマシって気がするけど。レスリーが笑う。当選番号を選ぶ際に少々協力してもらったとか。いつもと同じ番号を選んだの。それは息子さんの誕生日だったんですか? そう、ジェームズ、息子のジェームズ。会いたい? もちろん。ジャームズ! 父(Tom Virtue)と母(Lauren Letherer)の傍に浮かない顔で立っていたジェームズ(Drew Youngblood)が母の隣に招かれる。レスリーは引き続きインタヴューを受ける。19万ドルで何をします? 分かんないわ、家を買って、息子に何かいい物を買って、今よりマシな人生を送るだけ! 私の奢りで飲みな! 集まった友人たちに向かってレスリーが叫ぶ。
殺風景な部屋のベッドで膝を抱えて坐るレスリーレスリー、いるのは分かってるんだ! ドアが叩かれる。窓は半ばカーテンで閉ざされている。
6年後。
期日通りに払う奴なんていないのに、レスリーは出てけって? モーテル住宅の前で捲し立てるレスリー。何処へ行くって言うの? こんなもの持って何処へ行きゃいいの? 誰も期日に払わないでしょ! フランク、助けてくれない? 部屋の前で坐る酸素吸入のチューブを付けた老人に縋る。1ヶ月だけだよ、フランク。つれないフランクを諦め、今度はザックのもとへ。ザック、来てよ! ザックは慌てて部屋に逃げ込む。レスリーはモーテルの管理人(Pramode Kumar)に泣きつく。一晩だけ、今夜だけ! 申し訳ないけど手助けはできない。あんた私を路上に放り出そうっての。私を路上に放り出すつもりかって言ってんだよ! 管理人の手伝いに来ていた便利屋(Blake Robbins)にドアを開けろと喚き立てる。じゃあ、荷物を持ってくよ。部屋から表に出された荷物のうちピンクのスーツケースと手提げ鞄を持ったレスリーはくたばれと捨て台詞を残してモーテルを出て行く。
レスリーはバーで飲んで、カウンターで一人で飲んでいる男性客を誘おうとする。
俄雨に降られ、軒下に退避したレスリー。フードを被って震える。腫れ上がっている右目が痛々しい。シケモクを捨てると、古びた紙切れを取り出す。そこにはジェームズの連絡先が記されていた。
高速バスから汚れた衣服のレスリーが降り立ち、キョロキョロと辺りを見回す。高速バスのチケット売り場の影で母の姿を窺っていたジェームズ(Owen Teague)が母親に声をかける。レスリーの疲れ切った顔が一瞬にして綻ぶ。ジェームズは母親を抱き締める。
ジェームズがハンドルを握る隣には、レスリーが坐っている。時々そこで珈琲を飲むんだ。その店のために絵を描いたんだ。あの店のスペアリブは最高だよ。この辺りに住んでるの? そうだよ。都会は刺激があるね。どこに住んでるの? 辺りを廻ってからにしようと思ったんだ。住んでる街を見せたくてね。すぐだよ、あの角。
アパルトマンに到着。ジェームズがスーツケースを持って鍵を開け、2人は階段を上がる。ちょうど別の部屋の2人組が出かけるところだった。調子はどう? いいよ。お前の母親か? そうだよ、母のレスリー。母さん、同じフロアのウィル(Alan Wells)とクリス(Alan Trong)だよ。
ここが僕の住まいだよ。僕の部屋で寝ていいよ。もう1つはダレン(Catfish Jean)の部屋。ソファで十分よ。僕のベッドを使ってよ。何が起きたか言いたいんじゃないの? 私のクソみたいな話より、まずはお前のことを聞かせてよ。いいよ。どこか出かけるところとかあるんじゃない? 疲れてるんだ、仕事から直接迎えに行ったからね。それなら明日出かけられるわね。明日は病欠にするよ。私のために必要ないわ。休んでも一向に構わないさ。お腹は空いてる? 中華は? 食べられるわ。ワンタンスープはまだ好き? 返事ができず僅かに頷くレスリー。ちょっと行ってくるよ。大丈夫? 大丈夫よ。
ジェームズが出て行くと、レスリーが部屋の中を見て廻る。隅には使われていないギターがあった。ジェームズのベッドに横になると、レスリーはすぐに寝入った。
洋服屋レスリーがぼんやりと衣装を着けたマネキンを見上げている。母親から離れた場所でジェームズが祖母と電話している。…さあ、まだ何も話してくれないから。…酒の匂いはしないけど。噓じゃないよ、見た目がひどいから。レスリーがジェームズの方に近付いてくる。…もう切るよ。…お祖母ちゃん、ママが僕を傷つけるなんてないよ。じゃあね。何か気に入ったのあった? 電話を切ったジェームズがレスリーに尋ねる。

 

シングルマザーのレスリー(Andrea Riseborough)は宝籤で1900万ドルを手にして酒浸りとなり、13歳の息子ジェームズ(Drew Youngblood)を置き去りにして故郷を飛び出した。それから6年。賃料を滞納して住宅モーテルを追い出されたレスリーは、バーで酒代と寝場所を確保するため男を引っ掛けるが長続きせず、路上生活を余儀なくされる。レスリーは19歳になるジェームズ(Owen Teague)に縋る。建設作業員になったジェームズは、同僚のダレン(Catfish Jean)とシェアする部屋に母を招いた。息子は禁酒を条件に自立の目処が立つまで無期限の滞在をレスリーに許す。息子が仕事で部屋を空けた隙に部屋を物色して金を盗り、酒を買いに出て行く。ダレンから部屋の金が無くなったと訴えられたジェームズはようやく母親の犯行と飲酒に気付く。しかもレスリーは酒代のためにアパルトマンのウィル(Alan Wells)とクリス(Alan Trong)に身体を売っていた。祖母(Lauren Letherer)と相談したジェームズは、母親を故郷のダッチ(Stephen Root)とナンシー(Allison Janney)に預かってもらうことにする。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

冒頭、13歳の息子を持つシングルマザーのレスリーが宝籤で1900万ドルを手にして歓喜するニュース映像が紹介される。そこからレスリーがモーテル住宅を追い出される6年後に話が飛ぶ。レスリーは路上生活を余儀なくされるまで落ちぶれ、19歳になった息子ジェームズを頼ることになる。
6年間にレスリーが酒浸りとなり、息子を捨てて故郷を出たことは明らかにされるが、他の事情は詳らかにされない。単にレスリーが当選金で安逸を貪ったということではなく、彼女の金に調子よく群がった人々がいて、人々の掌を返す仕打ちに打ち拉がれ絶望してしまったこと――その結果、アルコール依存症になったこと――は想像に難くない。住宅モーテルを追い出される場面でも、誰も期日通りに払わないのに自分だけが追い出される不幸をレスリーは一人訴える。
アルコール依存症レスリーは、酒のためには平然と噓を吐く。6年ぶりに再会できた息子との約束――唯一の約束――である禁酒を守れない。自分を捨てた母親を温かく受け容れたジェームズにとっては許すことのできない裏切りである。レスリーにはそれが分かっているが、分かっていてもどうにもならず、酒を手に入れるために何でもしてしまう。病気なのと呟くことしかできない。アルコール依存症の恐ろしさがひしひしと伝わる。
母親を迎えたジェームズは、お腹が空いていないかと尋ね、ワンタンスープがまだ好きかと尋ねる。息子は自分を捨てた母親の好物を覚えていてくれた。レスリーは胸が一杯になり、言葉に詰まる。心に残るシーンだ。
それに対し、動物園に行こうというレスリーに、ジェームズは檻に囚われた動物の姿なんて見たくないというシーン。動物園の動物は、レスリーのメタファーでもあろう――宝籤当選のニュース映像はテレビという箱の中のレスリーであるし、バーなどでレスリーは衆人から好奇の目を注がれる――が、それ以上に、幼かったジェームズの嗜好が変化していること、すなわち大人になったことを表わしている。ジェームズの部屋に置かれていたギター――弦が延びている――もまた、かつてのジェームズの夢がミュージシャンであったこと、そしてその夢は失われたことを示す。のみならず、ギターが母親からのプレゼントであり、母親との絆を象徴するものとして、ジェームズ心の片隅に常に母親がいたことを示す。

(以下では、後半の内容についても触れる。)

再び路上生活を強いられたレスリーはモーテルを経営するスウィーニー(Marc Maron)に拾われる。所有者のロイヤル(Andre Royo)と異なり、地元民でないスウィーニーはレスリーに対する偏見を持っていなかった。レスリーは寝る場所を与えられ、僅かではあっても給料も支払われる。相変わらず酒浸りのレスリーは、自分が不幸であると思い込んでいる。ところが、スウィーニー自ら訴えるとおり、スウィーニーとロイヤルこそ、レスリーに訪れた幸運なのだ。だがレスリーはそれに気付かない。
モーテルの前に立つ、アイスクリーム・ショップの廃墟。それはボロボロになったレスリーの姿(あるいはレスリーの夢)を象徴している。レスリーがそこに潜り込んで外界を覗くとき、そこから見えた自由に振る舞う(?)人の姿によって、自分がいかに囚われていたか、自分が世間と同化して自らを蔑み虐げていたことに気が付く。
レスリー役のAndrea Riseboroughが素晴らしい。