可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『カード・カウンター』

映画『カード・カウンター』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ・イギリス・中国・スウェーデン合作映画。
112分。
監督・脚本は、ポール・シュレイダー(Paul Schrader)。
撮影は、アレクサンダー・ダイナン(Alexander Dynan)。
美術は、アシュリー・フェントン(Ashley Fenton)。
衣装は、リサ・マドンナ(Lisa Madonna)。
編集は、ベンジャミン・ロドリゲス・Jr.(Benjamin Rodriguez Jr.)。
音楽は、ロバート・レボン・ビーン(Robert Levon Been)とジャンカルロ・ブルカーノ(Giancarlo Vulcano)。
原題は、"The Card Counter"。

 

ブラックジャックテーブル。プレイヤーたちにカードが配られ、ディーラーの前に伏せたカードが置かれる。
自分が獄中生活向きなんて思いも寄らなかった。子供の時分は閉所恐怖症。エレヴェーターが怖ろしかった。車の運転ができるようになっても、窓を開け放さなければ運転する気も起こらなかったが、どこにでも出かけた。アメリカ人の子供だった。何であれ閉じ込められるのが恐怖だった。驚いたことに、10年刑務所に入ることになって、うまく対応できると分かった。
軍事刑務所。交流スペースで、ウィリアム(Oscar Isaac)が他の囚人たちとともにカードをしている。独房では、デスクで書き物をし、ベッドに横になって『自省録』を読む。
日課が気に入っていた。型にはまった動作の繰り返しが性に合った。同じ活動を同じ時間に毎日。同じ歯ブラシ、同じ服、同じ便所。汗、煙、体、料理、屁の匂い。顔ぶれがほぼ変わることのない連中との会話。選択の余地はない。読書が好きだと気付いた。以前には本を読み通すなんてことは無かった。想像さえしなかった生き方を見出した。ブラックジャックの戦略を体得したのは塀の中だった。
カジノのブラックジャックテーブル。グレーのシャツに黒いタイ、黒い皮のジャケットを羽織ったウィリアムが他の客とともにゲームに参加している。
ブラックジャックが他のゲームと違うのは、過去を引き摺るところだ。つまり、過去が将来の可能性に影響を与えているという点だ。ディーラーは1.5%優位に立っている。プレイヤーが配られていないカードを把握していれば、ディーラーの持っていた優位を自らに振り向けることが可能だ。そのためには場に出ている全てのカードを確認する必要がある。プレイヤーが優位に立つ戦略は高い札か低い札かに基づく。10、J、Q、Kの高い札はマイナス1、プレイヤーは劣勢になる。2、3、4、5、6の低い札は、プラス1。7、8、9の値は0。プレイヤーは表に出ているカードを見て、「ランニングカウント」を計算する。「ランニングカウント」をまだ表に出ていないカードの値で割ることで、自分の真の数値を把握する。例えば、「ランニングカウント」がプラス9でまだ使用されていないカードが4組半あれば真の数値はプラス2となる。真の数値が増えれば、プレイヤーはその分優位になる。肝は優位に立たない場合には少し賭け、優位に立つ場合には多く賭けることだ。
この辺で失礼するよ。楽しかった。ウィリアムがディーラーと挨拶を交わして席を立つ。カウンターに立ち寄ってカジノチップを換金する。高額紙幣でも? それで。100ドル紙幣7枚に50ドル紙幣1枚。ウィリアムはサングラスをかけてアランズキャピタルシティカジノを出る。
ウィリアムは車でモーテルへ向かう。シングル、一泊。56ドルです。今払う、現金で。チェックアウトは正午です。こちらにサインを。珈琲はいかがですか? いつ作った? 今朝です。遠慮する。101号室です。どうも。ボストンバッグとスーツケースを持って部屋へ。灰色の壁に絨毯。ブラインドが下ろされた薄暗い部屋。ジャケットを脱ぐと、壁に掛かった絵画やテーブルの電話機などをどかし始める。トランクから白いシーツを取り出し、椅子などの全ての什器を白い布で梱包する。ウィリアムはデスクに向かい、書き物をする。

 

ウィリアム(Oscar Isaac)は軍事刑務所で服役した8年の間にブラックジャックの戦術を独学で身に付けた。モノトーンの服に身を包み、少額の勝利で満足してカジノを渡り歩く。カジノのホテルではなくモーテルに宿泊するのも悪目立ちを避けるためだ。宿泊先では必要最小限の什器以外は片付け、使用する家具も白いシーツで覆って、書き物などの日課をこなした。あるカジノで再会したスリッパリー・ジョー(Bobby C. King)に勧められてワシャカジノに向かう。ちょうどポーカーの決勝戦が行われており、ミスター・USA(Alexander Babara)がUSA!と連呼して勝利を誇示していた。ウィリアムはそのゲームを観覧しているラ・リンダ(Tiffany Haddish)に目を奪われる。気付いた彼女がやって来て、3度一緒になったことがあると言うと、ウィリアムは4度だと場所を挙げてみせた。出資者を仲介すると彼女に提案されるが、自分のプレイスタイルではないと断る。アトランティックシティのカジノでブラックジャックを終えたウィリアムは、警備業界の見本市でジョン・ゴード大佐(Willem Dafoe)の講演が行われているのに気付く。聴講したウィリアムは、隣の若者(Tye Sheridan)から連絡先を渡される。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ウィリアム・ティリヒは、モノトーンの服装に身を固めてカジノを渡り歩き、ブラックジャックで少額を稼いで生計を立てていた。目立たず、ただ時をやり過ごす彼のプレイスタイルの背景には、アブグレイブ刑務所での囚人虐待の咎による8年間の服役があった。
ウィリアムは、カジノホテルの会議場でジョン・ゴード大佐(Willem Dafoe)の講演会が行われているのを知る。「大佐」は囚人虐待の手法を開発してアブグレイブ刑務所で指揮を執りながら、今は警備業界で世を渡っていた。ウィリアムは会場でカークという青年に声をかけられる。カークの父は家族に暴力を振い、薬物中毒となった末に自殺したが、ウィリアム同様、アブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件で服役していた。カークは「大佐」に対する復讐をウィリアムに持ちかける。ウィリアムは復学など生活の立て直しを支援しようと、カークをカジノ巡りに帯同する。
アブグレイブ刑務所捕虜虐待事件で処罰されたのは現場にいた一部に過ぎない。軍の上層部や政府首脳は処罰を免れた。
「USA! USA!」とのミスター・USAの連呼は、アメリカ同時多発テロ事件からイラク戦争へと雪崩れ込むアメリカ国民の熱狂を象徴する。
ウィリアム・ティリヒは、帝国に対する抵抗を象徴する「ヴィルヘルム・テル(Wilhelm Tell)」に因んでいる。ヴィルヘルムがハプスブルク家支配下オーストリア公国の代官アルブレヒトゲスラーを暗殺したように、ウィリアムもまた「代官」を殺害するだろう。

ウィリアムが宿泊するモーテルの部屋を最小限の什器に限り、それらを白いシーツで覆うのは、塀の外での生活を塀の中での生活へと転換するためだ。彼が身に纏う衣服は言わば囚人服であり、自らに終身刑を処しているのだ。カジノ、自動車、モーテルの部屋という箱の中に閉じ籠もる。
閉所恐怖症だった彼が狭い箱の中に適応する。組織に馴染み、虐待を行うことにも馴れてしまったように。
ウィリアムの脳裡に浮かぶアブグレイブ刑務所の映像は、ローラーによって巻き込まれるような効果が与えられている。否応なく呑み込まれてしまう。
ラ・リンダとともに訪れるイルミネーション。モノクロームの世界から、たとえ虚飾であったとしても色鮮やかな世界へ。ウィリアムがLucky Ladyによって変容する姿が象徴的に描かれる。
それでも過去(に犯した過ち)から抜け出せないウィリアムは、世界の外にいる(Extra-Terrestrial)のに等しい。世界の中にいるラ・リンダは諦めず、彼に手を差し伸べる。その2人が交流する姿は、『E.T.』に擬えられて描かれるだろう。