可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『告白、あるいは完璧な弁護』

映画『告白、あるいは完璧な弁護』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
105分。
監督・脚本は、ユン・ジョンソク(윤종석)。
原作は、オリオール・パウロ(Oriol Paulo)の映画"Contratiempo"(2017)。
撮影は、キム・ソンジン(김성진)。
照明は、シム・ギョンマン(심경만)。
音響は、イ・スンヨプ(이승엽)。
美術は、シン・ボラ(신보라)とユン・ナラ(윤나라)。
衣装は、チョ・テヒ(조태희)とチョ・サンギョン(조상경)。
編集は、チョ・ハンウル(조한울)とホ・ソンミ(허선미)。
音楽は、モグ(음향)。
原題は、"자백"。

 

キム・セヒさん殺害事件の容疑者ユ・ミンホ氏に対する勾留請求が棄却されました。ユ・ミンホ氏は今日午前に釈放されました。ナイングループ会長の末娘イ・ジヨンさん(황선희)と結婚して脚光を浴びたユ・ミンホ氏は、殺害されたキム・セヒさんと情交関係にあったと目されています。検察は追加の証拠を確保次第、再度勾留を請求する予定で、ユ・ミンホ氏は弁護人選定に苦労している模様です。
警察署から出てきたユ・ミンホ(소지섭)が車に乗り込むところを多数のカメラマンが取り囲んで撮影する。
山間部にあるサーヴィスエリアのフードコート。弁護士のヤン・シネ(김윤진)が資料を眺めている。電話が鳴る。もしもし。…今、出ます。
雪が舞い散る駐車場。付近の山もうっすら雪化粧している。ヤン・シネが車に乗り込み、ナヴィの案内を切って、ハンドルを握る。
ヤン・シネの自動車が山道を進む。途中、警察車両が路肩に駐まっていた。道を折れ、車は私有地に入る。向かったのは孤立した山荘だった。
ヤン・シネが扉を叩く。ユ・ミンホが姿を現わす。ユ・ミンホ氏ですね。弁護士のヤン・シネです。こんばんわ。チャン・テス先生(홍서준)から連絡がありました、急いでいらっしゃると。新情報を入手しましたので明日の朝の約束を待ちきれず参りました。入ってもよろしいですか?
チャン弁護士はお忙しいのですか? 用件を片付けたら来ることになっています。取調でお疲れでしょうのに、随分遠くまでいらっしゃったんですね。メディアを避けるためですよ。記者はともかく検察は見張りを立ててますよ。この附近に警察車両が駐まっていました。広間に入ったところで、ヤン・シネが名刺を差し出す。珈琲はいかがです? ヤン・シネが頷く。オープンキッチンでユ・ミンホが珈琲を淹れる間、ヤン・シネが暖炉の傍の壁に掛けられた写真を見る。ここは会長の家族の別荘ですか? 以前はそうでした。義母の実家の墓を移転してからは、誰も寄り付かないんです。私は時折気分転換に訪れますが。弁護を引き受けて頂きありがとうございます。一点だけ明確にしておかなくてはなりません。弁護を引き受けるかどうかは話を聞いた上で決定します。それに、あなたが感謝すべきは会長でしょう。勾留請求が棄却されたのは想定外でした。検察は裁判所の判断を覆す決定的証拠を確保しました。早ければ未明にも勾留令状が発布されます。私は捕まるんですか? 私はやっていませんよ。検察の認識は異なります。先生はどうお考えです? 検討してみましたが、あなたの供述には不審な点が多々あります。最初から検討させて下さい。
二人はテーブルに向かい合って坐り、ヤン・シネがヴォイスレコーダーの電源を入れる。キム・セヒさんとの交際期間は? 付き合いだしたのはほぼ1年前です。昨年の秋には別れました。それなら、なぜ再び会ったんですか? あの日の午前に脅迫されたんです。不倫をばらされたくなかったら10億用意しろと。すぐに用意できる額ではありませんでした。とりあえずありったけの金を搔き集めました。
ユ・ミンホが指定されたホテルのフロントへ向かう。チェックインですか? ホテルフロント係(박미현)が尋ねる。514号室をお願いします。お客様のお部屋は既にお連れ様がお待ちです。ユ・ミンホが514号室の扉をノックすると、キム・セヒ(나나)がドアを開ける。
彼女も脅迫を受けたとは知りませんでした。連絡があるまで部屋にいるよう言われたので部屋で待ちました。キム・セヒとそのホテルに滞在したことはありましたか? いいえ。なぜ脅迫者はそんなに遠くのホテルに指定したのでしょう? それは重要ですか? 無罪を勝ち取るには些細な事まで明確でなくてはなりません。なぜすぐに脅迫を通報しなかったのですか? 彼女との関係は既に終っていましたから、妻に知られたく無かったんです。不倫の事実が明るみに出た場合、失うものが大きいと思いましたか? 損得など考えませんでした。続けて下さい。1時間ほど待ちました。
ユ・ミンホが窓際で煙草を吸っていると、2台のパトカーがサイレンを鳴らしてホテルに到着した。どうしたの? キム・セヒが窓に様子を見に来る。妙だな。出よう。コートを着たユ・ミンホは何者かによって突然鏡に押し付けられ、頭部を強打して倒れる。ドアを叩く音がして、ユ・ミンホが意識を取り戻す。警察です。ドアを開けて下さい。通報があって駆け付けました。ふらふらと立ち上がったユ・ミンホは浴室に倒れているキム・セヒを見付ける。紙幣が散らばっていた。ユ・ミンホが声をかけるが反応が無い。彼女は息をしていなかった。恐れ戦くユ・ミンホ。助けて下さい! ユ・ミンホが叫ぶと、警官が銃を構えて突入する。動くな! 手を挙げろ! ゆっくりだ。出ろ! 私じゃありません。ユ・ミンホは警官に床に俯せにされ、手錠を掛けられる。私じゃない、他に誰かいたんだ!

 

地方のホテルの1室で映像クリエイターのキム・セヒ(나나)が殺害された。逮捕されたのは現場にいたD&Tセキュリティ社CEOのユ・ミンホ(소지섭)。ユ・ミンホの妻イ・ジヨン(황선희)は財閥ナイングループの令嬢で、義父である会長が手を回したためにユ・ミンホは勾留を免れることができたのだった。沸騰する世論、メディアの追及を躱すため人里離れた山荘に滞在するユ・ミンホを弁護士のヤン・シネ(김윤진)が予定を繰り上げて訪ねる。検察が勾留請求のための新証拠を確保したのだ。ヤン・シネは法廷戦術を練るため、ユ・ミンホに事件の経緯について詳細に説明させた。事件当日の朝、不倫の口止め料として10億を用意するよう何者かに求められたユ・ミンホは、現場のホテルに向かった。意外なことにキム・セヒが部屋にいて、ともに脅迫者からの次の連絡を待った。そこへ警察車両が駆け付ける。不審を抱いたユ・ミンホがキム・セヒとともに部屋を出ようとしたところ、何者かに殴られ意識を失ってしまう。気付くとキム・セヒは浴室で倒れ、通報で駆け付けた警察官によってユ・ミンホが緊急逮捕されたという。部屋はドアや窓が内側から鍵が掛けられ、通風口などからの人の出入りも不可能で、廊下の外には清掃員もいた。現場は密室であり、ユ・ミンホの何者かによる犯行という説明は筋が通らなかった。電話で連絡を受けたヤン・シネは、検察側が勾留請求で提出する新証拠が事件の目撃者だと判明したと言う。密室事件で目撃者などいないというユ・ミンホに、ヤン・シネはチラシを提示する。そこには行方不明者ハン・ソンジェ(서영주)の顔写真があった。ヤン・シネに説得され、ユ・ミンホはキム・セヒと山荘で密会した後に起きた交通事故について語り出す。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

郊外のホテルで映像作家キム・セヒの撲殺遺体が発見される。通報で駆け付けた警察官は現場に居合わせた通信セキュリティ会社の代表ユ・ミンホを緊急逮捕する。密室事件で第三者の犯行可能性が極めて低いにも拘らず、ユ・ミンホの勾留請求は却下される。ユ・ミンホの妻イ・ジヨンの父である財閥ナイングループの会長が裁判所に手を回していた。
ユ・ミンホが身を潜める山荘をヤン・シネが訪れる。検察の動きを察知していち早く弁護計画を策定すると言う。ヤン・シネはユ・ミンホの供述に不審な点があると、事件の経緯を説明するよう求める。事件当日の朝、不倫をネタに10億を強請る電話が入った。取り急ぎ工面した金を手に指定されたホテルの部屋に向かったところ、不倫相手であったキム・セヒがいた。2人で脅迫者からの指示を待っていると、サイレンを鳴らしたパトカーがホテルに到着する。妙だと感じて部屋を出ようとしたところ、何者かに頭部を鏡に叩き付けらた。意識を取り戻すと、浴室でキム・セヒの遺体を発見する。助けを叫ぶと、部屋に踏み込んだ警官に手錠を掛けられてしまった。脅迫を通報しなかった理由、キム・セヒがいた理由、パトカーの到着を理由に部屋を出ようとした理由、殺害行為を行った第三者の存在、「真犯人」の逃走手段…。疑問点だらけの説明を繰り返すユ・ミンホに、ヤン・シネは、ハン・ソンジェ失踪事件を突き付ける。ユ・ミンホはキム・セヒと山荘で密会した後に起きた交通事故について語り出す。キム・セヒが鹿を避けようと対向車線に急にハンドルを切った結果、対向車が衝突事故を起こし、運転手が亡くなってしまう。キム・セヒの隠蔽工作の提案にユ・ミンホは従ってしまったと言う。
ヤン・シネが弁護方針策定のため真相を語るよう求めるが、ユ・ミンホは自分に都合のいい供述を重ねる。ヤン・シネは創造性に欠けると指摘する。せめて整合性を図れと指摘しているのである。だがユ・ミンホは事実を述べるのに創造性など不要だと言って憚らない。勾留請求の却下が象徴するように、財閥の力を背景に無理を通して道理を引っ込ませることを当然と思い込んでいるのだ。社会を歪める腐敗した権力の指弾がテーマとなっていよう。
噓はつじつま合わせの別の噓を必要とする。噓を重ねれば重ねるほど、脆くなる。降り積もる雪は積み重ねられる噓のメタファーであろう。
ユ・ミンホが情報セキュリティーの会社のCEOでありながら、彼の提供する情報が穴だらけというのも皮肉が効いている。
山荘のセットや、車窓の合成映像などのチープさが、明るさを抑えて重厚感を演出しようとした映像によって却って目立ってしまった。実景での撮影を徹底して欲しかった。ヤン・シネとユ・ミンホとの密室での対話が軸なので、いっそ舞台的に振り切った演出もあり得たかもしれない(例えば、舞台作品の映画化である『ザ・ホエール(The Whale)』(2022)は密室劇として映画を成立させていた)。
キム・セヒを演じた나나は短髪でも長髪でも美しい。眼福であった。