可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『エクソシスト 信じる者』

映画『エクソシスト 信じる者』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
111分。
監督は、デビッド・ゴードン・グリーン。
キャラクター創造は、ウィリアム・ピーター・ブラッティ
原案は、スコット・ティームズ、ダニー・マクブライド、デビッド・ゴードン・グリーン。
脚本は、ピーター・サットラーとデビッド・ゴードン・グリーン。
撮影は、マイケル・シモンズ(Michael Simmonds)。
美術は、ブランドン・トナー=コノリー(Brandon Tonner-Connolly)。
衣装は、バーバラ・バスケス(Barbara Vazquez)とリズ・ウルフ(Lizz Wolf)
編集は、ティモシー・アルヴァーソン(Timothy Alverson)。
音楽は、アンマン・アッバシ(Amman Abbasi)とデイヴィッド・ウィンゴ(David Wingo)。
原題は、"The Exorcist: Believer"。

 

ハイチの首都ポルトー・プランス。ヴィクター・フィールディング(Leslie Odom Jr.)が砂浜で犬が小競り合いする姿など、周囲の光景を写真に収めている。ヴィクターの妻ソリン(Tracey Graves)は大きなお腹を抱えて市場を巡っていた。器を商う者、鏡を扱う者。露天商から次々と声を掛けられる。ソリンが雑貨店に入ったところで少年(Albert Wollf II Saint Felix Nolasco)から声をかけられる。お姉さん、特別なもの見せてあげる。赤ちゃんを祝福してもらえるよ。ソリンは少年に手を引かれて、祈祷師(Viergeue Charles)のところに連れて行かれる。彼女が鈴を鳴らし、歌い、ソリンのお腹に手を当てる。ソリンは少年少女に囲まれながら海岸にいるヴィクターのもとにやって来た。ブレスレット気に入った? 祖母からもらったの。英語うまいね。綺麗な女性。子供たちが浜に散っていく。ソリンは転がってきたボールを蹴って木の幹に当てて少年に返してやる。木陰の少女に挨拶する。ヴィクターが写真を撮ろうとすると恥ずかしがって木の裏に隠れ、立ち去った。どうだった? 市場で祈祷師に会って、アンジェラを祝福して貰ったの。祈祷師のこと信じてるのか? そうよ。2人はキスを交わす。
2人は教会の礼拝堂に入る。建築と壁画に見蕩れる。鐘楼に登って街の景観を撮らせてもらえるかな。どう思う? 行ってきなさいよ。行かないの? 足が痛むの。戻ろうか。あなたは写真を撮ってきて。キスを交わしてヴィクターが撮影に向かう。
ホテル。ソリンは一足先に部屋に戻りベッドに横になった。鈴か何かが鳴るような音がする。まもなく激しい揺れがホテルを襲う。人々は我先にと階段を下っていく。天井から破片がバラバラと落ちてくる。
ヴィクターはホテルに向かって急ぐ。通りでは人々が悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。電信柱が倒れ、車が衝突事故を起こした。建物の窓ガラスが割れ、崩落が起きる。ヴィクターは決死の覚悟でホテルに入り、階段を駆け上がる。瓦礫の中にソリンが埋まっていた。アンジェラを助けてとソリンはヴィクターに懇願した。
臨時の病棟となった暗い広間に、怪我をした人々が次々と運ばれてくる。ヴィクターがソリンのベッドにいると、医師と看護師とがやって来る。フランス語で説明を始めたので、英語で話すように頼む。奥さんの怪我は深刻です。奥さんを助ければお子さんの命を危険に晒します。どういうことだ? 難しい選択です。奥さんとお子さんの両方を救うことはできません。大変残念です。
13年後。ジョージア州パーシー。ヴィクターの家。アンジェラ(Lidya Jewett)が両親の結婚式や妊娠した母親の写真を眺める。母親の遺品の入ったケースを開けると、貝のネックレスなどがあった。紫のスカーフを手に取る。アンジェラ、時間を見ろよ。20分しかないぞ。アンジェラが食卓に着く。急いで食事を済ませろよ。寝坊しちまった。食べていいよ。肉はもう口にしないから。何言ってる? ドキュメンタリー番組だろ? 言ったろう、悪い夢見るって。可哀想な仔豚。考えてみてよ。泥遊びしてたら突然殺されちゃうんだよ。朝食のオートミールに飽きたせいでさ。それで朝食にアイスクリームか。構わないよ。今日は例の数学のやつがあるんだっけ? 数学大会は明日。爪を噛むなよ。今日さ、キャサリンの家で宿題をやってもいい? キャサリンのお父さんに送ってもらうから。いつも通りだとじゃないのか。放課後に迎えに行って、スタジオで宿題して、一緒に過す。だから頼んでるんだよ。友達がいるの。友達がいるのは知ってるさ。子豚ちゃんが可哀想! アンジェラは父親の食べ物を取り上げると駆け出して隠れる。遊んでる時間ないぞ。面白いじゃないか。誰かさんがドキュメンタリー番組なんて見るから。すっかり大人だな。ヴィクターはアンジェラを部屋に探しに行く。アンジェラ・ルネフィールフィング。遊びじゃ無いぞ。出かける時間だ。ヴィクターは一旦部屋から出ると、別の扉から娘の部屋に入って娘を捕まえる。食べていいよ。可愛い無防備な動物の味を楽しめばいいよ。
アンジェラが玄関を出ると、隣家のスチュアート(Danny McCarthy)に声をかけられる。パパにジムで会おうと言っておいて。分かったわ。聞こえてるよ。ヴィクターが家から出て来る。どうした? 何が? これはどこで? ヴィクターが紫のスカーフを指摘する。お小遣いで買ったの。噓をつくな。ヴィクターが取り上げる。ママの遺品の中にあったの。ママの遺品? 俺の部屋にあっただろ。どこにしまったか覚えてる。2人が車に乗り込む。フィールディングさん、ごみ箱ずっとここに置いておくつもり? 隣人のアン(Ann Dowd)に注意される。

 

ジョージア州の郊外パーシーで写真館を経営するヴィクター・フィールディング(Leslie Odom Jr.)は、13年前、妊娠中の妻ソリン(Tracey Graves)とともにハイチのポルトー・プランスに旅行した。その際、ソリンは現地の祈祷師に赤ん坊を祝福してもらった。大地震に襲われ、ソリンは瓦礫に挟まれて大怪我を負い、ヴィクターは医師から妻か赤ん坊かどちらかしか救えないと選択を迫られた。その時に生まれたアンジェラは13歳になった。ヴィクターが寝坊した朝、慌ただしい時にヴェジタリアンになったと肉を拒否したり、かくれんぼを始めたり、アンジェラは大人になったのか子供なのか分からない。勝手に部屋を漁って妻の遺品のスカーフまで持ち出していた。、学校帰りにキャサリン(Olivia O'Neill)の家に寄って宿題がしたいと言うので、ヴィクターは夕食までの帰宅を条件に渋々認めてやる。ところがヴィクターが帰宅した際、アンジェラはいなかった。キャサリンの母ミランダ(Jennifer Nettles)に電話すると、キャサリンはデシャーナ(Lariah Alexandria)の家で勉強すると言っていたという。だがデシャーナに連絡をすると、一緒では無かった。ただアンジェラとキャサリンが2人で森の中へ入って行くのを見たという。ヴィクターはミランダとキャサリンの父トニー(Norbert Leo Butz)とともに娘たちを夜の森に探しに行く。キャサリンの鞄やアンジェラの靴が見つかるが、2人の姿は無い。警察も捜索を始めるが見つからない。不安を募らせたヴィクターとトニーと揉めてしまい、刑事のコニク(Celeste Oliva)から娘さんたちを無事に見付けることが最優先だと宥められる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。〉

自らが生まれた際に亡くなった母ソリンと話したい13歳のアンジェラは、友人のキャサリン(Olivia O'Neill)とともに、デシャーナの家で勉強するという名目で、森の中へ降霊術をしに行く。2人が夜になっても帰宅しないため、アンジェラの父ヴィクター、キャサリンの両親トニー、ミランダは警察に捜索願を出すとともに森に探しに行く。翌日には警察や周辺住民の協力により森を探し回るが2人は見つからない。ところが、3日ほど経って、牧場の納屋にいた2人が発見された。裸足で歩き廻った足以外に外傷はなく、検査の結果、性的な被害も認められなかった。しかし、やがて2人は痙攣を起こしたり、叫び出したり、やたらひっかく行動によって爪を傷めるなど、異常な行動を取り始める。ヴィクターの隣に住む看護師のアンは、誰にも話したことのない秘密をアンジェラが口にしたことに驚き、似た症例について記述したクリス・マクニール(Ellen Burstyn )の本"A Mother's Explanation"を思い出す。ヴィクターはアンの話を聞いてマクニールの本を読み、著者に会いに行くことにした。
少女に悪魔が取り憑き、その悪魔を祓うために大人たちが苦闘する。悪魔は悔悟から入り込む。ヴィクターは妊娠中の妻ソリンとポルトー・プランスに観光した際、ハイチ地震に遭遇する。ヴィクターは教会の撮影を続けるため、身重の妻を先に1人でホテルに帰した結果、妻が崩落したホテルで犠牲になってしまった。のみならず、病院では妻か娘(胎児)かのどちらかしか救えないと医師から選択を迫られていた。ヴィクターは妻を死なせてしまったことを悔いるとともに、神への祈りが無意味だったと信仰心を失ってしまっていた。ヴィクターの悔悟は、娘のアンジェラに知らぬ間に映り込み、アンジェラに悪魔が取り憑く結果を招来したのだろう。

ポルトー・プランスでの呪術師、さらに悪魔払いのためにスチュアートに呼ばれたヴードゥー――ルートワーク(root work)――を実践するビーハイブ医師(Okwui Okpokwasili)。とりわけ後者はアフリカからもたらされたスピリット、そして海の貝殻について言及する。なぜ冒頭、カリブ海ポルトー・プランスの海岸)が描かれるのか。それはカリブ海に眠る歴史への連なりを示すためであった。

 〔引用者補記:詩人・批評家・歴史家のエドワード・カマウ・〕ブラスウェイトが1974年にジャマイカで刊行した小冊子の論考『矛盾した前兆』の末尾にすべての結論として記した「統一は海面下にある」という喚起的なフレーズについて、すでに〔引用者補記:エドゥアール・〕グリッサンは『アンティルの言説』(1981)に収められたテクストのなかで、彼の刺戟的な反歴史学の宣言に仮託しながら論じている。その覚え書きのような断片は、『アンティルの言説』のなかの核心的な章"Histoire, histoires"(「〔大文字単数の〕歴史、〔小文字複数の〕歴史」)と題された部分に、「トランスヴェルサリテ(横断性〉について」というタイトルで収められている。その断章はこうはじまる。

しかし、カリブ海における私たちの多様な〔複数の〕歴史は今日もう1つの啓示を生み出した。それが、地下における歴史の無数の糸の収束である。そこにおいて、歴史は〈横断性〉という、存在すら知られていなかった人間の行動様式に光をあてる。カリブ海の歴史の内破(すなわちわが民衆の無数の歴史が収束する場)は、1本の筋道をひたすら歩むだけの唯一の大文字の「歴史」がもつ直線的でヒエラルキー的な構想力から私たちを救い出す。カリブ海の縁で吼えたてている怪物はこの大文字の歴史ではなく、むしろ私たちの無数の歴史の地下における収束に問いかけようとする情熱である。足元の深みに広がっているものは、神経症の奈落であるというよりは、なによりもまず、さまざまな道筋を収束させる場なのである。

 地下souteraineの収束convergenceという特異な語法に注意しなければならない。この想像力は、いうまでもなく、グリッサンのいう大文字の「歴史」が、ヨーロッパという大陸を起点に世界を尽くした地上的な構造物であることを前提としている。そのうえで、グリッサンは地下に、関係性の束として収斂する多様な小文字のイストワール(歴史)=イストワール(物語)の存在を想像する。西欧的「普遍性」の超越的な原理に対し、中心のない互酬的関係にもとづく「横断性」transversalitéの原理が働くのも、まさにそうした場である。地上に顕在しない、群島の想像力の深みにこそ、物語の束が収斂しひとつの声がたちあがる場が隠されている……。こうしたヴィジョンに導かれるようにして、グリッサンは、ブラスウェイト「統一は海面下にある」The unity is submarineというフレーズを英語のまま引用しながら刺戟的に書いている。

 わたしにとって、この表現は重りと鎖に繋がれたあれらのアフリカ人たちの命運だけを喚起する。奴隷船に乗せられて海をわたるうちに、敵艦に追われた奴隷船が交戦するための身軽さを得るために甲板から海に投げ捨てた、あれらのアフリカ人たちのことを。彼らは海の深みに、不可視の存在の種を蒔いた。それによって、崇高なるものの普遍的な超越性ではなく、横断性が拓かれた。わたしたちは、文化の交差する関係性のなかに無数のルーツ(根)を持ったのである。
 海面下のルーツ。それは自由に漂い、どこかの始原的な地点に固定されることなく、錯綜した根茎を世界のあらゆる方向に向けて広げている。

カリブ海の物語群の貯蔵庫としての「地下」というグリッサンの初発のいまじねーしょんは、さらにブラスウェイトに鼓舞されるようにして、「海面下」というより喚起的な想像力へと曳航された。この海面下の場こそ、まさにウォルコット珊瑚礁と鮫の祝福に彩られた王国として描いたあのアフリカ人の死者たちの声が響く「深み」のことであった。歴史的事実が教えるアフリカ人奴隷の大西洋上での受難の物語は、だが、一度海面下に潜伏することで専横的な「歴史」の権力構造から離脱し、別種の力、すなわち無名性に依拠する錯綜した〈関係〉が示す重層的な声の綾織りとしての深い浸透力を獲得したのである。こうした統合的な力の伏在に確信をえたからこそ、ウォルコットは「海が歴史である」と宣言しつつ、自らをノーボディと呼びながら、その無人称性を「ネイション(国家)」という、もう一つの統合力の怪物に突きつけることもできたのであろう。陸上において国家の産物でしかあり得ない者が、海面下において集合し収束する無名の「声」の谺として、ついには公の歴史に反旗を翻す可能性を、群島の詩人たちは、古き語り部の声の感触に寄り添いながら、ついに宣言したのだった。(今福龍太『群島‐世界論[パルティータⅡ]』水声社/2017/p.192-194)

ミランダはイエスのようにキャサリンが地獄へ降りて3日後に戻ったのだと言う。確かにキャサリンとアンジェラは確かに森で坑道へと降りた。「地下」で根(ルーツ)――あるいは、海面下の無名の声――に触れたのである。だからキャサリンとアンジェラは「不可視の存在」の「古き語り部」の声を「吼えたてている怪物」となって、公の歴史(Histoire)に反旗を翻すことになったのだろう。マドックス神父(E. J. Bonilla)は「ヨーロッパという大陸を起点に世界を尽くした地上的な構造物」である教会=歴史(Histoire)の象徴である。折伏には、その声を聴き取らねばならない。ビーハイブ医師が言うとおり、前に進むためには時に後戻りが必要なのだ。