可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 中村千鶴子個展『冬のスケッチ』

展覧会『中村千鶴子「冬のスケッチ」』を鑑賞しての備忘録
エプサイトギャラリーにて、2023年12月15日~27日。

再開発に取り残された建物の壁に残る、かつて隣接して立っていた建物の痕跡を捉えた写真29点で構成される、中村千鶴子の個展。作品は、エプサイトギャラリー2023年度公募展応募作品で選出されたものである。

民家の壁に切妻屋根の三角形のシルエットが残されている写真に、すぐに「トマソン」の一種であると気づかされる。「トマソン」は、かつて赤瀬川原平が作品として制作されたものでないにもかかわらず芸術らしい存在「超芸術」として捉えたもののうち、街角で目にする類に与えた名前である。トマソンの記録保存の成果と趣を異にし、作家の作品に認められるオリジナリティは、雪景として統一されていることによって生まれている。選考委員の鈴木理策が「降雪時に撮ったことで、地面が整理されて壁面の様子が際立って見える」と指摘するように、雪に覆われた地面は白い画布として機能している。鈴木が「降雪中のものと降雪後のものが混在している点は、撮り方のルールの面で評価が分かれるところだ」と指摘するのは、静的・絵画的趣向が損なわれることを懸念してのことだろう。単なるトマソンの記録と異なるもう1つのポイントは、失われた建物の存在した空間を画面に取り込んでいることだ。トマソン、そして絵画的なイメージであれば、正面から撮ることで足りるし、その方が良い。だが、トマソンを生み出した建物の存在に思いを馳せる作者は、積雪という消去線を映り込ませることで、不在から逆接的に存在を提示するのである。そこではたと気づかされるのは、トマソンが遺影であることだ。写真術が亡くなった人の存在を伝えるための技術(死者の記念写真。飯沢耕太郎『写真美術館へようこそ』講談社講談社現代新書〕/1996/p.70-73参照)であったことまで想起させるのである。「冬のスケッチ」は、死のスケッチであり、メメント・モリ(memento mori)であった。