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芸術鑑賞の備忘録

映画『RHEINGOLD ラインゴールド』

映画『RHEINGOLD ラインゴールド』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のドイツ・オランダ・モロッコ・メキシコ合作映画。
140分。
監督・脚本は、ファティ・アキン(Fatih Akin)。
撮影は、ライナー・クラウスマン(Rainer Klausmann)。
美術は、ティム・パネン(Tim Pannen)。
衣装は、カトリーン・アッシェンドルフ(Katrin Aschendorf)。
編集は、アンドリュー・バード(Andrew Bird)。
音楽は、ジワ・ハジャビ(Giwar Hajabi)。

 

2010年、シリア。曠野に立てられたフェンスの傍に羊飼いが羊の群れを率いていた。トラックが土煙をあげてやって来て、フェンスを回り込み、高いコンクリートの壁と監視塔のある建物に入っていく。迷彩服の兵士たちがミラン(Arman Kashani)、サミー(Hüseyin Top)、そしてジワ・ハジャビ(Emilio Sakraya)をトラックから降ろし、刑務官に引き渡す。
刑務官に手錠を外されたジワが入れられた牢獄は既に囚人でいっぱいだった。ジワに向かい喚く囚人たち。牢名主が黙れと言った途端静まり返る。ジワはこっちへ来いと牢名主に呼ばれる。名前は? ジワ・ハジャビ。クルド人か? お前たちは向こうだ。クルド人たちが一斉にジワに手招きする。北の方言は? ソラニーなら。なぜ入れられた? トイレは? 男が指差す壁にはビニール袋に尿入りのペットボトルがいっぱいだった。排便は庭で日に1度だ。ジワは一番古い記憶も囚人で一杯の牢獄の中だったと幼い頃の記憶を蘇らせた。そのときジワが刑務官に呼ばれる。
取調室のジワのもとに諜報員(Zirek)が愛想良く現われた。チャイを持って来させ、ジワに煙草を勧める。ジワが煙草を口に咥え火を点けてもらう。お前さんの父親は今も作曲を? 怖がることはない。私もクルド人だ。皆、お前さんの父親を尊敬している。チャイが運ばれ、ジワが飲む。同じクルド人の誼で取引しようじゃないか。お前さんと連れに新たな身分証を与えよう。ドイツの旅券の代わりにシリアの外交旅券を提供する。名前も変えて。これで追われることはなくなる。条件は1つだけ。金はどこだ? 何の話だ? 金の在処を言わなければアルカイダ横流ししていることにする。ドイツ国民だからって保護されなくなるぞ。俺が持ってる金はこれだけだ。ジワは奥歯に被せた金を示す。諜報員はワリド(Adjmal Sheerzoi)を呼ぶ。ワリドはペンチを持って来て机に置く。刑務官がジワの頭を机に押し付ける。ジワの抵抗も虚しく、ワリドがジワの金を被せた歯を引き抜いた。
牢獄に戻ったジワは歯の痛みに耐えながら幼い頃の牢獄の記憶を蘇らせた。父エグバル(Kardo Razzazi)が拷問されて牢獄に戻されると、ラサル(Mona Pirzad)が介抱した。エグバルはクルド人の間では有名な音楽家だった。四六時中作曲している自由気儘な人。母ラサル(Mona Pirzad)はテヘランにおけるクルド人の名家の出身だった。父が結婚を申し込むと、母の家族が強く反対した。音楽家は売春宿に出入りし薬物に手をすると。だが母は自分の意志を貫いた。
1979年、イラン。エグバルがあるホールで、ラサルもクラリネット奏者として参加する管弦楽団を指揮していた。満席の聴衆が熱心に耳を傾けていると銃を手にした一団が乗り込む。銃を撃って威嚇し、指揮台のエグバルを殴り倒し、次々と楽団員の楽器が破壊される。この場には神がいない。恥知らずな快楽は許されない! 声を張り上げる男に1人の女性演奏家が歩み寄る。さっさと帰ってクルアーンでも読みなさい。彼女は即座に銃で頭を撃ち抜かれた。悲鳴が上がり、恐慌を来した聴衆と楽団員が一斉に逃げ出す。銃撃の中、ラサルもエグバルの手を引いて必死に走った。
ホメイニはクルド人を弾圧した。イラン北部ではクルド人たちがコミューンを組織し、ゲリラ活動を展開した。クルド人が生き延びるためには他に選択肢が無かったのだ。
ラサルが大きなお腹を抱えて小さな学校で子供たちを指導し、エグバルが歩哨の立つ高台にあるテントで作曲しているとき、政府軍による攻撃を受けた。次々と砲弾が炸裂する中、コミューンの人々は退避のため岩場にある洞窟に向かう。ラサルは砲撃を受けて瓦礫の下敷きになった少女を助け出すと娘を探していた母親に委ねる。ラサルは皆とともに避難する途中、破水してしまう。ラサルは避難場所の洞窟を通り過ぎると、誰もいない別の洞窟に入る。ラサルは1人で出産し、臍の緒を石で叩き切る。苦難の中で生まれたからと名前を「ジワ」とした。
1982年、イラク。両親は息子により良い未来を与えようとヨーロッパに渡ることを望んだ。イラン・イラク戦争の最中、エグバルはラサルとジワ(Baselius Göze)とともにトラックでバクダードを目指す。検問所でパスポートを提示したエグバルがホメイニから逃げてきたと言うと、兵士はホメイニのスパイと疑った。エグバルに対する拷問が止んだのはサマワの刑務所に収容されて数週間が経ってのことだった。

 

2010年。ジワ・ハジャビ(Emilio Sakraya)は、音楽レーベル設立の元手を手に入れようと、幼馴染みのミラン(Arman Kashani)の伯父でアムステルダムのマフィアの元締イェロ(Ugur Yücel)から仕事を請け負ったものの、大失敗をしでかす。損失の穴埋めのために危ない橋を渡ることになったジワはサミー(Hüseyin Top)とともに国外へ逃亡した。シリアでは再会したミランとともに現地の治安部隊に捕まり、収監された。ジワは獄中で来し方を振り返る。
ジワの父エグバル(Kardo Razzazi)はイランのクルド人社会では名の知れた作曲家で、ジワの母ラサル(Mona Pirzad)もまたイランのクルド人の名家出身の音楽家だった。イラン革命で迫害されたため、2人はイラン北部のクルド人コミューンに移り住み、ゲリラ活動に加わった。政府軍の攻撃を受けた際に生まれたのがジワだった。イラン・イラク戦争の最中、一家は渡欧を計画し、イラクに向かったところスパイの嫌疑で投獄されてしまう。しかし著名な音楽家だと判明したため、赤十字の協力でフランスに渡ることができた。仕事と教育の機会を求めて一家はさらに西ドイツの首都ボンに移り住む。貧窮の中でもラサルはジワにピアノのレッスンを受けさせる。エグバルはようやく音楽家として認められると愛人との生活のためラサル、ジワ(Ilyes Moutaoukkil)と娘ザニーナを置いて出て行ってしまった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

西ドイツのボンで暮らすジワは、イラン革命による迫害から逃れ西ドイツのボンに渡ったクルド人楽家エグバルとラサルの息子。貧しい中でもラサルはジワにピアノの演奏を習わせる。エグバルはようやく音楽家としての地歩を固めると愛人を作って家族を捨ててしまう。反発したジワは偶然知り合ったサミーと連みポルノヴィデオを校内で販売して家計を支えようとするが発覚して退学となり、却って母親の不興を買う。ドラッグの売人をして地元ギャングにリンチされたジワは、近所に住む格闘家に指導を受けて復讐を果し、「カター」として知られるようになる。クラブでカナコンダ(Ensar Albayrak)のラップに触発されたジワは、カナコンダの楽曲を制作しているマエストロ(Denis Moschitto)の下に押しかけ、音楽活動を開始する。
波乱に富んだ生い立ちを描くこごで、ギャングとしてのし上がろうとするジワの短絡的行動に説得力を与えている。家族や友人との関係に加え、とりわけシリン(Sogol Faghani)に対して一途に想いを寄せる姿に、ジワが憎めないキャラクターとして造型されている。ジワを演じるEmilio Sakrayaの魅力も大きい。