展覧会『平田星司「絵画の相転移」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY KTO 新宿にて、2024年12月3日~28日。
塗料を膜状に固めた支持体を持たない絵画や、サンドペーパーに枝で描画した絵画、点字のイメージを用いた絵画、拾ったガラス片を組み合わせた瓶状の立体作品などで構成される、平田星司の個展。
「Root」シリーズは、サンドペーパーの研磨面に小枝で引っ掻くことで切り株を描き出す作品。角など一部分でサンドペーパーの裏側(研磨面と反対側の商品名が記載されている面)を見せることと、額内に描画により削れた枝が封入されることで、鑑賞者に対して特殊な技法を用いていることが示される。モティーフが根(root)であり、イメージが正方形(一辺は面積の平方根(root))であるとともに、枝先から根元へという擬似的な遡行によって、引っ掻く行為が描く行為の根源(root)にあることに意識を向けさせもする。面から線(面積から平方根)へ、立体から平面へとの移行が、「絵画の相転移」なのだろう。
「転落」シリーズは、色取り取りの垂直のストライプが描かれた抽象的な絵画で、キャンヴァスの下端から絵具の部分が垂れ落ちるように食み出すユニークな作品である。キャンヴァスから外れた絵具はプラバンのように平板であるが、支持体から飛び出すことで作品全体を立体へと移行させる。
「界面」シリーズは、色の層が複雑に折り畳まれあるいは渦巻くイメージの絵画である。油性塗料のみによる構成で支持体を持たない。通常の絵画同様壁面に並べて展示されているが、周囲が僅かに捲れているために、絵具の皮膜だけの形状に気が付く。《インテリア・ペインティング/王国》は、「界面」シリーズ同様の手法で制作されているが、大きな油性塗料の皮膜をブランケットのように椅子に被せてある。タペストリーなどの織物同様、イメージと支持体とが一致していることが示されている。
《触れられた No.6(Remember)》は、6つの点を用いて表示される点字を取り込んだ作比にである。視覚から聴覚への移行である。
「ダークマター」シリーズは、黒鉛をビニルエマルジョンによりキャンヴァスに接着させた漆黒の絵画である。一見すると木目のように見える凹凸は黒鉛とビニルエマルジョンの混合物をキャンヴァスに流したことで生まれたものらしい。画面を塗り込める地が陰影による図に移行する。
「海のプロセス」シリーズは、海辺で拾った風化したガラスの破片を瓶のように組み立てた作品である。瓶に近い形状をしているが、隙間だらけで、瓶として成り立ってはいない。ところで、世の中には個々の瓶が存在するが、瓶という言葉により表わされるおよそ瓶は現実には存在し得ない。翻って、作家の提示する瓶もどきは、現前することのない瓶のイデアを想起させる装置なのではなかろうか。イデアを捉えようと様々な知覚の断片を組み立てるのである。
作家が目指すのは、絵画のイデアではあるまいか。決して存在することのないおよそ絵画と言えるものに向かって制作を続けているようなのだ。その試みは、束の間姿を現わしながらすぐに波に掻き消されてしまう砂浜に描かれた絵のようなものではなかろうか。イメージは更新される。否、更新されなければならない。絵画をどんな内容でも代入できる変数とすること。絵画のイデアに向けて漸近線を描くこと。ゆえにイメージは画面から次々と落下してよいし、ブランケットの中には誰が腰掛けても構わないのだ。