展覧会『オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展』を鑑賞しての備忘録
国立新美術館にて、2018年9月26日から12月17日。
オルセー美術館の所蔵作品を中心としたフランス人画家ピエール・ボナール(1867~1947年)の回顧展。
ピエール・ボナールは、ゴーギャンの影響のもと結成されたナビ派の一員。1890 年にパリのエコール・デ・ボザールで開かれた「日本の版画展」を見て浮世絵の影響を受けた作風は、批評家フェリックス・フェネオンに「日本かぶれのナビ」と名付けられるほどだったという。
ボナールの作品の中に、浮世絵の影響がどのように現れているかをたどるのが面白い。
屏風形式の《乳母たちの散歩、辻馬車の列》(1899年)では、余白を広くとり、シルエットによる表現を用いるとともに、子供たちが遊ぶ輪や車輪など円の繰り返しによるリズムを生んでいる。余白を活かしている作品には《浴盤にしゃがむ裸婦》(1918年)が、円の繰り返しは本展のメイン・ヴィジュアルでもある《猫と女性 あるいは餌をねだる猫》(1912年頃)のテーブルや皿とマルト(ボナールの恋人で、後に妻となる)の顔などと共鳴している。《化粧台》でも緑とグレーにより統一された画面に、小物や器などが作る円が頻繁に描き込まれている。また、《化粧台》の中央の鏡にはトルソのように女性の裸体が映っているが、大胆に人物やモチーフをカットする手法も浮世絵の影響だろう。《ボート遊び》(1907年)では映画の手法さながら、巨大な画面の下部に正面を向いた数名の少女たちが乗るボートが描かれているが、画家がボートに乗っているかのようにボートの前部はカットされている。《テーブルの上のリンゴの皿》(1910-12年)のテーブルも大胆にカットされている。
ボナールには、「不意に室内に入ったとき一度に目に見えるもの」を描く狙いがあった。そのために素早く行ったスケッチと記憶とを頼りにカンヴァスに向かって不意のイメージを再構成したという。理由は定かではないが一時は取り組んでいた写真撮影(本展の第3章「スナップショット」で紹介)に、ある時期から関心を持たなくなったらしい。撮影した作品が残されていないのだ。画家として、写真では残すことのできない、絵画ならではの表現を追究したかったのかもしれない。ボナールは「絵画、つまり視神経の冒険の転写」という言葉を手帖に残しているという。
本展の仏題は"Pierre Bonnard, l'éternal été"で、展示の最後にも「終わりなき夏」(第7章)というセクションが用意されているのだが、よく意図を汲むことができなかった。本展の日本語タイトルに「終わりなき夏」が採用されなかったのも主旨が不分明であったからではないか(本展の監修者はオルセー美術館のイザベル・カーン)。浮世絵の影響を主題に絞り込んだ方が明快な企画になり、日本での開催にふさわしかったのではないか。