展覧会 森村泰昌個展『「私」の年代記 1985〜2018』を鑑賞しての備忘録
シュウゴアーツにて2018年10月20日~11月24日。
森村泰昌は、芸術作品や歴史的事件のイメージを分析し、それらが現在において持つ意味を自らを被写体とした写真や映像として呈示する作品を制作することで知られる作家。これまでの制作活動の現場で撮影された記録写真(ポラロイド写真)を紹介するとともに、エドゥアール・マネの《オランピア》(1863年、オルセー美術館所蔵)をモティーフとした大画面の新作《モデルヌ・オランピア 2018》を展示する。
制作過程で撮影されたポラロイド写真がギャラリーの壁面に並ぶ。一種の習作と言えるもので、判型が大きくはないため細部まで見るのが難しいが、作家の活動を俯瞰できる試みになっている。題材となっている芸術作品や歴史的人物を考えながら楽しめる。完成作品まで頭に入っていればさらに楽しめるだろう。
これまでの活動を振り返る企画だと思っていたため、はじめ《モデルヌ・オランピア 2018》が新作であるとは気づかなかった。既にオランピアをモティーフにした作品(《肖像(双子)》、1988年)が頭の片隅にひっかかっていたからでもあるだろうが。実際に新作《モデルヌ・オランピア 2018》と30年前の旧作《肖像(双子)》とを比べてみると、背景こそ同じであるものの、二人の登場人物が全く異なっている。
ベッドに横たわるチョーカーとブレスレットと靴だけを身につけた人物が金髪から黒髪の日本髪に代わり、脇に控える花束を持つピンクの衣装をまとう人物は黒人女性からシルクハットをかぶり髭を蓄えた白人らしき男性に変わっている。
《オランピア》でマネはヴィーナスという理想像を現実の娼婦に置き換えることで衝撃を与えた。だが、そのような知識を持っていなければ、現在では女性のヌードとしか捉えられない。森村は、作品が持つスキャンダラスなインパクトを見る者に与えなければ、作品を「再現」したことにはならないと考えたのだろう。2度目の「再現」では、マネの同時代の日本の花魁へを召喚して地理的な転倒を行い、黒人女性の召使いをマネの同時代のヨーロッパ紳士へと身分をひっくり返すことで、マネの挑発を真似ている。
森村にとってセルフポートレイトは「『手作り』によって歴史を作り直す」、「破壊と再創造」の「快感の表明」であるという。森村がキャラクターを作り上げて、名画や歴史的事件の中に分け入っていくと、見る者は森村の姿に自らを重ねることで縁遠かった作品の中に入っていける。森村の身体を通して「破壊と再創造」の「快感」をシェアできることが、森村作品が多くの人に親しまれている理由だろう。