展覧会『歌と物語の絵 雅やかなやまと絵の世界』を鑑賞しての備忘録
泉屋博古館東京にて、2024年6月1日~7月21日。
住友コレクションから近世の物語絵と歌絵とを紹介する企画。限られた言葉で表現される和歌同様にシンプルなモティーフや機知に富む構図で見せる歌絵を並べた「うたうたう絵」(第1展示室・第2展示室)、言葉・書・絵から成る総合芸術である物語絵を展観する「ものかたる絵」(第3展示室)、近代国家として歴史意識を共有させる手段から次第に作者の主張を仮託するメディアと変じた歴史画を紹介する「れきし画」(第3展示室)の3章で構成。併せて第4展示室では「没後100年 黒田清輝と住友」と題し、黒田清輝と住友コレクションの基礎を築いた住友家第15代当主・住友吉左衞門友純との交流を象徴する《朝妝》(消失)の図版と《昔語り》(消失)の下絵(東京国立博物館所蔵)を展示する。
【うたうたう絵】
和歌は31文字に限られるため、掛詞・見立て・本歌取りなどにより受け手の知識と想像力によって補われることが想定される文学である。和歌を絵にした「歌絵」も同様に、シンプルなモティーフと機知に富んだ構図による思わせぶりな姿で鑑賞者にイメージを膨らませるよう迫る。
伝土佐広周《柳橋柴舟図屏風》[05]は宇治川に架かる橋を金で表わす6曲1双の屏風。右隻から左隻に向かい柳が新芽、若葉、青葉と変遷し、左端では雪を被った姿を見せる。岸には水車と蛇籠、水面には柴舟と水鳥が浮かぶ。室町時代末から江戸時代初めにかけて蛇籠や柳などの宇治の景物(川・橋・山・柴舟)以外のモティーフが描かれるようになったが、本作は比較的古様を保っているという。此岸で姿を変えていく柳に対し、彼岸の常緑の山に立つ松が対照をなす。彼岸は常世なのであろう。橋を渡れば幽明境を異にすることになる。蛇籠の籠目は結界として、柳は生の象徴として、メメント・モリ(memento mori)に通じる主題をより鮮明にする。
作者不詳の6曲1双の《誰ヶ袖図屏風》[11]は、右隻に青竹の、左隻に蒔絵の衣桁を配し、豪華な小袖がそれぞれに掛けられている。旧暦9月・重用の節句に虫干しを兼ねて行われた衣桁飾を連想させるもので、江戸時代初めに流行し、長く制作されたきたという。もっとも「誰ヶ袖図」の名称は、近代に至り古今和歌集の「色よりも香こそあはれと思ほゆれ 誰が袖ふれし宿の梅ぞも」(古今和歌集)に因み付けられたものらしい。胡蝶、梅、菊、桜、扇面などがデザインされた小袖は立体感無く平板に表現されている。手元にあった着物を考えもなく掛けていったような観を呈するが、制作に当たり着物の柄をどう見せる(組み合わせる)かに作者は腐心したであろう。イメージのサンプリングの妙とともに、演出される即興性が現実感を高める。
【ものかたる絵】
聞くものであった物語がイメージを纏うことで耳と目で味わう物語絵となった。詞、書、絵から成る総合芸術である物語絵は絵巻物、冊子、扇、掛物、屏風などで展開する。中世末期から近世にかけては大画面に装飾的で視覚効果の高い物語絵が描かれた。古典文学の素養を前提に、名場面を一覧するのではなく場面を絞りドラマティックに表現するものに変わった。人物描写も引目鉤鼻から表情豊かで個性的な面貌へと転換した。
狩野益信《玉取図》[15]は、『志度寺縁起』の海人の玉取り伝説をモティーフとした作品。藤原不比等が志度の沖で龍神に奪われた玉を取り返すために現地の海人と契りを結び、男子が生まれる。海人はその子を不比等の世継ぎにするために命を抛って玉を取り返したという物語である。縦長の画面を活かし、上段に海上の舟、中段に剣を手に海中に潜った海人、下段に玉を取り戻そうとする龍神が現わされている。
宗達派の絵師の手になる《伊勢物語図屏風》[16]は、右隻に第24段「梓弓」、第9段「東下り」の宇津の山、第65段「在原なりける男」の御手洗川などを、左隻に第9段「東下り」の八橋と富士の山、第81段「塩竈」、第7段「かへる浪」などを描き出した作品。蔦に覆われた宇津の山の隘路、御手洗川での禊の儀式、八つ橋と燕子花など琳派の絵師たちが独立の作品に仕立てた『伊勢物語』の名場面を6曲1双の屏風にまとめている。各場面の配置、接続も興味深い。
【れきし画】
歴史画は西洋絵画の階層で最上位に位置付けられたのみならず、日本の近代化の過程で歴史意識の共有のために歴史画の有用性が認識されていた。明治の美術教育をリードした岡倉天心は「歴史画は国体思想の発達に随て益々振興すべきものなり」とその効用を訴えた。正しく真に迫る歴史画を描こうと画家たちは時代考証に注力し、西洋画の写実技法を採用した。大正期以降の歴史画は、歴史上のキャラクターに画家の主義・主張が仮託されるメディアへと転じていった。
上島鳳山《姮娥 (「十二ヶ月美人」のうち八月》[24]は、西王母の不老不死の薬を盗み月に逃げた仙女姮娥を描く。雲の上に浮遊する姮娥の背後には兎を抱いた童子の姿がある。