可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 中島由絵個展

展覧会『中島由絵展』を鑑賞しての備忘録
ギャラリーなつかにて、2021年11月8日~20日

リトグラフ24点で構成される中島由絵の個展。

《テレストリアル #1》(380mm×380mm)には、下段(前景)左側に3つのアーチを持つ橋、中段(中景)右側に浮かぶ雲、上段(後景)左側に大小2つの山(右側の大きい方からは噴煙が上がる)が、オレンジ色の画面に白色で配されている。いずれのモティーフにも画面左下方向に向かって影が延びる。橋は斜め上から見下ろすように描かれている。何に懸かっているのか、何を渡しているのかは分明でない。断片的であることから遺構とも思われる。雲は紡錘状で、投げかける影までの距離が近いことから低い位置に浮かぶようだ。後景の噴煙の棚引く向きから、雲は右から左へと流れていることが分かる。連山は、庭園の丸く刈り込まれたツツジが立ち並ぶかの如く、いくつもの扇型によって斜面が埋められている。立ち上る噴煙は植物の葉あるいは花が並ぶ姿にも見える。背景のオレンジ色によって夕景を連想させられるが、影の薄さや短さからすれば、秋の日差しの表現とも考えられる。橋はかつて人が存在したことを示しつつ、断片的であることと人影がないこととで、画面に静けさが湛えられている。人の有無に拘わらず、雲は流れ行き、噴煙は立ち上り続ける。
《茫々 #1》(380mm×380mm)には、下段(前景)左側に3つの窓を持つ家とその隣に生える草花、中段(中景)右側に浮かぶ雲とが灰緑の地に表され、上段(後景)左側に3つのアーチを持つ橋とそれに覆い被さるような雲とが黄の背景に描かれている。《テレストリアル #1》の山と噴煙の代わりに、家と植物、そして大きな雲とが山とが描かれているが、両者のモティーフは似通っている。室内の中に家や墳丘状の土地などを配した《窓 #2》(180mm×190mm)に通じる、モティーフのサイズや配置の不均衡が妙味である。
6枚のモノクロームの画面を横に繋いだ《無辺―驟雨・流離・憧憬ー》(395mm×3150mm)に描かれた3艘の舟(一艘の舟の異時同図)を始め、《泊地にて #6》(750mm×1050mm)、《帰港路 #8》(750mm×1050mm)、《帰航路 #9》(380mm×380mm)、など、多くの作品には舟が表されている。それらの舟には扇形の密集した模様の墳丘状の土地や煙突、家など、作品に繰り返し登場するモティーフが載せられている。繰り返しは、版画の複数性のみならず、音楽の再現性を連想させる。記号化したモティーフは音符であり、その構成(composizione)はすなわち作曲(composizione)なのだ。作品の舞台となる河、海、土地など茫々とした場は時間ないしその流れであり、音符が乗る「五線譜」であろう。あるいは、響き続けるドローンであるかもしれない。舟に乗り画中を行けば、植物や雨は音符に、橋はスラーに、土地の扇形の模様はフェルマータに見えてくる。空気を振動させることなく奏でられる音楽を表す、一種の図形楽譜として作品を楽しむのも一興だろう。