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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 ファビアン・クネヒト、田村友一郎、ラウル・ワルヒ三人展『suspense』

展覧会『ファビアン・クネヒト、田村友一郎、ラウル・ワルヒ三人展「suspense」』を鑑賞しての備忘録
ユカ・ツルノ・ギャラリーにて、2020年3月7日~4月4日。※4月3日までに会期短縮。

ファビアン・クネヒト、田村友一郎、ラウル・ワルヒの三人展。

ギャラリーの外から鑑賞できるファビアン・クネヒトの映像作品《Genitiv》では、PCや電話が置かれた事務机のある部屋の木立を臨む窓に男がゆっくりと落下する姿が映し出される。サスペンス・ドラマのようなイメージが、この展覧会のタイトルを象徴的に表す。窓枠や木立の奥のクレーンがつくる十字や、縦長の窓や画面は墜落(=死)を描くのにふさわしい舞台装置となっている。だが男の落下のスピードは遅い上、その姿勢には微塵の変化もない。男の静止画像が移動しているという印象を鑑賞者に与え、サスペンスがもたらす不安感が意図的に排除されている。サスペンスが(クレーンの存在も相俟って)あくまでも「虚構の(der erfindung)」産物であり、「作者の(des verfassers)」支配下ないし影響下にある(ドイツ語のgenitiv=属格のニュアンス?)ことを訴えるようだ。

ラウル・ワルヒの《Eureka》は吹き上がった水が空中で一時停止(suspend)した瞬間を捉えた写真。同じくワルヒの《Cause & Effect》は、凧を用いたモビール作品で、地上から引っ張られるはずの凧が天井から吊さ(suspend)れているという因果の逆転を表す先品。

田村友一郎の《suspense》は、"suspense"と"サスペンス"という文字とを白く染め抜いた藍染めの暖簾らしきもの(を撮影した作品)。「suspense」展の開催を示すバナーの役割をも担いつつ、暖簾をくぐった先の闇に広がるサスペンスへと鑑賞者を誘う。また、suspenseの動詞形suspendは「ぶら下げる」ことであり、暖簾の自己言及も含意しよう。ルネ・マグリットがパイプの絵に「これはパイプではない」と記した《イメージの裏切り》と対照すれば、イメージは裏切らないとのメッセージとも受け取れる。susupendは「見合わせる」ことでもあるが、新型コロナウィルス感染への懸念から多くのイヴェントが中止や延期を余儀なくされている現在に奇しくも符合してしまった。延期された(suspended)国際的スポーツイヴェントが、当初掲げた理念を忘れ、予算を超過し、空間を拡大し、時間さえ歪める、「裏切りのイメージ」の複合体であるのとコントラストをなすだろう。もとい、あのイヴェントのエンブレムは、コロナウィルスの形と偶然としても出来過ぎの函蓋ではなかったか。やはりイメージは裏切らないと言えようか。