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芸術鑑賞の備忘録

映画『今宵、212号室で』

映画『今宵、212号室で』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス・ルクセンブルク・ベルギー合作映画。87分。
監督・脚本は、クリストフ・オノレ(Christophe Honoré)。
撮影は、レミー・シェブラン(Rémy Chevrin)。
編集は、シャンタル・イマン(Chantal Hymans)。
原題は、"Chambre 212"。

マリア・モルトマル(Chiara Mastroianni)は訴訟の歴史を研究する大学教授。教え子のアスドルバル・エレクトラ(Harrison Arevalo)の部屋で情事に耽っていたところ、彼の恋人(Clara Choï)が訪ねてきたため、カーテンに身を潜める羽目に。二人が延々と揉めているのに嫌気が差したマリアは潮時だと姿を現し、彼に関係を断つことを告げる。去り際に、自分の方が頻繁に彼と関係を持っていると自慢したマリアは、恋人から思いっきり足を蹴られるのだった。住まいに向かう道でもいい男につい目が向いてしまうマリア。家では夫のリシャール・ヴァリメール(Benjamin Biolay)が夕食を準備している。冬にもかかわらず帰宅してすぐシャワーを使うマリアに疑念を感じるリシャール。マリアの衣類を洗濯機に入れようとして、スマートフォンを取り出したところ、着信したテキスト・メッセージが目に入る。「A」なる人物から「すごく感謝しています。あなたを抱ける冬は僕の人生にとって最良のものです。」や「あなたを抱けなくなる春なんてありえない。」など。リシャールはコーヒーを用意して、落ち着いて話を切り出すきっかけを探る。だが、マリアは本棚の本の整理の仕方に文句をつけるなど、不倫の件を話題にする様子はない。遂にリシャールがテキスト・メッセージの件を切り出すが、マリアは「火遊び」は夫婦関係を長続きさせるためには必要だと強弁し、リシャールにも身に覚えがあるだろうと迫る。だが、リシャールは結婚以来浮気をしたことがないと言って自分の部屋に籠もってしまう。マリアは向かいのホテル「レノックス」に向かい、212号室に宿泊する。音楽が流れる寝室の扉を開けると、ベッドの上にはラジカセを脇に25歳のリシャール(Vincent Lacoste)がタバコを吸っているのだった。

マリアが男性に対して目がなく、積極的。「25歳のリシャール」が現れると、向かいに「現在(45歳)のリシャール」がいるにも拘わらず、早速彼と関係をもってしまう、というように(同じ「夫」なのだから問題はないという理屈だろう)。捌けていて潔い性格も含め、冒頭の教え子の部屋のシーンから、一人歩いて帰っていく姿を追うオープニングクレジットでマリアのキャラクターが明確に打ち出されている。それに対し、リシャールはマリアに対して一途な愛を捧げている。マリアの浮気の発覚と「失踪」に煩悶している点も、部屋に籠もる態度・様子で表現され、マリアとは対照的なキャラクターが強調されている。
多数の女性と付き合う男性と、多数の男性と付き合う女性とでは、(少なくとも日本では)かつては前者よりも後者にネガティヴな評価が与えられていたように思う。男女を同様に評価しようという姿勢が良い。なお、不倫の是非自体は夫婦間の問題だろう(文学が扱い続けてきた問題でもある)。
映画というより舞台を見ているような印象を受ける。同一人物の別の年齢のキャラクターを同時に登場させることや、何よりも、アパルトマンの自室を見せつつ、ホテルの221号室でドタバタ劇が展開するという空間の同時存在が大きいのだろう。
マリアの「意志」が、シャルル・アズナヴールもどきで擬人化(Stéphane Roger)されているのがフランスっぽい(???)。
原題の"Chambre 212"は、"Article 212"の由来。フランス民法212条は「配偶者双方の権利義務」に関する条項の1つ。「配偶者は相互に尊重し合い、貞操を守り、扶助・救助し合わなければならない(Les époux se doivent mutuellement respect, fidélité, secours, assistance.)」とされている(secoursとassistanceとで何が異なるのだろうか?)。日本民法では、752条「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」や、離婚原因を定めた770条1項1号「配偶者に不貞な行為があったとき。」がこれに相当する。