可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

本 オーウェル『動物農場』

ジョージ・オーウェル動物農場〔新訳版〕』〔ハヤカワepi文庫epi87〕早川書房(2017)を読了しての備忘録
George Orwell, 1945, "Animal Farm"
山形浩生
本編の他、「報道の自由:『動物農場』序文案」(1945)と「『動物農場ウクライナ語版への序文」を所収。

ジョーンズの経営するメイナー農場。家畜たちの間で尊敬を集めるブタの老メイジャーは、死期を悟り、後事を託すべく、皆の前で演説を行う。イギリスの動物たちは恵まれた風土に生を受けながら人間に隷属するがゆえに飢餓と過重労働とに苦しんでいる。しかも天寿を全うすることもままならず解体の憂き目に遭う。邪悪の根源である人間の圧政を転覆させるべく、何世代にわたってでも闘争を続けよう。二本足で立つ者はすべて敵だ。四本足で立つ者や翼を持つ者は友だ。動物はすべて兄弟であり、あらゆる動物は平等だ。そして、老メイジャーがかつて歌い継がれてきた『イギリスの獣たち』を歌いあげると、感動した動物たちは繰り返しこの歌を唱和するのだった。程なく老メイジャーは世を去るが、彼の話に感化された動物たちは反逆に向けた活動を開始する。中心になったのはブタのスノーボールとナポレオン、そしてスクウィーラー。老メイジャーの教えを「動物主義」として体系化し、他の動物たちに教え込んでいった。3ヶ月ほど経ったある日、エサを与えられなかった動物たちは我慢しきれず倉庫を襲撃する。それに気が付いたジョーンズと使用人たちが動物たちに鞭を振るったことをきっかけに、動物たちは一斉に人間たちに襲いかかった。動物たちの予想外の行動に肝を冷やしたジョーンズたちは農場から逃げ出し、動物たちは思いがけず圧政の転覆を実現させてしまうのだった。スノーボールは、門に掲げられた看板の文字を「動物農場」に書き換えるとともに、「動物主義」を表す7つの戒律を納屋の外壁に書き出した。

ロシア革命とその後のスターリン体制を題材にした寓話。
スノーボール(トロッキーをモデルとしている)との権力闘争に勝利したナポレオン(スターリンをモデルとしている)があらゆる災禍をスノーボールの責に帰し、七戒を自らの都合の良いものに書き換えていく。スクウィーラーを使って自らの立場を宣伝するとともに、ヒツジの鳴き声や飼い慣らしたイヌの威嚇によって反対意見を封じる。ナポレオンのやり方に疑念を抱きつつ現状を黙認してしまう動物たちの状況はどんどん悪化してしまう。
報道の自由:『動物農場』序文案」(1945)において、イギリスでは「スターリンは神聖不可侵で、その政策の多くの側面は真面目に議論していけない」というルールが「1941年以来ほとんど普遍的に遵守されて」おり、「1936年から38年の粛正における果てしない処刑について、生涯にわたる死刑反対論者たちが絶賛したし、インドでの飢餓は公表しても、それがウクライナで起きたら隠すのが同じく適切なことだと考えられた」と指摘する。スターリンが惹き起した人工飢饉「ホロドモール(Голодомо́р)」を扱った映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(2019)において、ジョージ・オーウェルの執筆シーンなどが織り込まれているのは、このような事情を踏まえてのことだろう。また、ジョージ・オーウェルがイギリス国内の暗黙のルールに抗し得た理由は、スペイン内戦にPOUM民兵(トロッキスト派)として従軍した結果トロッキスト狩りにあった経験にあったことが、「『動物農場ウクライナ語版への序文」から分かる。

 この『動物農場』を読んで、多くの人はそれが高圧的な独裁者(ブタ)たちに対する批判であり、動物たちはそれに翻弄されるだけのかわいそうな集団だと思っている。でも実は必ずしもそれだけではないのだ。オーウェルは、そnラジオドラマ課に際してのインタビューでこう発言している。
「このお話の教訓は、革命が大きな改善を実現するのは、大衆が目を開いて、指導者たちが仕事を終えたらそいつらをきちんと始末する方法を理解しているだけだ、というものです」。
 そしてこれに続いてオーウェルは、本書の転回点がブタによるリンゴとミルクの独占〔引用者補記:第3章後半〕なのだ、と語る。それを強調するべく、かれはラジオ脚本において、ブタたちの独占に戸惑いつつも、文句も言わず何もしようとしない動物たちの姿を加筆しようとしたこと〔引用者補記:ブタがリンゴとミルクを独占すると宣言したときのウシやウマたちの戸惑いの台詞の追加案はラジオ局のプロデューサーによってカットされた〕はさっき述べた。不正をきちんと糾弾しないことで、話は下り坂に向かい始めるのだ。
 つまりここで批判されているのは、独裁者や支配階層たちだけではない。不当な仕打ちをうけてもそれに甘んじる動物たちのほうでもある。その後も、何かおかしいと思って声をあげようとするけれど、ヒツジたちの大声に負けて何も言えない動物たちの姿は何でも描かれる。最初からすべてを見通してシニカルにふるまうロバのベンジャミンは、やろうと思えば他の動物たちに真実を伝え、事態を変えられたのに、冷笑的な態度に終始したために結局友だちさえも救えない。そうした動物たちの弱腰、抗議もせず発言しようとしない無力ぶりこそが、権力の横暴を招き、スターリンをはじめ独裁者を――帝国主義の下だろうと社会主義の下だろうと〔引用者補記:「民主主義の下だろうと」と付け加えるべき〕――容認してしまうことなのだ。(ジョージ・オーウェル山形浩生〕『動物農場〔新訳版〕』〔ハヤカワepi文庫〕/早川書房/2017年/p.203-204〔訳者あとがき〕)