可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『BLUE ブルー』

映画『BLUE ブルー』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。107分。
監督・脚本・殺障指導は、𠮷田恵輔。
撮影は、志田貴之。
編集は、清野英樹。

 

プロボクサーの瓜田(松山ケンイチ)が控室で会長(よこやまよしひろ)にバンテージを巻いてもらっている。そこへ小川(東出昌大)が顔を出す。ウォーミングアップをしろと会長がどやすのにも構わず、変なのが送られてきたと、小川は瓜田にスマートフォンを見せる。何なんだ? 会長には見せませんよ。小川は俺がやりますよと会長に代わって瓜田のバンテージを巻き始める。会長に先導されて、瓜田はリングに上がる。瓜田は倒される。客席の千佳(木村文乃)のもとへ瓜田が顔を出す。かっこよかったよと声をかける千佳。負けるのには慣れてるからさ。ボクシングであんな派手な倒れ方、なかなか見られないから、ラッキーだよ。瓜田の後輩で、千佳の恋人である小川のチャンピオンの座をかけた試合が始まろうとしていた。
楢崎(柄本時生)はアルバイト先のゲームセンターで、好意を抱く後輩(吉永アユリ)から喫煙をしている未成年に注意するよう頼まれる。身分証を見せてもらえるかな。何で俺にだけ身分証を求めるんだよ、隣のおっさんには求めたのかよ、差別だろ。結局、店の裏で殴られたり蹴られたりする羽目に。手疵を負った楢崎が後輩から手当を受けてデレデレしていると、モデル経験者だという同僚(長瀬絹也)から、「中学生」にボコボコにされたんですかとからかわれる。楢崎が手を出せない理由があるんだと言い訳すると、ボクサーって素人に手を出せないんですよね、と後輩。そ、そうだよ、スパークリングやってるからね、僕は。それを言うならスパーリングでしょ、とモデル。
楢崎はボクシングジムの門を叩く。瓜田が、電話をくれた方ですね、と丁寧に対応する。まずはロープから、3分間です。あの、それ、キツいやつですよね。僕、ボクサ―目指してるんじゃなくて、ボクサーっぽく見られたいんです。ボクサーみたいな打ち方教えてもらえませんか? そんな楢崎の希望をはねつけることなく、瓜田は、ジャブの指導を始める。左利きですね。サウスポンです。……はあ。瓜田がシュッという声とともにパンチを繰り出してみせる。楢崎も拳を突き出すと、その後を追うようにシュッと声を発する。……声はなくても大丈夫です。一通り練習を終えた楢崎は自分が強くなった気がするという。気が早いですね。まあ、前向きな気持ちは大切です。ジムを後にした楢崎は、近くの飲み物の自販機に向かうと、パンチを繰り出すようにボタンを押す。

 

勝てないながらもボクシングを心底愛するプロボクサーの瓜田(松山ケンイチ)の姿を描く。
瓜田はボクシングに対して人一倍の情熱を持ち、基本に忠実に真面目に練習を重ねる。それでも勝てない。ボクササイズに来ている女性からは見切りを付けて働いた方がいいと言われ、後輩からは勝てない人に指導を受けたくないと貶される。周囲の声を柳に風と受け流しつつ、後輩たちの指導やアドヴァイスを丁寧に行いながら、自らの練習に取り組む。
職場の同僚にモテようとボクサーっぽく見られようとジムの門を叩いた楢崎(柄本時生)は、瓜田の指導の下、素質を開花させ、先輩よりも先にプロテストに合格する。勝負の世界における、素質や才能の力を際立たせている。
ボクシングや思いを寄せる女性への熱い気持ちを胸の底にしまい、人当たりの良い温厚なボクサーを松山ケンイチが魅力的に演じている。とりわけ瓜田が自宅などで一人でいるシーンは、浮かび上がった思いを必死に沈澱させようとする、彼の孤独な闘いの場面として印象づけられた。
東出昌大は「ヒーロー」を演じて説得力があり、柄本時生が軽い後輩としてコメディの要素を作品に溶け込ませつつ先輩に感化されていくキャラクターを好演。木村文乃は愛らしさを存分に発揮して主人公が思いを断ちがたいヒロインを体現した。負けん気が強く自己流を貫く洞口役の守谷周徒も印象に残る。会長のよこやまよしひろは、もはやどこぞのジムの会長にしか見えない。
スパーリングや試合など、本当に打ち合っているようで、ボクシングがかなりリアルに描いているとの印象を受けた。ボクシングをまるで知らない者にとっては、瓜田と小川が、小川の部屋でタイトル戦の研究をしているときの殺陣でさえ、実際に殴ってしまわないのかとハラハラさせられた。
とりわけ瓜田をシルエットのように映し出す最後の場面は、監督の瓜田に対する温かい眼差しが感じられる(なお、手持ちの撮影による人の目が作品の随所で活かされている)。結果や評価が得られなくとも、好きなもの(例えば、映画)に対して直向きに打ち込んでいる人への強い共感こそが描かれる作品である。