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芸術鑑賞の備忘録

映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』

映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス・ベルギー合作映画。118分。
監督・原案は、ユーゴ・ジェラン(Hugo Gélin)。
脚本は、ユーゴ・ジェラン(Hugo Gélin)、イゴール・ゴーツマン(Igor Gotesman)、バンジャマン・パラン(Benjamin Parent)。
撮影は、ニコラ・マサール(Nicolas Massart)。
編集は、ビルジニ・ブリュアン(Virginie Bruant)。
原題は、"Mon inconnue"。

 

雪に覆われたパリに人気は無く、静寂に包まれている。凍結したセーヌ川の河岸を、装甲した部隊の追跡から逃れようと、ゾルタン(François Civil)が必死に走っている。廃墟に逃げ込んだゾルタンは包囲され捕まってしまう。追っ手のリーダー(Samir Boitard)はゾルタンの首に注射器のようなもので薬液を注入し始める。近くに潜んでいる仲間のグンパー(Benjamin Lavernhe)が、ゾルタンに何かを訴えている。万年筆のカートリッジ?
ラフェエル(François Civil)が目を覚ます。フェリックス(Benjamin Lavernhe)が起きるように注意を促していた。国語教師(Samir Boitard)がラファエルの机に来て、ラファエルが小説を書いたノートを取り上げる。文学者気取りか。ノートに書き付けられた一節を音読すると、君はここに書かれているような成功には縁遠いようだがねと嫌みを言う。ラファエルは机に戻されたノートを手にすると席を立って出ていこうとする。ちょうど終業のベルが鳴った。フェリックスが慌てて付いてくる。試験勉強しないと本当に卒業が危なくなるぞ。小説の方がずっと大事。なら読ませてくれよ。未完成なんだ。そう言い続けてもう3年だぜ。2人は中庭で卓球を始める。ラファエルのサーブした玉をフェリックスがスマッシュで打ち返す。
すっかり暗くなった校舎では、生徒たちに下校を促す声が響いている。ロッカーの荷物を取り出していたラファエルは、建物から流れてくるピアノの調べに引きつけられる。音を辿って階段を上り、音の漏れてくる部屋の扉を開ける。雑多な物が無造作に置かれた中に1台のピアノがあり、眼鏡を掛けた女の子(Joséphine Japy)が1人ピアノを弾いていた。気配に気付いて振り返った彼女はラファエルがいることに驚く。彼女は演奏を評価するようラファエルに求める。なかなかだよ。私は完璧を求めてるの。彼の傍をすり抜けるように部屋を出ていく彼女をよけようとして、ラファエルは背後にあった石膏像を倒し、警報装置を作動させてしまう。警報ベルが鳴り響く。来て。彼女の後に従ってラファエルは校舎を駆け抜ける。1階に降りたが門は既に閉まっていた。こっちよ。彼女は教室に入っていく。窓を開けた彼女に促され、2人は窓から飛び降りる。逃げ出すことに成功した2人は通りに出る。ラフェエルが名乗ると、彼女はオリヴィアだと教えてくれた。緊張が切れたのと疲労のため、ベンチに腰を下ろすと2人はほぼ同時に気を失い、重ねるように倒れ込む。
2人が同時に気を失うってそんなことあるのか、どんな確率だよ? フェリックスとラファエルが校庭のベンチで、オリヴィアとの出会いを話題にしていると、オリヴィアが姿を表す。彼女だ。ラファエルはフェリックスを立ち去らせて、オリヴィアと話し始める。大切なノートを無くしちゃって参ってるんだ。私もお気に入りのペンをなくしたわ。ノートより書いてた物語がさ…。良かったわよ。ゾルタン、すごく気に入った。えっ、本当に。オリヴィアはラファエルにバッグから取り出したノートを手渡す。ありがとう、君は救世主だよ! …あれ? …ってことは読んじゃったの? お互い様じゃない? でもまだ完成してないからさ、書き直しが必要なんだ。どんな風になるのか気になるわ。本当に? ええ。ゾルタンって女好きじゃない? よく知りもしない子にキスしたり。あなたもそうなの? 実際の僕ってこと? 違うよ、設定上そうなってるだけだよ。そう。それじゃ、行くね。ああ、それじゃ。別れの挨拶に頬を合わせる2人。待って、君が言った、作品と現実との関係を考えちゃうんだ。実際、僕らキスしたよね? ええ、でも私が読んで思ったのはこうよ。オリヴィアはラファエルの唇に自らの唇を重ね合わせる。

 

高校時代に巡り会った小説家志望のラフェエル(François Civil)とピアニスト志望のオリヴィア(Joséphine Japy)の恋の行方。

以下、冒頭で紹介した物語以外、結末に関する事柄についても言及する。
ラフェエル(François Civil)とオリヴィア(Joséphine Japy)は、小説家とピアニストという、それぞれの夢を実現するために励まし合いながら愛を育み、結婚する。オリヴィアはコンクールでの勝利を重ねていくが、プロミュージシャンになる道は開けない。それに対し、ラファエルのSF小説ゾルタン」は大ヒットとなり、シリーズ化される。ラファエルの成功により暮らし向きの良くなった2人は大きな部屋に転居し、オリヴィアはピアノ講師となる。ラファエルは執筆だけでなく、サイン会やテレビ出演などで多忙を極め、2人の生活は次第にすれ違うようになり、結婚生活は破綻しようとしていた。
ラファエルのSF小説ゾルタン」シリーズは、「ゾルタンとシャドウ」が第一作。ゾルタンがラファエルを、オリヴィアがシャドウをイメージしている。2人の交際がスタートするときに話題にされているように、小説と現実の2人とが重ねあわされているのだ。2人の破局が決定的になるのは、「ゾルタン」シリーズ最新作の結末で、シャドウが殺され、救世主がゾルタン1人になると、ラファエルが記したためである。
交際開始早々から結婚生活への流れがミュージックビデオのように映し出される。辺り構わず至る処でキスを交わすなど、はしゃぐ2人の姿が印象づけられる。青春の日々の甘酸っぱさがよく伝わってくる。そして、向かい合っていた2人が、いつしか別々の方向を見ていることが、転居の辺りから徐々に示されていく。いつしか、2人は顔を合わすこともなくなって、寒々しい関係となってしまう。
ラファエルがオリヴィアに対し自分に対する愛情をもはや感じていないのか尋ねると、分からないと返答される。失意のラファエルは家を飛び出し、バーで1人酒を飲む。痛飲した翌朝、目を覚ますと、よく似てはいるが、今までとは違う世界の中にいる自分に気が付く。一種の並行世界のラファエルは国語教師であり、他方、ラファエルとは赤の他人(但し、高校は同じ)であるオリヴィアはピアニストとして成功していた。
分かってもらえる、あるいは分かってくれてもいいじゃないかという甘えがすれ違いを大きくしていく。
ランチの宅配のサンドラ(Sonia Nini)とか、体育館ですれ違うエリザ(Alexandrina Turcan)とか、それこそ"Love at First Sight"な面々に反応しないのは、ラファエルがオリヴィアのことだけを考えているということを表現するためだ。
並行世界はどんなに似ているように見えても別世界である。並行世界を描くというSF仕立てで、失われた関係に対する訣別をこそ描いている。楽屋に書き残したメッセージと、書き直した小説の廃棄とが、その象徴である。ピアニストのオリヴィアとの愛は、過去と訣別できたラファエルが、新たな愛を育むことができるとのメッセージになっている。
原題のMon inconnue"は、直訳すれば「私の、知らない人」。おそらく作品のタイトルのためにつくられた言葉だろうが、深い付き合いでよく分かっていると思っていた相手のことをまるで理解していなかったことに気付いた衝撃のようなものをよく表している。邦題は、原題ではなく、英題の"Love at Second Sight"を元にしている。「一目惚れ」ならぬ「二目惚れ」、すなわち、別の世界に転生して惚れ直すということだろう。
可愛らしさと美しさを併せ持つ、オリヴィア役のJoséphine Japyが素晴らしい。とりわけ愛らしい笑顔が印象に残る。