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芸術鑑賞の備忘録

映画『レリック-遺物-』

映画『レリック-遺物-』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のオーストラリア・アメリカ合作映画。89分。
監督は、ナタリー・エリカ・ジェームズ(Natalie Erika James)。
脚本は、ナタリー・エリカ・ジェームズ(Natalie Erika James)とクリスチャン・ホワイト(Christian White)。
撮影は、チャーリー・サロフ(Charlie Sarroff)。
編集は、デニス・ハラツィス(Denise Haratzis)とショーン・レイヒフ(Sean Lahiff)。
原題は、"Relic"。

 

窓辺に置かれた色取り取りの電球が闇の中で明滅を繰り返し、蝋燭や壺などの影が浮かび上がる。蛇口が開きっぱなしになっていて、バスタブから湯が溢れ出す。浴室の扉の下から漏れ出した水は、廊下を伝い階段へ、さらに階下へと流れ落ちていく。1階の床に達した水が広がっていく。その近くには老齢の女性の素足がある。クリスマス・ツリーが電飾で光る真っ暗な部屋の前に、バスタオルで前を覆った老女が立ち尽くしていた。
助手席に娘のサム(Bella Heathcote)を乗せ、ケイ(Emily Mortimer)が実家へ向けて車を走らせている。ケイの電話に警察からのメッセージが残されていた。隣人の方から通報がありまして、ここ1週間ほど、あなたのお母様のエドナ(Robyn Nevin)さんの姿を見かけていないということなんです。
車が実家に到着する。明かりはついておらず、八角形のステンドグラスが付いた特徴的な玄関ドアには鍵がかかっている。サムが飼い犬のために作られた小さな入り口から中に入り、玄関を開ける。室内に人気は無く、ダイニング・テーブルの皿の果物は傷んでいた。声を掛けながら家の中を巡る2人は、2階に上がってエドナの寝室へ。サムが入ろうとするのを制して、ケイが扉を開ける。ベッドのシーツが盛り上がっている。シーツを外すが、母の姿は無かった。ケイは警察署に向かい、連絡をくれた警察官アドラー(Steve Rodgers)に、母が不在であったことを報告する。捜索にあたっては、時系列を整理することが重要です。最後にお母様と連絡を取られたのはいつですか? …仕事が忙しくて…数週間前になるでしょうか…。家に残ったサムは物置として使われている部屋に入り、シーツなどがあることを確認する。物音に誘われて探った場所には、壁に黒いカビのような汚れが広がっていた。帰宅したケイが食事の用意をしながらサムに訪ねる。休暇は取れたの? まあね、というか、実は、ギャラリーは辞めた。大学に戻るつもり? 前にいたバーで働いてる。一生バーにいるつもりなの? …でも来てくれて良かったわ、1人じゃ不安だったから。翌朝、警察や付近の住人とともに周辺に広がる林を捜索したが、エドナは見つからなかった。家の中には様々なものが置かれ、メモを記したの付箋があちこちに貼られている。時折人が立てるような大きな物音がする家の中を、ケイとサムが片付けて回る。夜、サムがバルコニーで煙草を吸っていると、近所に住むダウン症のジェイミー(Chris Bunton)が姿を現す。近所をパトロールをしていたという。まだ少年だと思っていたジェイミーから煙草をせがまれ驚くサム。もう18歳だと告げるジェイミーは、父親(Jeremy Stanford)から近づくなと言われて以来、エドナの家に寄りついていないらしい。ケイがピアノを弾いていると、サムが鍵盤が違うと指摘する。何故知っているのか訪ねると、かつてエドナに習ったという。ケイは上手く手を丸めて弾けずにピアノを諦めたことを思い出す。就寝したケイは、かつて敷地にあった曾祖父の小屋の夢を見る。悪夢にうなされベッドから落ちたケイは、薬罐のたてる高い音を聞く。台所に向かうと、そこには紅茶の用意をするエドナの姿があった。

 

一人暮らしをしている高齢のエドナ(Robyn Nevin)の姿を1週間ほど見ていないとの連絡を警察から受けた娘のケイ(Emily Mortimer)は、自身の娘であるサム(Bella Heathcote)とともに実家を訪ねる。鍵のかかった家にエドナの姿は無く、警察や近隣住民の協力を得て付近を探したが見つからなかった。再び捜索することになったが、翌朝、エドナは台所に忽然と姿を現した。

以下、冒頭以外の内容についても触れる。

高齢のエドナ(Robyn Nevin)に認知症の症状が現れ、記憶が斑になっている。記憶の喪失に直面する、認知症者の恐怖こそがホラーとして描かれている。例えば、エドナは自身の結婚指輪を必要なくなったからと孫娘のサム(Bella Heathcote)に譲る。だが、そのやりとりを覚えていないエドナは、サムに自分の指輪を盗られたと思い、もはやサムはかつてのサムではない、別人だと恐れる。エドナの家とそこにあるたくさんの品々は、エドナないしエドナの記憶を具現化したものと言える。黒いカビのような汚れの広がりは、記憶が蝕まれていく様を表現している。エドナが大切にとっていた家族の思い出の品々を自ら捨てるのは、エドナの中から記憶が失われていくことを象徴するとともに、記憶の容量を増やそうという潜在的な願望の現れでもある。他方、認知症の家族に接する家族の困惑も描かれる。エドナの家の中で次第に狭まっていく空間に閉じ込められてしまうサムは、祖母の記憶から自分に関する記憶がどんどん消えてしまうことに対処できずに右往左往するのだ。
冒頭の、階段を流れ落ちていく水は、祖母の世代から母の世代へ、さらにその娘の世代へという継承を表わす。結末では異なった形で表現されることになる。