可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 加藤翼個展『縄張りと島』

展覧会『加藤翼 縄張りと島』を鑑賞しての備忘録
東京オペラシティ アートギャラリーにて、 2021年7月17日~9月20日

加藤翼の個展。1人では決して動かすことのできない構造物にロープを結びつけて引き倒したり、引き起こしたりというプロジェクトを起ち上げ、人々が力を合わせてロープを引っ張り、周囲に居合わせた人々が見詰めたり励ましたりし、「引き倒し」や「引き起こし」が達成されると歓声が挙がる。その様子を記録した映像(《ISEYA Calling》、《F.F.H.(Fukagawa, Future, Humanity)》、《Black Snake》、《Break it Before it's Broken》、《The Lighthouses - 11.3 PROJECT》など)が展示の中核となっている。映像を上映するモニターは、プロジェクトの残骸などを組み上げ、30度程度浮き上がらせる形でロープで引っ張って固定したものなどに設置されている。ロープで結びつけられたミュージシャンたちが互いを引っ張り合わないと自分の楽器を演奏できない状態で国家を演奏する《Woodstock 2017》や《2679》、秘密を書いた紙をシュレッダーにかけた上で綱を綯う「Superstring Secrets」プロジェクトなど「引き倒し」や「引き起こし」以外の作品も併せて紹介されており、加藤翼の活動の全貌を知ることができる。作品の種類や年代による章立ては行われておらず、異なる作品が恰も混ざり合うように展示されている。映像は3秒の作品から10分23秒の作品まで単純計算(同期する複数の画面などを考慮しない)で108分20秒。これに加え、モニターを設置した構造物、写真、模型、ドローイングがあり、さらに「引き起こし」の体験コーナー(?)や、秘密の筆記・投函(「Superstring Secrets」プロジェクト参加)コーナーも設けられている。

《F.F.H.(Fukagawa, Future, Humanity)》(2011)は、作家が所属する「無人島プロダクション」の清澄白河江東区三好)にあった移転前のスペースと同サイズの模型を作り、木場公園で「引き起こし」を行ったもの。展示室内には実際に使用された「模型」の一部を30度ほど引き起こして復元・設置されており、その中に記録映像を上映するモニターが設置されている。「模型」に複設置された3箇所のカメラの映像は、ロープを引っ張る人々の表情や徐々に増える参加者、高度(角度)に応じて姿を変える景色などを捉えている。 トラロープがのたうち、あるいは釘のようなものが弾け飛ぶ瞬間を目の当たりにすると、巨大な構造物のゆったりとした動きの中には見えなかった凄まじい力の作用に気付かされる。
《Break it Before it's Broken》(2015)は、マレーシアのサバ州で、フィリピンのミンダナオ紛争からの避難民とともに、仮設住宅の部材などを組み合わせた構造物の「引き起こし」。ロープを引っ張る人たちの中には、引き起こしに必要な力を得るために機敏に場所を変える者がいる。あるいは、周囲で声援を送る者がいて、バラックから歓声を上げる者がいる。
《The Lighthouses - 11.3 PROJECT》(2011)は、「3.11」の津波で倒された家の部材で作成された灯台のモニュメントを「11.3」に引き起こすプロジェクト。人々がロープを引くことで次第に立ち上がっていく「灯台」。そして、「灯台」に設置されたカメラからの映像は、地面を離れ、周囲の道路を捉え、そして海が見える。こんなに近くに海があったのかとハッとさせられる。
《Black Snake》(2017)は、アメリカ合衆国ノースダコタ州スタンディングロック居留地で、反対運動にも拘わらず建設が進められた石油パイプラインをテーマとしている。パイプラインを表す"Black Snake"をイメージさせる黒いプラスティックシートを張り巡らせたグリッド状の構造物を引き倒すもの。蛇はその形状からも、蛇をモティーフとする結界である「注連縄」からも、縄をイメージさせずにはおかない。《Underground Orchestra》(2017)は、同地のプレーリードッグの巣穴に鈴を設置して、パイプライン建設で生息地を奪われた生き物の「声なき声」を響かせるもの。プレーリードッグは「縄張り」意識の強い動物だという。
「Superstring Secrets」プロジェクト(2020-)は、シュレッダーにかけて裁断された秘密を書いた紙片を縄に綯うもの。香港の地下歩道や東京の陸上競技施設を舞台に、紙の束を持ち込み縄に綯っていくのは、ヘルメットに取り付けられた棒によって一定の距離を保つことを強いられた人々である。秘密を抱える人物は不詳のまま(秘密の内容については、動画の形で別途スキャンされており、読むことができる)、秘密自体が量塊として姿を表すように、互いの存在を認識しながら、その詳細は知らないまま、同じ目的のために連帯することの可能性を探っている。裁断された紙がつくる太い縄は注連縄を連想させる。注連縄がモティーフとする蛇(serpent)が、"Superstring Secrets"の文字列に隠れている。なお、《Superstring Secrets: Tokyo》の作品の裏には、秘密を記載・投書できるブースが設けられている。
《Can You Hear Me?》(2015)は、シアトル、ボストン、クアラルンプール、メキシコシティの路上に立つアーティストが互いに通話しながら、的となるカメラに向かって離れた位置から小石を投げる様子を捉えた映像作品。縦に置いたスマートフォンを4台並べてそれぞれの姿を映し出している。《Listen to the Same Wall》(2015)は、高さ10メートルの壁に隔てられ、互いの姿も音も感知できない状況で演奏する3人のミュージシャンを真上から捉えた映像。両者は孤立した(=isolated)アーティストを扱っている点で共通する。"isolated"は「島」を意味するラテン語"insula"を語源とする。ところで、ロープで結びつけられたミュージシャンたちが互いを引っ張り合わないと自分の楽器を演奏できない状態で、アメリカ国歌「星条旗(The Star-Spangled Banner)」を演奏する《Woodstock 2017》(2017)や、「君が代」を演奏する《2679》(2019)は、国境という縄張り=シマ(島)の中で限られたパイを奪い合う状況を揶揄するようにも見受けられる。これらの作品を踏まえて《Can You Hear Me?》や《Listen to the Same Wall》を見ると、縄張り=シマ(島)の枠組みを超えて、孤立した(=isolated)者同士の連帯を模索することを作家は促すようである。
大規模な個展において、ジャンルあるいは制作時期による章立てが行われないのは珍しいが、それが可能なのは作家のスタイルや問題意識がブレていないからであろう。