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芸術鑑賞の備忘録

映画『テーラー 人生の仕立て屋』

映画『テーラー 人生の仕立て屋』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のギリシャ・ドイツ・ベルギー合作映画。101分。
監督は、ソニア・リザ・ケンターマン(Σόνια Λίζα Κέντετμαν)。
脚本は、ソニア・リザ・ケンターマン(Σόνια Λίζα Κέντετμαν)とトレイシー・サンダーランド(Tracy Sunderland)。
撮影は、ジョージ・ミヘリス(Γιώργος Μιχελής)。
編集は、ディミトリス・ペポニス(Δημήτρης Πεπονής)。
原題は、"Ράφτης"。

 

ニコス(Δημήτρης Ημελλος)は誂えたスーツに身を包むと、階下の売り場に向かう。アテネにある紳士向けの注文服店。50歳になるニコスが、父タナシス(Θανάσης Παπαγεωργίου)とともに長年営んできた。使い慣れた足踏みミシンの踏板を踏むように、ニコスは開店準備を粛々と進めていく。ショーウィンドウ越しに見える往来に人の姿はほとんど無く、まして店に入ってくる客などない。手持ち無沙汰な様子のニコスは、カウンターに毛ばたきをかけるくらいしかすることがない。ニコスは店の2階の作業場に住み込んでいる。夕食の際、テーブルに利用した台に溝があるのが気になったニコスは、すぐさま適当な布を裁断し、テーブルクロスにして敷く。窓の外で光が明滅する。隣のアパートで暮らす少女ヴィクトリア(Δάφνη Μιχοπούλου)の仕業だ。彼女は自分の部屋のベランダの手摺りとニコスの窓の手摺りとを紐で結んで、船の形に折った紙に書いたたわいのない「注文」をよくニコスに寄越した。高齢の父が店に顔を出すと、ニコスは型紙の処分を提案する。鬼籍に入った顧客のものばかりなのだ。ある日、父がスーツを着るのを手伝うと、2人で銀行に向かう。督促状が届いたのだ。エレベーターのない建物の階段を上り、担当者のもとへ。ニコスは銀行員のスーツの左袖に糸のほつれを見付け、父が止めるのも構わず引っ張ってしまう。父はその糸を裁つ。残念ながら返済期限は既に過ぎています。当行としては資産の差し押さえ手続きを進めざるをを得ません。少しでも返済に充てようと、ニコスは台車を押して在庫の布を売りに付合いのある業者に出向くが、廃れたデザインだと言って渋られ、一部を引き取ってもらうだけに終わる。そんな中、父が倒れてしまう。

 

アテネにある紳士向けの注文服店を父タナシス(Θανάσης Παπαγεωργίου)とともに長年営んできたニコス(Δημήτρης Ημελλος)は、店で客を待っていても無駄だと悟り、屋台を拵えて通りに出て、新たな顧客を獲得することを思い立つ。

タナシスは昔ながらの高級紳士服に拘っている。だが新たな顧客を開拓することはできず、赤字続きの店は差し押さえられようとしている。そこで父が倒れたことは、硬直した営業スタイルが行き詰まったことを象徴している。ニコスは店で客が来るのを待つのは意味が無いと悟り、野菜や果物や魚介のように街中に出て注文服を売る方法を試みる。値段の高さや時間がかかることから、なかなか顧客を得ることが叶わない。だが、ウエディングドレスを作って欲しいという依頼が舞い込み、当初は紳士服専門を理由に断ろうとするが、思い切って引き受けることで、活路を開く。紳士服から女性のウェディングドレスへの転換、値段に応じた生地の柔軟な選択。屋台は、凝り固まった発想から自由になったことの象徴である。