可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『恋のいばら』

映画『恋のいばら』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
98分。
監督は、城定秀夫。
原作は、パン・ホーチョン(彭浩翔)監督の映画『ビヨンド・アワ・ケン(公主復仇記)』(2004)。 
脚本は、澤井香織と城定秀夫。
撮影は、渡邊雅紀。
照明は、小川大介。
録音は、山本タカアキ。
美術は、野々垣聡。
装飾は、森公美。
スタイリストは、石原徳子。
ヘアメイクは、MARI。
編集は、淺田茉祐花と早野亮。
音楽は、ゲイリー芦屋
音響効果は、小林孝輔。

 

日が射し込む部屋。白い羽毛が舞い散る。ベッドで眠る富田桃(松本穂香)。桃の手と絡み合うもう1人の手。
図書館。桃が沢山の本を積んだ台車を押して絵本の棚へ。何冊か棚に戻したところで手にした『ねむりひめ』が目に留まる。桃は本を開くと、読み始める。女王はとても美しい女の子を産みました。王様は喜びのあまり宴を催すことにしました。その宴で娘を祝福してもらおうと、王様は魔法使いの女たちを招くことにしました。その国に魔法使いは13人いましたが、王宮には宴の皿が12枚しかありません。魔法使いは1人だけ呼ばれませんでした。宴はそれはそれは華やかに…。桃は声に出して読んでいた。桃が視線を感じて絵本から目を上げる。声が出てると近くにいた人から指摘されるが、桃は自分が音読していることに気付いていない。桃がキョトンとしているので指摘した女性は言っても無駄と諦める。桃が台車を移動させたところへ、湯川健太朗(渡邊圭祐)が現れて手を挙げて挨拶する。桃が笑顔になる。
ステージでは複数のポールダンサーたちによる華やかなショーが行われている。ホールスタッフの真島莉子(玉城ティナ)はスマートフォンを確認して沈鬱な表情を浮かべる。何の連絡も入っていなかった。莉子は男性のホールスタッフから声をかけられる。プライヴェート・ルームにケーキを運んでもらえる? もう上がりなんで…。ご指名だからさ、頼むよ。バースデーケーキを持った莉子がプライヴェート・ルームの扉を開けると、部屋にいた人たちがおめでとうと莉子の誕生日を祝福する。莉子がケーキの蝋燭の火を吹き消すと、皆から健太朗とのキスを促される。恥ずかしがる2人がキスを交わし、喝采を浴びる。健太朗がおめでとうと言って小さな箱を莉子に手渡す。忘れてるかと思った。プレゼントは青い透明な石のペンダント。早速莉子が身に付ける。終わったら家に来ない? 明日撮影でしょ?
ただいまと言う莉子に、おかえりと返す隣の健太朗。彼女がブーツを脱ぐのを健太郎が手伝う。いつも通り靴はお持ち下さい。2人が2階の部屋に上がろうとしたころ、健太郎の祖母トキ(白川和子)が現れる。ここトイレじゃないよ。健太朗は莉子に先に部屋に行くよう促すと、祖母をトイレに連れて行く。
莉子は書棚でRobby Kriegerの写真集"Woman's sadness"を手に取る。彼女はバッグから同じ書籍を取り出す。健太朗が階段を上がってくる音がする。莉子は慌てて健太朗の持っていた方をバッグにしまうと、自分の持ってきた方を手にする。これ見ていい? 気をつけなよ。稀少本だから。莉子が頁を捲っていると、もうダメと言って健太朗が莉子を抱き寄せる。
朝。莉子が服を身に付ける。ペンダントを外して青く透き通った石を日差しに当てる。莉子が家を出ると、健太朗が窓から手を振る。莉子も手を振り返す。莉子は角まで来ると、古紙回収の集積所の雑誌の束の中に、健太朗の部屋から持ち出した写真集を紛れ込ませる。イヤフォンで音楽を聴きながら歩いていると、小川に架かる小さな橋に通りかかる。川岸の歩道には落ちているものを漁っているトキの姿があった。輝くラムネの瓶を見付けて喜んでいる。莉子は橋を渡り、音楽に合わせて踊りながら歩き出す。
ダンススタジオ。鏡に向かって莉子が1人ダンスの練習をしている。
健太朗が祖母の部屋へ。祖母は机の上に雑多なものを並べ、ラムネの瓶からビー玉を取り出そうと奮闘していた。あんまりガラクタ拾って来ないでよ。そう言いながら健太朗は祖母からラムネの瓶を受け取ると、ニッパーを使ってビー玉を取り出してやる。トキはビー玉を手にして喜ぶ。
莉子がダンスをしている。莉子はフラッシュを浴びる。
撮影スタジオ。健太朗がチホ(北向珠夕)の撮影を行っている。突然クライアントがチホに近付くと、マネージャーの確認は取れてるからと肩紐を外して胸を見せるよう言いつける。戸惑うチホ。健太朗が土足で入り込まないよう注意するが、クライアントは引き下がらない。無理ですよ、モデルの目、死んでるんで。健太朗がクライアントに告げる。スタッフに重ねて説得されたクライアントは今日のところはとようやく引き下がる。動揺したチホが健太朗に感謝する。笑って。無理にでも。笑うと元気出るから。
莉子が空いたバスに乗っていると、眼鏡をかけた女が何故か隣に坐って来た。その女は莉子をじっと見詰める。すいません、音漏れしてました? 不審に思った莉子が女に尋ねる。いいえ。それでも女は莉子を見ている。…あの、何か? 真島莉子さんですよね? 富田です、富田桃。健太朗の元カノです。莉子の表情が険しくなる。何の用? 話したいことがあるんです。
茶店。莉子が桃と向かい合わせに坐っている。さっさと話してもらえる、忙しいの。フラれました。桃は健太朗にフラれた時の状況を話し始める。

 

プロのダンサーを目指す真島莉子(玉城ティナ)は、ナイトクラブでホールスタッフとして働きながら、ダンスの練習に励み、オーディションに臨む日々を送っている。誕生日も仕事で、恋人の湯川健太朗(渡邊圭祐)からの連絡も無い。退勤間際にプライヴェートルームにケーキを運ぶと、そこでは莉子の誕生日を祝うパーティーが始まる。健太朗からのサプライズだった。その晩を健太朗の家で過した莉子は、彼の大事にしている稀覯本の写真集を自分の持ち込んだものとすり替える。翌朝、莉子は持ち出した写真集を廃棄する。帰り道で莉子は健太朗の祖母トキ(白川和子)が川岸の遊歩道でガラクタを物色しているのを目撃する。莉子がバスに乗っていると、見知らぬ女性(松本穂香)から真島莉子ですよねと声をかけられる。富田桃と名乗る女性は健太朗の元カノで話したいことがあるという。喫茶店で桃はSNSにアップされた情報から莉子のことを知ったと告げられる。桃は健太朗を取り戻したいと訴えるかと思いきや、彼に撮影された性的な写真を消去するのを手伝って欲しいと言った。

(以下では、全篇の内容について言及する。)

童話の『ねむりひめ(Dornröschen)』(「ねむりひめ」との訳題からグリム版)が重要なモティーフとなっている。王宮で姫の誕生を祝う宴が催されるが魔法使いの女が1人だけ招待されないという部分が映画の冒頭で富田桃によって「朗読」される(自分で気付かないうちに声に出してしまう)。その直後、健太朗が開催する莉子のためのサプライズ・パーティーの場面が描かれる。ねむりひめがパーティーで祝われる莉子であり、招待されない魔法使いが健太朗の元交際相手の桃であるとも解される。
莉子に接触する桃は、健太朗によって撮影された性的な写真の抹消を手伝ってもらいたいと訴える。そのために2人は健太朗のPCのデータを消去するために彼の家への侵入を目論む。健太朗の家が茨で覆われた(侵入の困難な)城であり、そこで眠る姫とは健太朗によって撮影された写真(=女性の肖像、姿態)ということになろうか。それならば時が来て目覚め(公開)させてはならない、眠り続けさせなければならない。
健太朗の家が城であり、そこに侵入し滞在する莉子が姫であるなら、機材を取りに急遽帰宅する健太朗がタイミング良く現れた王子となる。姫は王子によって目覚めさせられるのではない。時が来て自ら覚醒するのである。莉子は健太朗に対して抱いていた幻想から目覚め、同時に自分が誰を愛するのか気が付くことになるだろう。
本作のもう1つの重要なモティーフは、健太朗の祖母トキが熱心にガラクタを集めていることだ。彼女が惹かれるのは、ビー玉のようなキラキラした破片。彼女は日常の中にある、人々が見過ごしてしまう美を理解する者である。また彼女が認知症を患ったある種のアウトサイダーであることから、異なる視座から世界を見通すことで見えてくるものが示唆される。
容姿端麗な健太朗は細やかな気遣いができる。認知症を患った祖母に対しても極めて優しい。同時に複数の女性と交際してしまうのは、惚れっぽい性格であると同時に、彼が祖母から受け継いだ美を見出す能力があるからだろう。そして、美しいものを取って(=撮って)置かずにはいられないのも祖母譲りだ。彼は美的対象にカメラを向けシャッターを切らずにはいられないのだ。なおかつ健太朗は仕事とプライヴェート(の写真)の区別を、美(芸術)かポルノかの基準で使い分けていることが暗示される(PCのディスプレイが2画面なのは作業の必要からと同時に、公私、あるいは芸術かポルノかの「二面性」を表わしていよう)。
莉子と桃(ら)が、健太朗をシェアすることで共存する道は、彼のプライヴェート写真がポルノと認識された時点で断たれてしまったように思える。果たしてそれで良かったのか。芸術かポルノかは客観的な区別が存在するのではなく、受け手によって相対的なものなのだ。なぜなら、芸術はポルノかは両者が異なる性質を有しているからではなく、その性質を共有しているからである。芸術かポルノかという判断自体の妥当性を考えさせることが、この作品の裏テーマであろう。ガラクタの中に見出す輝きは、ポルノの中にある芸術ないし真の美を象徴していたのではなかろうか。