可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『みなに幸あれ』

映画『みなに幸あれ』を鑑賞しての備忘録
2024年製作の日本映画。
89分。
監督・原案・編集は、下津優太。
脚本は、角田ルミ。
撮影は、岩渕隆斗。
照明は、中嶋裕人。
録音は、紙谷英司。
美術は、松本慎太朗。
スタイリストは、上野圭助。
メイクは、木戸友子。
CGは、橘剛史。
音楽は、香田悠真。

 

祖父母の家で両親とともに食卓を囲む孫娘。父親(西田優史)が味噌汁が薄いと不平をもらすと、濃い味付けのものを食べ過ぎだと母(吉村志保)が言う。みんなで食べれば美味しいと祖父(有福正志)。一々大袈裟さと祖母。どう幸せ? 祖母が孫娘に尋ねる。孫娘は黙っているが、母親が幸せだよねと代わりに答える。良かったわね。
祖母と孫娘が縁側で縫い物をする。
夜、川の字で眠る親娘。孫娘は上の階でドスンという物が落ちるような鈍い音を聞く。母親に声をかけて起こそうとするが、トイレなら1人で行けるでしょ、と母親は取り合わずに眠ってしまう。孫娘は一人部屋を出ると、階段を上がり、一番奥の部屋に向かう。扉がわずかに開いていて、老人の呻き声が聞こえる。恐ろしさに孫娘は呼吸が荒くなる。
東京のワンルーム。一人暮らしの孫娘(古川琴音)が自宅のベッドで悪夢にうなされ目を覚ます。
スーケースに荷物を詰めながら孫娘が母親と電話をしている。…え、熱? 大丈夫なの? …切符はもう買ったよ。…一人なら行きたくないかも。
スーツケースを引いて孫娘が横断歩道を渡ろうとしたところ、老女がキャリーカートをうまく押せずに困っていた。孫娘が助けていたところ、眼鏡のサラリーマンがスーツケースを倒して通り過ぎていった。スーツケースに汚れが付いた。真っ白で綺麗だったのに。汚れた方が味が出ますから。ごめんね、年寄りのために犠牲になって。みんなあなたみたいならいいのに。
孫娘が一両編成の電車に乗り、無人駅で降りる。農道をスーツケースを引いて歩いていると、自転車の老人が通りかかる。こんにちわ。大きくなったね。農場で農作業をしている人たちが目に留まる。
祖父母の家に着く。鉄の門を開いて、敷地に入る。孫娘は建物の2階が気になる。玄関でベルを鳴らすと、祖母が出て来る。開いてるよ。こんにちわ。久しぶり。大きくなったね。祖父も出て来る。懐かしい。何も変わってないね。匂いも。臭い? 懐かしいだけ。
居間では孫娘が祖父母と茶を飲む。看護婦なんて凄いわね。今は看護師って言うんだろ。2月の国家試験に受かったらだけどね。お医者さんでも捕まえるか? 気が早いわね。東京は楽しいか? 楽しんでるよ。良かったな。今は幸せ? …幸せ、だよ。そうか、そうか、良かった。
2階の部屋。孫娘は机の上に出ているアルバムを見付け頁を繰る。古い家族写真を眺めていると、1枚剥がされたものがあった。若かりし祖父母と父、それに顔を掻き消された女性が写っていた。
孫娘は2階の廊下の奥にある部屋に向かう。ドアノブを回したが、鍵がかかっていて開かない。そのとき外で声がした。机のある部屋に戻ると、窓の向こう、山の手前を走る人たちの姿が見えた。
台所。夕餉の準備のために祖母が豚肉に包丁を入れる。孫娘は冷蔵庫の中を探している。味噌はどこ? うちはね、自家製なのよ。祖母は食器棚の下の棚から大きな茶色い壺を取り出す。いいにおい。美味しそうでしょ。後で作り方教えてあげるからね。孫娘はしゃもじで味噌を取る。2階の奥の部屋、使ってるの? 人が住んでる。……。噓よ。要らない物詰め込んで、物置になってる。何で訊いたの? 別に。
居間で孫娘が祖父母と夕食を囲む。出汁が利いてて旨いな。祖父が喜ぶ。良かった。手伝ってもらったからね。美味しいよ。これはお隣さんから貰ったものなの。祖母が孫娘に豚肉の煮付けを勧める。美味しいでしょ。孫娘が口にすると、天井からドン、ドンと鈍い音がした。祖父と祖母が豚のような鳴声を発し始める。啞然とする孫娘。…ちょ、ちょっと…。ようやく鳴くのを止めた祖父母。豚さんも食べられて嬉しいって言ってるな。そのために生まれてきたんだから。狭いところで育てられて食べられるために殺されて。…そんなことないよ…。あなたは何にも知らないのね。…じゃあ、感謝して食べないとね…。

 

看護師になるために上京して一人暮らしをしていた孫娘(古川琴音)が、国家試験を前に、家族の帰省に同行することになった。幼い頃、祖父母の家で寝ていると2階から物音がして、2階の奥の部屋に向かうと老人の苦しそうな声が聞こえ、何かを見たという記憶が悪夢として蘇った。弟の具合が悪いからと母(吉村志保)から連絡があり、あまり気が進まないものの、孫娘は一人電車で祖父母の家に向かうことに。久しぶりに会う孫娘を祖父母は温かく出迎える。だが夕食の際、孫娘が祖母に勧められて豚肉を食べると、突然祖父母は豚のような嘶きを始めた。驚く孫娘。だが鳴き止んだ祖母はお前は何にも知らないと言い放つ。先に湯を頂いたと孫娘が祖父に告げるが、祖父は暫く突っ立って反応が無かった。孫娘は祖父母の認知症を疑い、母に早く来るように連絡する。翌朝、孫娘が近くを散歩していると田んぼに自転車で落ちてしまった中学生がいた。彼を助けていると、幼馴染み(松大航也)が軽トラで通りかかった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

近く看護師になる予定の孫娘は、困っている人を放っておけない性分だが、自分の幸せを実感できてはいない。孫娘が、幸せになるためには他者を犠牲にしなくてはならなくなったとき、その他者に変わって――釈迦の捨身飼虎のエピソードのように――自己を捧げることができるのか、が1つの柱。もう1つの柱は、他者の犠牲を前提とする社会を変えられるのかである。その2つの柱に孫娘の幼馴染みが関わる。『ミッドサマー(Midsommar)』(2019)に通じるテーマを描いていると言える。
祖父母らが台詞を口にするように話すのは、社会の仕組みに機械的に順応していることを示すものだろう。