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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『世界のブックデザイン 2022-23』

展覧会『世界のブックデザイン 2022-23』を鑑賞しての備忘録
印刷博物館 P&Pギャラリーにて、2023年12月9日~2024年3月3日。

2023年4月にライプツィヒブックフェア(Leipziger Buchmesse)で発表された「世界で最も美しい本(Schönste Bücher aus aller Welt) 2023」受賞図書とともに、「ドイツの最も美しい本(die schönsten deutschen bücher)2023」、オランダの「最も素晴らしい本(De Best Verzorgde Boeken)2022」、「スイスの最も美しい本(Die schönsten Schweizer Bücher)2022」、カナダの「アルクィンブックデザイン賞(Alcuin Book Design Awards)2022」、中国の「最も美しい本(最美的书)2022」、「韓国で最も美しい本(한국에서 가장 아름다운 책)2022」、日本の「第56回造本装幀コンクール」の各受賞図書約140点を展観。閲覧可。

スペインの写真家アレイシ・プラデムント(Aleix Plademunt)のモノクロームの写真集『マター(Matter)』(ISBN 9783959055758)。身体の部位や内臓を含めた人々の姿、工業製品、藝術作品、建築、都市景観、自然などあらゆるイメージが単体で、あるいは並列されて、ときにアナロジーとして提示される。ページ全体を覆う写真もあれば、上に、あるいは下に配される。一見ずっしりとした重さを感じるが、手にすると意想外に軽い。百科事典の記述のような背表紙も印象的。

ミリアム・カーン(Miriam Cahn)がジーゲン市のルーベンス賞を受賞して開催した展覧会の図録『マイネユーデン(MEINEJUDEN)』(ISBN 9783954765072)。肖像画の表紙から袖へと黄色い文字のタイトルが雪崩れ込む。その有無を言わせず引き摺り込む展開は、暴力的なテーマの絵画と呼応する。作品図版に続いて、作家が花の絵を手に微笑む姿、山を望む大きな窓、窓を連想させるタブローを持つ作家と、展覧会を終えて作家が美術館を後にするような写真が掉尾を飾る。

ダヴィド・ブワシュチク(Dawid Błaszczyk)、トメク・チェホビッチ(Tomek Czechowicz)、マシエジ・ジャネス(Maciej Janus)、マリアン・ミシアク(Marian Misiak)の『過激な情熱 世界最長の電車と活気あふれる鉄道文化(Radical Passion: The World’s Longest Produced Electric Train and a Vibrant Train Culture)』(ISBN 978-83-954954-3-4)は、ポーランドの鉄道について、車両の外観や内装は元より、鉄道模型、鉄道が描かれる絵画や映画、車両へのグラフィティ、タトゥーに至るまで、鉄道を巡る多様な文化を閉じ込めた異色の書籍。

キム・ジヨン(김지연)の『熟練の道具(고수의 도구)』(ISBN 979-11-965545-0-7)は、ソウルは鍾路のナウォン楽器商店街の職人たちの手だけを捉えた写真集。真っ黒なページに様々な仕草の手が浮かびあがる、鮮烈な印象を受ける。

『サミュエル・ベケット選集(사뮈엘 베케트 선집)』シリーズの表紙は、デザイナーのキム・ヒョンジン(김형진)がサミュエル・ベケット(Samuel Beckett)の小説『モロイ(Molloy)』に登場する、脆いが口の中に小石を入れて吸う場面が印象的であったため、石がデザインされた。

オランダの写真家ペトラ・スタヴァスト(Petra Stavast)の『S75』(ISBN 9789464460254)は、2005年に発売されたジーメンス社のカメラ付き携帯電話S75で撮影した肖像写真で構成される。粗い粒子の写真は輪転機で印刷された薄く柔らかい紙と調和する。しなやかなページを捲るうち、恰も街角で擦過する見ず知らずの人々の心情が不意に感得させられるような錯覚を覚える。

キルステン・マリー・ラーハウゲ(Kirsten Marie Raahauge)、カトリーヌ・ロッツ(Katrine Lotz)、ディーン・シンプソン(Deane Simpson)、マーティン・ソーバーグ(Martin Søberg)編『解体と再構築のアーキテクチャ デンマークの福祉の空間、1970年から現在まで(Architectures of Dismantling and Restructuring: Spaces of Danish Welfare, 1970-Present)』(ISBN 978-3-03778-691-8)は、福祉国家の黄金時代の終焉から新自由主義の現在に至る、福祉と日常生活における建築の役割について、建築学だけでなく、美術史学・人類学から検証する。学術書らしからぬ赤い表紙には玩具のような人々や生活用具のイラストレーションが遇われている。ページを捲ると、豊富な地図、図版、図表に、オレンジ・水色・紫が効果的に使われ、生活に密着した問題であることを読者に訴える。

スイスの建築家フランソワ・シャルボネ(François Charbonnet)とパトリック・ハイツ(Patrick Heiz)の編集した『ポートレート 建築的寓話(Portraits: Architectural Parables)』(ISBN 978-3-03860-309-2)は、建築を捉えた絵画や写真に美術や日常生活の様々イメージを並列し、あるいはコラージュすることで建築の持つイメージの可能性を考究する。編者がチューリッヒ工科大学で行った講義を元にしている。

陳衛新(陈卫新)の『造園記(造园记)』(ISBN 9787559114792)は、明の計成の造園術書『園冶』に登場する12の窓に対応するよう、作庭家の陳衛新が代表作12点を紹介する。ベージュのページや薄紙を用いたしなやかな本は、頁を繰るうち、視点を変えると見え隠れするモティーフや、通り抜ける風を連想させる。