可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 村上早個展(2024)

展覧会『村上早展』を鑑賞しての備忘録
コバヤシ画廊にて、2024年9月9日~21日。

動物と人とをモティーフとしながら、事故や事件の現場のような場面のために、あるいは表情が窺えないために不穏な雰囲気を醸し出す版画作品で構成される、村上早の個展。

《はおる》(1500mm×1180mm)には、女性が熊の着ぐるみのような衣装を腕を通さずに羽織り、もう1人の人物、否、熊が彼女の背後から羽織の中に入って、二人羽織のようにフォークに刺した肉(?)を彼女に食べさせようとしている場面が描かれている。白いワンピースを着た女性が羽織る衣装は、頭頂部の2つの耳と大きな頭が熊と認識させる程度の黒いシルエットのようなガウンで、ツルツルと滑らかでは無いが、毳だってはいない。袖を通した熊の毛むくじゃらな前肢、及びその先にある鋭い爪が対照的である。また、裾から覗く右後肢の爪は女性の白く小さな足を引っ掻きそうだ。熊がフォークで刺した肉は女性の顔面に押し当てられ、附着した肉汁のために彼女の表情は窺えない。女性が男性により虐げられているとジェンダーの観点から読み解けば、鶴岡政男《重い手》(1949)のモティーフを、テレビドラマ『顔に泥を塗る』(2024)における柚原美紅と結城悠久の関係(悠久は父親の裏切りなどで変わってしまった母親を象徴す口紅に代表される濃い化粧に激しい嫌悪感を抱いていて、婚約相手の美紅が好きに化粧することを許さない)に置き換えたような作品だ。
草原に倒れた馴鹿を描く《橇と馴鹿 1》(1180mm×1500mm)と、その馴鹿が引いていた横転した橇とを描く《橇と馴鹿 2》(1180mm×1500mm)とは対の作品。橇からはプレゼントの箱が飛び出し散乱するとともに、その箱に埋もれた女性のスカートの裾と足とが覗く。馴鹿の倒れる草原の向こうには、稲光が空を覆っている。アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の自動車事故をモティーフとした作品に通じるものがある。馴鹿とプレゼントからはサンタクロースが連想されるが、座面にサンタクロースの姿は無い。またサンタクロースはクリスマスのイメージだが、青々とした草原に冬を感じることは無い(南半球の可能性はあるが)。サンタクロースの存在を信じられなくなったことで大人へと一歩踏み出すことを表すものか、あるいはサンタクロースを装った人物による凶悪な事件の顛末か。
《のこぎり》(1500mm×1180mm)には、ジェンガのように積み上げた薪の上に仔熊が横たわり、その傍らに2つの切り株と、チェーンソーを持った女性と、彼女を引き留めるように服を引っ張るもう1人の女生とが表されている。積み上げた薪から伸びる黒いものは煙であろうか。高く組み上げられた薪の上には、ディック・ブルーナ(Dick Bruna)のブラックベア(Zwarte Beertjes)のような黒い仔熊が仰向けに横たわっている。年輪を覗かせる2つの切り株はその根を足とする生き物のよう。女性たちは頭部は敢て描かれていない。一種の熊送りであろう。チェーンソーで切断されたのは樹木なのか。あるいは、男性性なのか。
《いだく》(1500mm×1180mm)には、母熊の腹から抜け出して、母熊の頭にしがみつく女性が描かれる。母熊の右手(右腕)は人間の手(右腕)である。《のこぎり》との連関では、熊は山の神であり、そこに母親のイメージが重ねられている。切り裂かれた腹、その周囲の乳首、そこから出る女性もまた、出産、誕生、保育、女性を連想させる。《のこぎり》が男性の排除であるなら、女性のみによる生命の循環、単性生殖を描いた作品と言えよう。